第10回 人と動物の共通感染症研究会学術集会 研究会目次

教育・特別講演6-1 ネコひっかき病の感染源
 
丸山 総一
日本大学・生物資源科学部
 
  ネコひっかき病(Cat-scratch disease: CSD)は,その名の通り猫にひっかかれて感染する人獣共通感染症である。近年のペットブームにより家庭で飼育される猫の数は増加し,約1,200万頭(2009年現在)と見積もられている。猫の多くは家庭内で飼育され,人と濃密に接触する機会も多いことから,CSDの患者数も増加しているものと考えられるが,感染症法に類型されていないため,その実態は不明な点が多い。本講演では,CSDの感染源あるいは病原巣である猫を中心に,その感染状況について獣医学領域から検討した成績を報告したい。
  CSDの主要な病原体は,グラム陰性,多形性単桿菌のBartonella henselae である。猫は,B.henselae 以外にも,B. clarridgeiae とB. koehlerae を血液中に保有していることが知られているが,これらの菌種がCSDの発症に関与しているかは不明である。若齢の猫や猫ノミが多く寄生した子猫が重要な感染源で,猫間ではノミがB. henselae のベクターとなる。B. henselae に感染した猫は,特に臨床症状は示さない。猫はB. henselae に感染すると,2〜3週間で菌血症に達し,2〜3ヶ月間持続する。自然感染した猫では1〜2年もの間,菌血症が持続した例が報告されている。菌血症を起こした猫を吸血したノミの糞便中に排泄され体表に付着した菌が,グルーミングの際に猫の歯牙や爪を汚染する。そのような猫から人は創傷感染する。
  Bartonella に感染している猫の割合は,国や地域,飼育猫か野良猫などの状況によって様々である。米国では,サンフランシスコ周辺のペットおよび収容猫の41%(25/61)が菌血症であること,北カリフォルニアの猫の39.5%が菌血症で,特に,12ヶ月齢以下の若い猫とノミの感染を受けている猫において菌血症の割合が高いことが示されている。また,ハワイでは72.4%(21/29),ドイツでは13%(13/100),オランダでは22%(25/113),デンマークでは22.6%(21/93),インドネシアでは64%(9/14),タイでは27.6%(76/275),フィリピンでは61%(19/31)の猫からBartonella が分離されている。
  わが国では,飼育猫の7.2%(50/690頭)がBartonella 属菌を保菌しており,その保菌率は,新潟県の2%から沖縄県の20%まで地域差が認められており,保菌率は3歳までは加齢と共に上昇する。
  飼育猫のB. henselae に対する抗体陽性率は,8.8%(128/1,447頭)で,特に1〜3歳の若い猫,ノミが寄生していた猫,室外飼育の猫,さらに南の温暖な地域の猫で高い陽性率であった。以上から,わが国の猫のBartonella 感染状況は,気温,猫ノミの分布や猫の密度等と関係しているものと考えられる。
  近年,犬が原因となったCSDの症例が散見されるようになった。そこで,われわれが飼育犬を対象にしたBartonella 感染状況を調査したところ,血液からBartonella 属菌は分離されなかったが,PCRにおける陽性率は全体で5.9%(15/255),そのうち11検体はB. henselae のみに陽性,1検体はB. clarridgeiae のみに陽性,3検体はB. henselae とB. clarridgeiae 両方に陽性であった。今後,犬もCSDの感染源の一つとして注目していく必要が有ると思われる。
 
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