第4回 人と動物の共通感染症研究会学術集会 研究会目次


6 人型結核菌による犬の結核症の1例
 
  ○宇根有美 1),金本英之 1),内藤晴道 2),芳賀伸治 3),山崎利雄 3),鹿住裕子 4),高橋光良 4)
1)麻布大学獣医学部病理学研究室
2)愛知県開業
3)国立感染症研究所細菌第1部
4)結核研究所結核菌情報科
 
  人型結核菌による動物の感染症はinverse zoonosis として捉えられる危険な疾患である。今回、人型結核菌による犬の結核症を報告する。
 
【症例】
  ミニチュアダックス、雄、3歳、体重4.5kg。1ヵ月前から咳をするようになったとのことで、’03.12月上診。X線検査で胸腔内に腫瘤陰影が確認されたが、バイオプシーで腫瘍が否定されたこと、治療に反応しないこと、飼育者宅に結核治療歴を有する家人(’03年4月入院、7月退院)がいることから、咽喉頭スワブと気管洗浄液を微生物学的に検査した。その結果、Mycobacterium tuberculosis complex が分離された。このため、人への感染の危険を考え安楽死の処置がとられた。
 
【病理学的所見】
  栄養状態普通で鼻漏なし。主たる変化は胸腔内に観察された。左右の気管気管支リンパ節は小指頭大〜直径4cmに腫大、硬化していた。肺には、硬固なあるいは質軟の結節や境界不明瞭で不整形の斑状病変が散在していた。心膜、胸膜、縦隔と横隔膜(両面)には針頭大〜小豆大の白色結節が密発しており、一部癒合し拇指頭面大となっていた。同様の結節は食道と肝臓表面にも観察され、肝臓には直径1.6cmと0.4cmの結節および割面に針頭大結節が散在していた。その他、右大動脈腰や腸間膜リンパ節が腫大していたが、脾腫はなかった。組織学的には、非常に小型な病変を除いて、石灰化を伴わない乾酪壊死が高度で、結節の大半が壊死に陥っているものが多かった。結節辺縁部に類上皮細胞の浸潤が層状に観察されたが、Langhans型巨細胞は見当たらなかった。チールネルゼン染色で、壊死部と類上皮細胞内にごく少数の陽性菌が観察された。
 
【微生物学的所見】
  剖検時に採材した肺、リンパ節および肝臓より抗酸菌が分離され、これらの菌はナイアシン試験陽性、硝酸銀還元試験陽性およびキャピリアTBでTBと判定されたことからM. tuberculosis と同定された。また、家人より分離されたM. tuberculosis とIS6110RFLP分析によるタイピングを行ったところ同一パターンを示した。
 
【まとめ】
  自然界における結核菌のレゼルボアはヒトであることから、犬の結核症のほとんどが、ヒトの結核症から伝播するものと考えられている。これを裏付けるように犬の結核症は欧米では1880年代から報告されているが、近年、先進国での結核患者数の減少により、現在その報告はほとんどない。犬の結核症の生前診断は、特徴的な臨床症状を示さないことから非常に困難とされている。現実に、欧米の症例の全てが剖検による診断であり、本例は生前に確定診断のできた希少な症例である。さらに、犬の結核症に関連したと思われるヒトを特定することや、菌の確保が困難なこともあって、同一のM. tuberculosis が接触のあった犬とヒトから分離された症例はほとんどない。今回、ヒトと犬から同一のM. tuberculosis が分離されたことは貴重な症例であるが、どちらから伝播したかの特定は出来なかった。しかし、犬の発症以前にヒトが発症していること、諸外国では、犬の結核症から75%の割合でM. tuberculosis が分離され、その88%以上の犬が活動性結核症のヒトとの接触があること、また、犬から犬への伝播は非常に稀なことなどから、本例においてもヒトから犬へM. tuberculosis が感染したものと考えられた。
  犬の結核症の報告は、我が国では50年前に4例の報告があるのみで稀ではあるが、近年、ヒトの犬や猫などの愛玩動物との接し方が緊密になっていること、また、日本は先進国の中で唯一結核中蔓延国であることなどから、今後、動物の診療、動物材料の取り扱い、剖検などに際して、動物に人型結核菌感染症が存在しうるといった観点で、十分注意する必要がある。
 
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