研究紹介

再発脳腫瘍モデルにおけるがんの代謝経路とATPエネルギー産生経路の解明
~代謝物プロファイリングによる次世代医療の基盤研究~

中枢神経系原発悪性リンパ腫(primary central nervous system lymphoma: PCNSL)患者に対して標準治療(=大量メトトレキサート投与)を施してもほとんどの症例で脳内腫瘍が再発することから、その培養細胞モデルを構築して細胞内代謝物の測定を行い、PCNSLにおける細胞型特異的解糖系亢進と酸化ストレス耐性獲得に関連する代謝経路およびシグナル経路を明らかにしました。本研究成果はメトトレキサート耐性再発PCNSL腫瘍における遺伝子診断による抗がん剤の選択や分子標的治療などの研究開発に資するものと考えられます。

1)研究分野の背景や問題点

中枢神経系原発悪性リンパ腫(PCNSL)は脳や脊髄などに原発する悪性リンパ腫で、病理学的には「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」および「非ホジキンリンパ腫」に分類される脳腫瘍です。PCNSLは原発性脳腫瘍の3%、あるいは非ホジキンリンパ腫の1%を占める極めて頻度の低い脳腫瘍ですが、近年、増加傾向にあります。標準的な治療法として大量メトトレキサート投与とそれに続く放射線全脳照射が用いられますが、ほとんどの症例において再発し、患者の全生存期間の中央値はおよそ4年となっています。

我々の研究グループはこれまでにメトトレキサート耐性PCNSL由来細胞株を樹立して薬剤感受性および細胞表面タンパクを修飾するN型糖鎖構造の細胞型特異的差異を明らかにしてきました。本研究では、メトトレキサート耐性PCNSL細胞内における包括的代謝物プロファイリングを行い、腫瘍増殖を促す細胞型特異的代謝経路およびシグナル経路の解析を行いました。

2)研究内容・成果の要点

PCNSLの腫瘍増殖を促す代謝経路および細胞内シグナル経路を明らかにするため、PCNSL由来細胞であるメトトレキサート耐性TK細胞(TK-MTX)およびメトトレキサート耐性HKBML細胞(HKBML-MTX)を用いて、代謝産物(メタボローム)解析を行ったところ、炭素、脂質、核酸、尿素、分枝鎖アミノ酸、および補酵素の代謝経路に含まれる代謝物がTK-MTXにおいて188個、HKBML-MTXにおいて169個、検出されました。TK-MTXでは前述に関する代謝物量が全体的に減少していましたが、HKBML-MTXでは尿素、分枝鎖アミノ酸、および補酵素の代謝経路に関する代謝物が増加していました(図1図2)。

TK-MTXおよびHKBML-MTXの両者において乳酸脱水素酵素の活性化を伴う解糖系の亢進とATP量増加が認められ、いずれのメトトレキサート耐性PCNSL細胞においてもWarburg効果が確認されました。これらの結果は、PCNSLにおいて主に解糖系によりATP産生がなされ、腫瘍増殖のエネルギー源となっていることを示しています。しかしながら、この解糖系亢進に至る両者の細胞内シグナル経路は異なっており、TK-MTXではRAS/MAPKおよびPI3K/AKT/mTORシグナル経路の活性化に依存していましたが、HKBML-MTXでは酸化ストレス耐性獲得による低酸素応答の活性化に依存していることが分かりました(図3)。以上の結果は、PCNSLの細胞型を詳細に診断し、その細胞型に即した治療法を選択する必要があることを示唆しています。

3)今後の展開

我々が独自に樹立したメトトレキサート耐性PCNSL細胞を用いたメタボローム解析による代謝物量の測定結果などから、細胞型特異的代謝経路およびシグナル経路が存在することが分かりました。これらの結果はメトトレキサート耐性再発PCNSL腫瘍における遺伝子診断による抗がん剤の選択や分子標的治療などの研究開発に資するものと考えられます。

(本研究成果は、米国癌学会機関誌Clinical Cancer Researchに掲載されました)