Cross-reactive material
【Cross-reactive material(CRM)とは】
血友病は原因となる凝固第VIII因子もしくは第IX因子活性が低下している病態です。多くの場合は責任因子である凝固因子の蛋白発現量の低下、もしくは安定性の低下のために流血中の因子抗原量が低下していて、その結果として因子活性が低下しており、抗原量と活性がほぼ同じ値を示しています。しかし一部の症例では、責任因子の活性と抗原量が乖離している(活性の割に抗原量が高い)場合があります。逆の場合もあり得ますが、この場合は抗原量測定に用いた抗体が変異した凝固因子に対する反応性が低下している場合であり、別の抗体を用いた抗原量の測定法を用いると改善すると考えられます。
「活性の割に抗原量が高い」という症例が存在するのは、1960年代にはすでに認識されていました。現在の技術では免疫学的には検出されるものは、まず間違いなく該当する凝固因子と考えて良いものの、当時の技術では、免疫学的に検出されたものが、実際に該当する蛋白質であるという確証が得られないため、免疫学的に反応する物質としてCross-Reacting Material(CRM)なる名称が与えられたようです。現在の概念で言えば分子異常症の一種で、機能低下と考えることができます。同様の現象は凝固線溶系因子ではしばしば認められ、たとえばフォンビルブランド病type2がこれにあたりますし、またアンチトロンビン欠損症(異常症)typeIIも同じ病態と考えられます。
一般に抗原量が50-100 %を示す場合をCRM positive(CRM+) と呼び抗原量と活性の乖離がほぼない場合をCRM-negative(CRM-)と呼んでいます。CRM+とCRM-の中間の状態(抗原と活性の乖離はあるものの抗原量は50%未満に低下しているような状態)をCRM reduced(CRMR)とも呼びますが、明確な定義があるものではありません。
分子異常症と呼べば簡単なのですが、伝統的にCRMという言葉が使用されています。10%程度の症例がCRM+とも言われていますが、一般臨床では抗原値の測定はほとんど施行されていないために、CRM+の正確な頻度は不明です。また、特に凝固第VIII因子は抗原量(健常者の血中濃度でもmol濃度として1nM、重症血友病であれば10pM)が元々低いので、測定安定性など考えるとCRM+/CRM-/CRMRの判断は難しいとことがあります。
変異部によって様々な機能異常を呈する可能性が示唆されており、凝固第VIII因子の場合は活性化部位の変異や糖鎖結合部位の変異、フォンビルブランド因子結合部位の変異などが知られています。また凝固第IX因子では活性化部位の変異と共にセリンプロテアーゼ活性部位の変異などがあります。

【CRMの臨床上の問題】
CRMの臨床的な重要な点として、一つはインヒビター発生との関連が示唆されています。一般にCRM-の方がインヒビター発生頻度が高いと言われています。抗原性が正常な凝固因子(製剤の中に含まれている凝固因子)に近い因子(患者さん由来)が流れているので、外因性の凝固因子に対する免疫的に感作されにくいというのは、直感的にもある程度、納得できる現象と思います。
CRMの有無と投与製剤の効果
 
変異の部位によっては
上記の様な現象が起こらない場合もあります
 
もう一つのCRMの問題点は、製剤の作用が発揮されにくい(抗体による不活化ではありません)場合があるという点です。これは血友病Bで問題になる場合があります。活性型凝固第IX因子は活性型凝固第VIII因子とリン脂質上(多くは活性化され、陰性荷電を帯びたリン脂質が細胞表面に出現した血小板表面上)で複合体(Xase)を形成し凝固第X因子の活性化します。複合体を形成しない活性型凝固第IX因子単独ではその効率は極めて悪く、ほぼ凝固第X因子活性化は惹起しません。一方、凝固因子の血中濃度は凝固第VIII因子がおよそ1nMに対して凝固第IX因子はおよそ90nMと大きな開きがあります。血小板表面上の活性化された凝固第VIII因子や凝固第IX因子の量によって条件は変わるものの、活性化血小板表面上の活性化凝固第VIIIに比べ多数の活性化凝固第IX因子が存在すると考えられ、Xase複合体の生成は凝固第VIII因子の量に大きく依存します。CRM-の血友病Bの場合、外因性に補充された凝固第IX因子は内因性の活性化凝固第VIII因子と濃度依存的にXase複合体を作ることになります(この反応は比較的簡単に理解できると思います)。しかしCRM+の血友病Bで、患者凝固第IX因子が活性型凝固第VIII因子との結合能は低下していない場合(例えばセリンプロテアーゼ活性部位の変異など)、内因性の凝固第VIII因子の多くが患者第IX因子とXase複合体(実際には活性はありませんが)を形成しています。この病態に外因性に「正常な」凝固第IX因子を投与しても、患者第IX因子と凝固第VIII因子を取り合うことになります(生化学的には競合することになります)。このため投与した「正常な」第IX因子が酵素活性(凝固作用)を発揮することができないことになります。しかし血漿中の第IX因子は投与量に応じて測定されますので、「血中第IX因子活性の割には、止血効果が弱い」ということになります。薬理学的な意味でのPKとPDは異なるということの代表的な現象です。