東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科
内分泌・骨ミネラル代謝研究グループ
腫瘍性骨軟化症 (Tumor induced osteomalacia:TIO)は腫瘍がFGF23を過剰産生することで低リン血症性くる病・骨軟化症を発症する腫瘍随伴症候群の一つです。従来非常に稀な疾患(数10万~100万人に一人程度)と考えられてきましたが、2001年にFGF23がTIOの原因液性因子である事が明らかとなり、血清FGF23の測定が可能となってからは、報告症例が急増しており、実際の疾患頻度はより高いものと考えられるようになってきました。
成人での低リン血症性骨軟化症の症状は全身の骨痛、筋力低下、歩行障害、骨折、偽骨折などですが、血清リン濃度が一般的に測定されていない現状から、全身の骨痛、筋力低下、歩行障害のみを呈する症例では何らかの神経筋疾患や線維筋痛症などの膠原病、ないし心療内科疾患などと誤診されている症例も散見されています。
TIOの診断のためには血清リン濃度測定と、血清FGF23測定、遺伝性低リン血症性くる病・骨軟化症の除外という流れになります。
原因となる腫瘍が完全に切除されるとFGF23の値が正常化し、低リン血症とくる病・骨軟化症症状の是正が望めます。ただし原因腫瘍は骨(約50%)、軟部組織(約50%)と全身のいたるところに発症する可能性があり、またCTやMRI、PETで発見された腫瘍が必ずしもFGF23を産生しているとは限りません。そこで、FGF23産生腫瘍の機能的な局在診断のための特殊な検査が必要となってきます。
現在このFGF23産生腫瘍の機能的局在診断のための検査としては核医学検査であるオクトレオスキャン(111In-pentetreotide) や68Ga-peptides(DOTATOC、DOTATATE、DOTANOC)と、当研究室が行ってきた全身の静脈分枝でのFGF23サンプリングがあります(オクトレオスキャン以外は保険外診療です)。
原因腫瘍検索のための核医学検査では近年特に68Ga-DOTATOCが感度が高い事が報告されています。ただし、FGF23の過剰産生を直接検出するものではなく、骨折、偽骨折部位での取り込みによる偽陽性なども認められます。
一方、当研究室で行っているFGF23の全身静脈サンプリングは、鼠径部からのカテーテル挿入により、全身20-30か所の静脈主幹、静脈分枝から採血を行い、それぞれの箇所でのFGF23濃度を測定することで、新規にFGF23産生腫瘍の局在を予測する、もしくは既にCTやMRI、前述のオクトレオスキャンなどの核医学検査などで認められている腫瘍が実際にFGF23を産生しているかを確認する手法です。入院2泊3日で、検査日は2-4時間にわたる全身でのカテーテル操作となるため、患者さんの身体的負担は核医学検査と比較して若干大きくなりますが、実際のFGF23の上昇を確認しているので、検査の特異度は非常に高くなります。
2016年にオクトレオスキャンが国内でも保険診療となったため、現在我々の研究室は以下の方法でのTIOの原因腫瘍同定を検討しています。
① オクトレオスキャン、PET-CT、全身CT、全身MRIで全身の腫瘍性病変を検索する。
② FGF23の全身静脈からのサンプリングを施行するが、上記画像検査にて腫瘍性病変を認めた場合、通常施行する全身20か所の静脈採血に加えて同部位周囲で採血個所を増やす。
③ オクトレオスキャンとFGF23静脈サンプリングの結果が一致すれば原因腫瘍と同定する。画像検査で腫瘍を認めない場合には、FGF23静脈サンプリングで高値であった箇所について改めてオクトレオスキャンを中心とする画像検査の結果を詳細に見直す。
当研究室では新規に受診されたTIO患者さん全員に上記ステップでの原因腫瘍の同定を勧めています。特に手術によって機能的、審美的に障害が生じる恐れのある個所(関節内の骨、顔面の軟部組織)や手術侵襲が大きくなる個所(頭蓋内腫瘍)に原因腫瘍が疑われる場合などにはオクトレオスキャンだけでなく、FGF23の産生過剰を術前により正確に確認するため、FGF23の全身静脈サンプリングの施行を勧めています。またオクトレオスキャンで原因腫瘍が同定出来ないもののTIOが強く疑われる明らかな成人発症の症例も全身静脈サンプリングの良い適応だと考えております。
当科ではFGF23の全身静脈サンプリングを臨床研究として行っておりますので、患者さんにはサンプリングの検査にかかる費用は御負担頂きません。
TIOを疑う症例がおられましたら、原因腫瘍同定のためのオクトレオスキャンとFGF23全身静脈サンプリングの施行に関して是非当研究室まで御相談ください。
以下に通常の画像検査(CT、MRI)では腫瘍の局在が判明しなかったものの、当科でのオクトレオスキャンとFGF23静脈サンプリングにより歯槽骨内の腫瘍がFGF23産生腫瘍であることを同定し、術後にFGF23と血清リン濃度の改善を認めた症例を例示します。
症例 58歳 男性
14年前より全身の骨痛、歩行障害が出現し、強直性脊椎炎と診断され加療されていた。9年前にFGF23を測定し120 pg/ml(基準値 10~50 pg/ml)と高値であったことから腫瘍性骨軟化症疑いとされたが、CT、MRIでは腫瘍の局在は確認されなかった。活性型ビタミンD製剤とリン製剤で加療され、歩行は可能となったが、骨痛、筋力低下によりADLは著しく制限されていた。
図1. オクトレオスキャンによる上歯槽骨内の腫瘍の同定 |
図2. FGF23全身静脈サンプリングによるFGF23産生腫瘍が頭頸部に局在することの確認 |
図3. 術後の血清リン濃度とFGF23の推移 |