先天性フィブリノゲン欠損症・異常症
【フィブリノゲンとは】
フィブリノゲンは、Aα鎖、Bβ鎖、γ鎖の3種のポリペプチドからなるヘテロ3量体が重合した2量体(AαBβγ)2の構造を持つ、分子量340kDaと比較的大きな糖タンパクです。3つの領域(region)とそれをつなぐ構造(coiled-coil connectors)からなり、中央に存在する2量体形成部位であるN末端側はE領域と呼ばれており,両側に対称に広がるC末端側は D領域と呼ばれています。健常人血漿中には150-400mg/dl存在し、肝臓で合成されています。

【先天性フィブリノゲン欠損症・異常症】
先天的にフィブリノゲンの量的・質的異常を伴う疾患で、フフィブリノゲンの抗原量(蛋白量)が低下している病態(量的異常;無フィブリノゲン血症と低フィブリノゲン血症)と、抗原量は正常ですが、機能的に異常を示す病態(質的異常;フィブリノゲン異常症)の二つに大別されます。量的異常では、フィブリノゲン抗原量が測定感度以下まで低下している症例を無フィブリノゲン血症、基準値以下ではあるものの測定範囲内に低下(50-100mg/dL程度)している症例を低フィブリノゲン血症と呼びます。多くの場合、無フィブリノゲン血症はフィブリノゲンを構成する遺伝子のホモの欠損症で、これに対して低フィブリノゲン血症はヘテロの異常症です。しばしばこの両者は混同されて議論されており、文献やガイドラインを理解する場合は注意が必要です。無フィブリノゲン血症の場合には出血傾向を認めますが、フィブリノゲン値が20mg/dL程度でも年間出血回数は1回程度です。一方低フィブリノゲン血症ではフィブリノゲン値が低いほど出血傾向の出現頻度は高くなりますが、100mg/dL程度では日常生活ではほとんど出血傾向は呈しません

フィブリノゲン異常症ではフィブリノゲンを構成するα鎖、β鎖もしくはγ鎖のいずれかの分子異常症で、フィブリノゲン抗原量は保たれている(軽度低下している場合もあります)ものの、広義のフィブリンの機能異常を呈する病態です。この中にはトロンビンによるフィブリンモノマー形成が低下している症例やフィブリンモノマーの重合不全を引き起こす症例など様々な病態が含まれます。また一部の症例では、プラスミンによる分解が起きにくくなる変異のため、血栓傾向を呈する場合もあります。

フィブリノゲン低下症・異常症の分類
分類 フィブリノゲン抗原量 フィブリノゲン活性 出血症状
無フィブリノゲン血症 極めて低値 極めて低値 あり
低フィブリノゲン血症 低下 低下 時にあり
フィブリノゲン異常症 正常〜低下 正常から低下 時にあり、時に血栓症
まれに異なるフィブリノゲン鎖に変異が入った複合ヘテロもありますが、この場合は複雑な検査値異常を呈します

【遺伝形式】
無フィブリノゲン血症は常染色体劣性遺伝形式をとります。低フィブリノゲン血症およびフィブリノゲン異常症の多くの症例はヘテロ欠損症であり、常染色体優性遺伝形式をとります

【臨床症状】
無フィブリノゲン血症
鼻出血
皮下出血
筋肉出血
月経過多
関節内出血
臍帯出血
抜歯後止血困難
手術中、手術後止血困難
(流産を含む)妊娠中の問題(後述)

低フィブリノゲン血症
無フィブリノゲン血症と同様の症状を呈しますが、フィブリノゲン値が低いほど出血傾向を呈します。100mg/dL程度では出血傾向を呈することはほとんど認められません。

フィブリノゲン異常症
低フィブリノゲン血症と同様に出血傾向を呈しますが、変異の部位によっては血栓傾向を呈します

【無フィブリノゲン血症と妊娠】
フィブリノゲンは妊娠・着床には必要ではありませんが、妊娠の維持には必要です。このため、無フィブリノゲン血症では妊娠の維持にフィブリノゲン補充療法が必要で、補充を行わないと妊娠5週ころより出血が始まり、妊娠6~8週で自然流産となります。流産を防ぐためにはフィブリノゲン値を60mg/dl以上、できれば100mg/dl以上に維持することが必要と考えられています。また分娩および分娩後の出血防止には150〜200mg/dLのフィブリノゲン が必要と考えられています

【検査所見】
  • 血中フィブリノゲン値の低下
    フィブリノゲン値測定としては外因性のトロンビンを用いた凝固時間法(Clauss法)が最も多く使用されていますが、通常この方法では50 mg/dL程度のフィブリノゲン値が測定下限です(これ以下でも測定は可能ですが、その信頼性は落ちます)。このため、無フィブリノゲン血症では測定感度以下となることがあります。一方、低フィブリノゲン血症では測定値内であることが多いのですが、厳密な意味での無フィブリノゲン血症との鑑別は時に困難です。
    フィブリノゲン測定で生成したフィブリンの検出法として、大別すると光学的方法と物理的方法の二つがあります。フィブリノゲン異常症では生成したフィブリンの性状が正常なフィブリンと異なるため、物理的方法では検出されるのもの光学的方法では検出されない場合もあります。このためフィブリノゲン異常症では測定原理(試薬ではなく測定機器の特性)によって値が異なる場合があります。

  • FDP/D-ダイマー
    フィブリノゲン異常症の中にはFDPやD-ダイマーの測定に用いる抗体に対する反応性が低下している場合があります(全ての症例ではありません)。このため、FDPとD-ダイマーに大きな乖離が認められたりする場合があります。

  • フィブリノゲンはかなりの低い値にならないと、凝固時間延長に至らないため、特に低フィブリノゲン血症ではPTやAPTTは基準値内であることが多く経験されます
【鑑別疾患】
後天性フィブリノゲン低下症
様々な病態でフィブリノゲン値は低下します。大別すると、産生低下と消費・分解の亢進の二つに分けることができます。
  • 産生低下
  • 肝不全
    L-アスパラギナーゼ投与
    これらの病態ではフィブリノゲンのみならず、他の凝固関連因子も低下しますので、PTAPTTなどの凝固時間の延長や、アンチトロンビンやプロテインC、α2-アンチプラスミンなどの低下が、アルブミンやコリンエステラーゼの低下とともに認められます。

    ステロイド大量投与
    ステロイドの大量投与時には選択的にフィブリノゲンの産生が低下する場合があります。この場合には、凝固時間の延長や凝固関連因子の低下は認められません。ただしステロイド大量投与を行う必要がある病態(例えば骨髄貪食症候群など)のため、凝固時間の延長などが認められる場合はあります。

  • 消費・分解の亢進
  • 線溶制御不能状態
    播種性血管内凝固症候群
    消費性にα2-アンチプラスミンが低下している線溶制御不能状態に陥ると、プラスミンの空間的制御が低下し、フィブリノゲン分解(Fibrinogenolysis)が惹起され、低フィブリノゲン血症を合併する場合があります。

  • その他
  • 慢性活動性EBウイルス感染症
    機序は不明ですが、慢性活動性EBウイルス感染症の一部で低フィブリノゲン血症が認められる場合があります

【治療】
フィブリノゲン製剤の投与を行います。フィブリノゲンの半減期は3-4日程度です。低フィブリノゲン血症やフィブリノゲン異常症で、出血症状がない場合には、治療介入の必要はありません。無フィブリノゲン血症では症状に応じた治療介入が必要になり、特に妊娠時にはフィブリノゲン値を一定以上(最低でも60 mg/dL)に保つ必要があります。後天性フィブリノゲン欠乏症にはフィブリノゲン製剤の適応はないため、無フィブリノゲン血症(および一部の低フィブリノゲン血症およびフィブリノゲン異常症)との鑑別は重要です。
濃縮因子製剤が入手できない場合は新鮮凍結血漿の使用を考慮します。またクリオ製剤にもフィブリノゲンは含まれてはいます。