[教育講演1] 国際的な感染症対策の法的枠組ー国際保健規則の改正と施行ー |
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谷口 清州 (国立感染所研究所感染症情報センター) |
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国際保健規則(International Health Regulation; IHR)とは、世界での感染症の拡大を防止する法的な根拠としてWHO加盟国が世界保健総会にて合意した規約であり、条約に準じて扱われている。もともとIHRは1969年に策定されたものであり、加盟国はコレラ、ペスト、黄熱の三疾患しか報告する義務はなく、ニパウイルス脳炎とかSARSなど国際的に極めて重要なアウトブレイクであっても、報告しなくてもよいし、調査に応じる義務もなかった。また、途上国での感染症アウトブレイクであって、放置すればその国での被害が拡大したり、他の国へ波及することがわかっていても、あくまで当該国からの正式な依頼がなければ、WHOを含む世界は、積極的に介入したり、対策を支援することは不可能であり、WHOがとる対策も基本的にWHOから各国に対するお願いすることによりなりたっており、なんらの強制力を持っているわけではなかったのである。しかしながら、近年の交通と流通のグローバル化、あるいは新興・再興感染症の面からも実情にあわなくなっていることが指摘され、1995年にWHO総会で改正の必要性が採択されて以来、改正作業が行われてきたが、直接、輸出入という経済に関わってくる問題であるだけに、加盟国間での調整は難航していた。こういった状況のなかで、SARSが発生し、その結果としてIHR改正議論は一挙に進展し、2005年5月の第58回世界保健総会にて、IHR2005と呼称される、改正IHRが採択され、2007年6月15日施行された。 |
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主な改正点は、1)報告対象の概念の拡大、2)国を代表する確実な連絡体制、3)各国が準備すべきコア・キャパシティ、4)非公式情報の積極的活用、5)WHOの科学的根拠に基づいた勧告、6)他の国際機関との連携、調整である。IHR2005では、従来の感染症のみを対象とするものから大きく拡大され、原因が何によるものかに関わらず、化学物質や放射線を含むすべての国際的に重要な公衆衛生的危機(Public
Health Emergencies of International Concern; PHEIC)が報告対象となった。PHEICとはpublic
health impact、unusualness or unexpectedness、international spread、international
restrictions of travel or tradeの4つの視点から検討し、このうち2つ以上に合致すれば届出の対象となる。また、天然痘、野生株ポリオ、SARS、新しい亜型のインフルエンザは、1例の発生で届出する症例報告疾患として例示されている。また、対策も国境における水際対策から、発生地における封じ込めという戦略に方針が転換され、この実行上、国レベルでの対応能力がもっとも重要という認識から、サーベイランスと対応、および入国ポイントでの対応について、Core
capacity requirements、すなわち対応能力に関して最低基準が設定され、加盟国はこのIHR2005が発効する2007年6月から2年以内で既存の対応能力の評価と改善計画を立て、2012年6月までに完了しなければならない。 |
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現在、詳細なガイドラインが準備されつつあり、我が国は、国際社会の一員として、かつ、日本国民を健康危機より守るためにも、今回の国際保健規則の改正を機会に、包括的な健康危機管理体制を構築しなければならないと考える。 |
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