Electric Organ Discharges

作成日:2001年5月6日


発電する仕組み


発電魚は発電するための特別な器官を持っています。これは発電器官または電気器官と呼ばれます。デンキウナギのように淡水に棲み強発電をするもの,シビレエイのように海に棲む強発電魚,あるいはアイゲンマニアやモルミルスのように淡水に棲み,発電をコミュニケーションや周囲の探査に使っている弱発電魚など,発電器官のある場所やその形,発電の仕組みは,生息域や種属によって違っています。



● 発電器官(電気器官:Electric organ)と発電細胞

強発電魚
デンキナマズの発電器官は,頭部と尾部以外の体幹部分を腹巻きのように取り囲んでいます。まるで電気器官のジャケットを着ているようです。一方,デンキウナギでは,腹部から尾部にかけての体幹部分全体が発電器官となっています。このように発電器官のある部位と発電細胞の形,また発電方法は電気魚の種類によって違っています。海に棲む種類と淡水に棲む種類でも異なります。

淡水などのようにインピーダンスの高い環境に棲む場合は,高い電圧を発生し,海水などのように塩類を含み電気の通りやすい,つまりインピーダンスの低い環境に棲むものは,発電電圧はそれほど高くはありませんが,発電電流は大きくなっています。それぞれの棲息環境に合わせて,また進化上どこから電気器官が作られてきたかによって,発電器官は違った形をしています。


発電細胞(Electrocyte)
発電する細胞を”発電細胞”と呼び,それが集まって一つの臓器となったものが”発電器官(電気器官)”です。発電器官の最小単位である発電細胞も,電気魚の種類によって異なります。多くの場合は,筋肉細胞あるいは神経細胞が効率よく発電できるように細胞の形をかえて進化してきたと考えられています。


発電(Electric organ discharges)
発電器官が電気を作り出すのではありませんので,”発電”と言うよりは,”電気器官の放電(Electric organ discharges)”という方が,正確な表現です。しかしここでは,おなじみの”発電”という言葉を使うことにします。

発電は,筋細胞などの発生する活動電位やシナプス電位が基となり,それがいろいろな方法で増幅されて起こります。

たとえば一個の骨格筋細胞の活動電位はおよそ120ミリボルト位です。デンキウナギの発電細胞では一個の細胞で,およそ150ミリボルトの活動電位が発生します。デンキウナギでは,運動神経がシナプスを作っている神経支配側面でのみ活動電位が発生し,反対側面には興奮性がないために静止膜電位がそのまま残ります。このため神経支配面の内向き電流は反対側面に向かって流れ,細胞の両側面をはさんで測定すると全体としておよそ+150ミリボルトの活動電位を発生します。発電器官では,これが何千個も集まって加算され,数百ボルトの電圧となります。

一個の細胞の活動電位は,数ミリ秒間の非常に短い時間だけ,つまり神経支配面のナトリウムチャネルが開いている時間だけ活動電位が発生しますので,発電器官の一回の発電(放電)も数十ミリ秒以内には完了します。発電の回数,つまり発電周波数は電気魚の種類によって違いますが,50Vを越えるような大きな電圧を発生するものほど発電の頻度は少なくなる傾向があります。

発電細胞が一回放電を行うと細胞が回復するのにエネルギーと多少の時間が必要ということでもあります。強発電魚はいつも発電しているわけではなく,威嚇や補食などのここぞと言うときに時に数発~数十発の発電しているようです。

たとえばデンキウナギには二種類の発電器官があります。発電器官の大部分を占める主器官では主に高電圧放電を,ザックス器官やハンター器官では約10ボルトの小放電をしています。エサとなる生き物を探すときは小放電を行い,エサを仕留めるときには高電圧放電を行って相手を気絶させ補食しているようです。


海の強発電魚
シビレエイなどの海の強発電魚は,電気伝導度の良い海水中で生活しているため,高い電圧よりは大きな電流放電をしています。発電器官の起源は筋細胞ですが,発電の主体はデンキウナギの場合とは違って,シナプス電流がもとになっています。活動電位は発生しません。

たとえば普通の骨格筋細胞では,運動神経からの指令が神経筋シナプスで筋細胞に伝えられるとき,シナプス電流が発生します。このシナプス電流に続いて,活動電位が発生します。デンキナマズではこの活動電位を発電の起電力として利用していますが,シビレエイではシナプス電位を起電力として利用しています。

シナプス電流は,運動神経から放出された伝達物質が骨格筋のレセプターと結合すると,レセプターチャネルをナトリウムイオンやカリウムイオンが流れることで発生します。レセプターの数が多いほど発生する電流量は多くなります。電圧は静止膜電位より大きくなることはありません。およそ50-60ミリボルトです。持続時間は数十ミリ秒ですので,放電時間も0.1秒以内で終わります。

シビレエイでも発電を補食行動に使うことが報告されていますが,この場合も小さい魚を”感電死”させるのではなく,放電によって気絶させてから補食すると言われています。これは神経や筋肉を刺激するには十分な強さの電圧や電流であるけれども,放電時間が非常に短いために殺傷するほどの電気量は流れていないと考えられます。ただしデンキウナギの500ボルトの放電などでは,数回放電するなど状況次第ではショック死をすることは十分に考えられます。


弱発電魚
一方,弱電気魚と呼ばれる発電電圧が数ボルト以下の種類では,発電周波数が1000Hzを越えるものもあります。この発電波形はサイン波形に近い発電をし,ウエーブ型発電と呼ばれています。ジムノタス類,アイゲンマニア,ステルナルカスといった種類では,少しゆがんだサイン波形状の放電を常にしており,補食よりはむしろ,電気的定位(周囲の環境をレーダーのように探ること)や電気的交信(電気パルスを使ってのコミュニケーション)に利用しています。またモルミルス類やハイポポマス類は,発電波形は活動電位に近いパルス状ですが,放電頻度を自由に変えて,同じく電気的定位や電気的交信に利用しています。



● 発電魚はなぜ自分の放電に感電しないか

発電魚はなぜ自分の放電に感電しないか,フグがなぜ自分の毒で死なないか,というのと同じくらい不思議です。自己感電しない理由としては,

(1)発電器官は体の中で結合組織に囲まれていて,他の器官からは絶縁されています。また表皮(皮膚)は結合組織や脂肪組織で厚くなっており,その電気抵抗は他の魚に比べると高くなっています。皮膚に埋没した電気受容器のあるところだけが,抵抗が低くわずかな電流が流れ込むようになっています。内臓器官や神経の周囲にも比較的脂肪組織が多く,電気によって刺激されにくくなっているようです。従って完全ではありませんが,電気魚の体は,電気には比較的刺激されにくい,つまり”感電しにくい”構造になっています。

(2)発電器官は瞬間だけ働く電池の集まりと見なすことが出来ます。実際の発電電流は体の外の水または海水を流れます。一つ一つの発電細胞には,活動電位の発生する瞬間だけ,ナトリウムチャネルを内向き電流が流れます。あるいはシビレエイであれば,シナプス電流が発生します。これが個々の発電細胞の起電力となります。発電細胞を常に電流が流れているわけではありません。

などの理由が挙げられています。



 |トップ


<無断転載を禁じます。>
(C) Copyright 2001 Y. Sugawara. All rights reserved.