蝶ヶ岳ボランティア診療所越冬記録(室内温度変化)

蝶ヶ岳ボランティア診療所は蝶ヶ岳山頂(2677m)ヒュッテ内に設置され、 厳しい環境条件下に位置する。ヒュッテの営業は11月から翌年の4月下旬まで休止されるので、その間の診療所内部の温度変化については、これまで精密な記録は残されていない。自然環境の温度変化は、一定の温度を維持する冷蔵庫とは異なって予想もつかない変動が起こり、水の凍結融解のくり返しなどによる薬品や精密器械に問題が発生する可能性が予想される。今回具体的に詳細な温度推移を調べるために、われわれは自動温度記録装置を診療所内に設置し、1時間ごとの温度記録を半年間(2005年10月30日〜2006年5月3日)に渡って記録した。
電源:記録装置を作動させる電源として、 通常の容量の電池では極低温化で十分な出力が出せない危険性があることを予想されたので以下の2系列の電源部分を改造して準備した。 (1)太陽電池からの集めたエネルギーを一旦鉛蓄電池に集めた電源 (2)単1アルカリ電池を2個使った電源 2系統を安全のために準備したが、結果的にはいずれの電源でも最後まで装置は正常に作動し、ほぼ一致する温度記録を残すことができた。

記録装置:アズワン株式会社製 TL3633およびHL3631の2つの機種

 

図1 半年の全温度記録の概観を示す。11月と4月下旬に激しい日内温度変化が観測 されている。12月から3月までは周期的に温度変化はあるものの、日内変動は比較的穏やかになっている。最低気温は2006年1月9日午前6時36分23秒の観測値でマイナス13.7度である。

図2 測定器械を設置した10月30日ごろから平均気温は下がり続けている。 秋の特徴として日内温度変動幅が6-7度に達している。

図3 12月から4月にかけては周期的に温度変化が観察できるものの、日内温度変動幅は1度以下で11月と比較して1/10以下の小さな値になる。ヒュッテ建物全体が雪に被われている状況が推察できる。

図4 2006年4月下旬にヒュッテ開きがあり、外壁の雪を除いた。 診療所の部屋はヒュッテ入り口に隣接し、越冬中には窓ガラス外が木板により 被われていたものが、ヒュッテ開設とともにはずされた。その時点から前年秋(2005年10月30日から11月にかけて)観測されていた一日数度に達する日内温度変動幅を再び記録するようになる。

考察:予想外に山頂室温が下がらなかった。山麓で記録されていた外気温度の 最低気温よりも標高差で1500m以上ある山頂に位置する診療所内部の温度の方が 暖かかったことは興味深い。積雪前の秋と除雪後の春には、室内温度変化が雪に閉ざされている厳冬にくらべて10倍も大きく、雪に閉ざされると温度変化が少なくなる上に、外気にくらべて有意に暖かい状態が保たれるメカニズムが考えられる。一般に短波長の光が通過して室内に入ると、そこで熱エネルギーに変換されて吸収される。 熱エネルギーは伝導で拡散する他に長い赤外線波長に変換されて外へ放射されるが、その波長変換効率が悪いことから室内の温度が外界よりも暖かくなることが知られている。雪に埋もれたヒュッテも同じ原理で、輻射される赤外線への変換効率の物理問題で室内が暖かくなることが推察できる。 将来的に山頂の外気温の越冬中の変化を同時記録し、建物が持つ熱エネルギー吸収効率を定量化したい。

May 12, 2006
研究分担者

三浦 裕 測定装置回収・データ解析(名古屋市立大学 医学研究科 分子神経生物学)
榊原嘉彦 測定装置荷揚げ・測定セット・回収(安曇野赤十字病院 産婦人科)
成田朋子 測定装置荷上げ・回収(名古屋市立大学 医学部 M6)
竹内智洋 測定装置荷上げ・回収(名古屋市立大学 医学部 M6)
寺島良幸 測定装置荷上げ(名古屋市立大学 医学部 M5)
中村正幸 電源回路改造(長野県情報技術試験場)
間渕則文 企画(岐阜県立多治見病院救命救急センター)
勝屋弘忠 企画(名古屋市立大学 医学研究科 危機管理医学)
太田伸生 企画(東京医科歯科大学 医歯学総合研究科 国際環境寄生虫病学)
他 蝶ヶ岳ボランティア診療班(教員・学生・医療関係者)メンバー全員の協力に感謝します。

尚、本研究に用いた器機類は名古屋市立大学特別研究奨励費により購入した。


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(Last modification, May 11, 2006)