沿革

人間は外界の情報の8割を視覚によって得るとされ、視覚は色覚、光覚、視力の三要素によって構成されている。色覚は社会生活において重要な要素である。

東京大学名誉教授 石原 忍(以下、石原と略)は1916年に色覚に関する重要な医学論文を日本眼科学会誌に発表した。その論文内で正常色覚、先天色覚異常の検査を目的にした色覚検査表が発表された。この色覚検査表は現在まで考案された多くの色覚検査表の中にあって、先天色覚異常と正常色覚との判定能力に優れているために石原色覚検査表として全世界の標準的色覚検査表として認知され、使用されている。こうした功績から石原はわが国の眼科医の中で唯一人、文化功労賞を授与された。

石原は1959年、黒澤潤三ら6人の東大医学部眼科学教室出身者に色覚をはじめとする眼科学と、ポーランドの眼科医であったL.L. Zamenhof,(1859-1917)の発案によるエスペラント語に深く感銘を受け、国字改良に関する研究を目的とした財団法人の設立準備を依頼した。以下が財団法人一新会の設立趣意書の文面である。

【設立趣意書】(昭和35年11月4日)(前文)

財団法人一新会は石原忍先生を記念し、眼科学を振興し国字の改良を行うことを目的として設立されるべき財団法人であって、左の如き事業を行う。

  1. 石原式色盲検査表を出版し常にその進歩改良を図ること。
  2. 一般色覚およびその異常の研究を行うこと。
  3. 色盲研究班(創立1,955年)を引継ぎ、前記イ、ロの業務ならびに研究を行わせる。
  4. 広く眼科学の研究を援助もしくは奨励すること、審査委員会を設け優秀な論文を審査して賞金を与えること、その他研究者に種々の便宜を与えること。
  5. 日本新国字を研究しその普及につとめること、新国字研究部を組織し、部誌を発行し、ひろく全国に意見を求め、集められた良識をつとめて広く利用すること。
  6. 有力な国字研究者、もしくは国字研究団体を援助すること。
  7. 一新荘を石原先生の記念として、その保存維持につとめること。

上記の申請に対し、以下の主たる文面で財団法人の設立が認可された。

【設立許可】(昭和36年2月26日)

  • 厚生省 東医第18号
  • 財団法人一新会 設立許可書
  • 財団法人 一新会
  • 設立者 石原 忍

昭和35年11月4日付けで申請のあった財団法人一新会の設立を民法(明治29年法律第89条)第34条の規定により、許可する。

昭和36年2月24日

厚生大臣 吉井喜實

財団の発足資金は、石原自身が恩給と年金を除く全財産の寄付により、まかなった。なお、一新会とは石原 忍をかこむ東大眼科同窓会の名称に由来する。

石原は財団設立許可2年後に亡くなったが、その没後は石原教授に直接指導を受けた眼科医が財団の運営にあたってきた。

【設立後の経緯】

財団法人一新会の初代理事長として黒澤潤三(昭和36年2月就任、第9代日本医師会会長)が就任した。黒澤は財団設立の中心的役割を担当し、設立認可を受ける上で大きな貢献を果たした。

第2代理事長は中泉行正(昭和41年9月就任、日本眼科医会会長)である。中泉はさらに厚生省の指導により財団の基盤の整備、改革を進め、昭和47年に晩年の石原が診療所を開設するとともに町民の文化の向上につとめた居宅である一新荘(静岡県賀茂郡河津町)を売却し、その代金1100万円を基本財産に組み入れ、新宿区四谷に一新会事務所を開いた。これにより財団法人の基礎が確立された。

第3代理事長は須田経宇(昭和53年1月就任、熊本大学名誉教授)である。須田は会員から石原に関する記録や思い出を集め、彼の業績と人生を描いた伝記『石原忍の生涯』を講談社学術文庫から出版した。この間、発会当時から理事として活躍した、桐澤長徳(東北大学名誉教授)、金沢寿吉、大熊篤二(横浜市立大学医学部名誉教授)、澤 潤一等が逝去した。

一新会の事業の最大の柱は、石原色覚検査表の発行と品質管理である。しかしその品質を維持、改良するためには、でき上がった検査表の検証のために使用色を決め、測色して残すという持続的作業が必要である。石原の死後、石原色覚検査表の検査成績がいまひとつ芳しくないとの風評が高くなったため、理事会も苦慮し、東京大学医学部眼科学教室 三島濟一教授に石原色覚検査表の研究を依頼した。これを受けて東大眼科医局員であった岡島 修が、昭和54年から10年間、東京大学本部の協力のもと東京大学の新入学生全員健康診断時に色覚検査を実施した。それにより判明した色覚異常者を対象に、カウンセリングを行うとともに石原色覚検査表とアノマロスコープの検査結果との比較を行った。

一方で日本色彩研究所に依頼して、使用している色の測色も行った。その結果をもとに理事会で検討を重ね、また印刷技術の向上と併せて、昭和55年度版以降は信頼性の高い色覚検査表の出版ができるようになった。

第4代理事長は河本正一(昭和63年10月就任、東京警察病院部長)である。事務所を現在の文京区本郷に移転し、従前にまさる近代的な財団の基礎を築いた。

第5代理事長は鹿野信一(平成9年4月就任、東京大学名誉教授)である。鹿野は財団発足当初から中心的役割を担ってきており、東京大学医学部を退官した昭和46年以降は会の実質的な代表として内外との折衝に当たった。

第6代理事長は澤 充(平成10年12月就任、日本大学医学部教授・日本大学名誉教授)で、現在に至っている。

この間、長い間理事として貢献された佐藤 邇(日本眼科学会名誉会員)、杉浦清治(北海道大学名誉教授)も他界され、理事会は世代交代を余儀なくされた。

【一新会の変革】

財団として4つの大きな課題、すなわち財団法人から公益財団法人への移行と色覚に関する学術研究および社会的課題に対し以下の事業、活動を行っている。

Ⅰ. 公益財団法人への移行

公益財団法人への移行は財団法人一新会の寄付行為の整備と2012年の公益財団法人の法律に沿った定款の整備が必要であった。
寄付行為の事業項目の国字に関する事項は財団法人の事業である眼科学、色覚等の研究とは異質であるとして財団を管轄する厚生省(当時)からの指摘があった。それをうけて寄付行為から国字に関係する事業を削除するべく改正を行った。その後、全国を対象に事業展開を行う財団法人は内閣府の管轄下で公益財団法人に移行する法整備がおこなわれた。これに基づいて一新会は公益財団法人としての定款の制定を行った。
財団の定款(第2章)の目的および事業は以下の通りである。

(目的)

この法人は、色覚を中心とする眼科学に関する研究、調査、啓発及びその助成を行い、学術文化の向上発展に寄与する事業の普及推進を図り、国民の保健及び福祉の向上に寄与することを目的とする。

(事業)

  • 1 この法人は、前条の目的を達成するために、次の事業を行う。
    1. 色覚に関する研究、色覚検査表の改善に関する研究及び助成
    2. 視力に関する研究、視力検査表の改善に関する研究及び助成
    3. 色覚異常者のバリアフリーに対する助成
    4. 上記(1)から(3)項に関するセミナーの開催
    5. その他、法人の目的を達成するために必要な事業
  • 2 前項の事業は、日本全国及び海外において行うものとする。

財団の運営は眼科学の専門家、有識者からなる評議員、役員、監事、会計監査人により行うこととし、評議員選定委員会などの委員会は一新会役員の他、外部有識者を含む委員を委員会構成要件に基づいて運営することとしている。

こうした組織としての改訂により2012年4月1日に公益財団法人としての移行認定を受けた。

Ⅱ. 石原色覚検査表の管理と質の向上

  • 1 石原色覚検査表II(38表版)としての改訂

    石原色覚検査表で正常・異常色覚の判別率が劣る検査表の替わりに大熊が開発した環状表の中で判別率の良い表を加え石原色覚検査表II(38表版)として改訂した。

  • 2 知的財産としての石原色覚検査表の管理

    石原色覚検査表は世界レベルでの標準的色覚検査表としての評価が定着している。従来は著作権のみであったが、「石原」、「Ishihara」の商標登録を行った。これにより石原色覚検査表に対する内外の出版社からの教科書その他への引用許可請求などに対し、我国の眼科領域の知的財産としての石原色覚検査表の管理、保護を行っている。

  • 3 石原色覚検査表の精度管理

    石原色覚検査表の印刷に重要な原版のポジフィルム化を行った。さらに現在に至るまで、より検査成績に優れた新石原色覚検査表の制作を進めている。

Ⅲ. 色覚に関する学術研究および社会的課題に対する対応

  • 1 正しい色覚検査の知識の普及、啓発

    正しい色覚検査の知識の普及、啓発として2009年から日本眼科学会において公益財団法人一新会セミナーを厚生労働省の後援のもと毎年、実施している。あわせて交通機関などでの安全性確保としての色覚検査の在り方に関する助言などを行っている。

  • 2 研究助成

    色覚を含む医学的研究を行っている医療機関を中心に公募に基づいて助成金選考委員会により、毎年研究助成を行っている。

  • 3 眼科および医学の知識の啓発の助成、色覚異常のバリアフリー化に努めている団体への研究助成

    河津教育委員会の医学を中心とする図書購入の助成を行うとともに、東日本大震災で罹災した岩手県などの小中学校に教育委員会を介して石原色覚検査表の寄贈を行った。

Ⅳ. 色覚検査の学術的研究および新たな検査表の開発への取り組み

色覚は社会生活において重要な要素である。眼底にある網膜(カメラでのフィルムに相当)には錐体細胞と桿体細胞とがあり、錐体細胞主に網膜の中心部領域の黄斑部に分布し、色を中心とする感覚に優れ、桿体細胞は黄斑部の周辺部に分布し光覚に対応している。錐体細胞には三種類の感受性細胞、(1)長波長感受性錐体(L-錐体565nm),(2)中波長感受性錐体(M-錐体 545n)および(3)短波長感受性錐体(S-錐体440nm)があり、それぞれ赤、緑および青を中心とする色の生体信号の認識を担っている。網膜で認知された生体信号は脳の後頭部にある視中枢に伝えられ、最終的に色覚として感じる。

すなわち、色覚は網膜と視中枢のいずれかに異常があると認識できないが、色覚異常の病態生理学の対象は通常、網膜の錐体細胞の異常に分けられ異常の原因、状態がそれぞれ異なることが研究で明らかにされてきている。しかし、色覚異常として実際の臨床の場で対象とされてきたのは先天性色覚異常でのみといっても過言ではない。先天色覚異常は3種類の錐体細胞の遺伝子異常(主に男性、女性に関係する遺伝子)によることが明らかにされており、人種によって異なるが我国での頻度は男性の4.5%、女性の0.2%とされている。一方で後天色覚異常は加齢黄斑変性などの網膜黄斑部を中心とする病変によって生じる。

現在までの臨床的色覚検査法は石原色覚検査表に代表される仮性同色理論に基づく検査および赤・緑色の混色比率によるアノマロスコープのみであり、これらは定性的検査・先天色覚異常の検査である。石原自身が、石原色覚検査表は定性的かつ先天色覚異常の検査を目的にしたものであり、検査表の適用を正しく理解することを論文発表し、その上で定量的色覚検査表の必要性を財団の宿題とした。

定量的かつ先天・後天色覚異常の検査は研究室レベルではプリズムを使用した波長分光による正常色覚を中心にした色覚の定量的検査が可能となっているが、臨床で使用可能な検査法、装置は開発されていない。当財団はプリズムではなく安定性、操作性、かつ精度にすぐれた分光器を使用した波長弁別閾値測定装置を開発し、英文論文(2023年)での発表に先立つ2018年に特許権(特許第6344676号)を取得し現在、臨床研究を行っている。

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