疾患情報

遺伝性血管性浮腫(HAE)

一般社団法人日本補体学会HAEガイドライン 作成委員会

責任者

堀内孝彦(九州大学病院別府病院)

一般社団法人日本補体学会メンバー

大澤勲(順天堂大学医学部)、岡田秀親((株)蛋白科学研究所)、塚本浩(九州大学大学院医学研究院)、中尾実樹(九州大学大学院農学研究院)、木下タロウ(大阪大学微生物病研究所)、高橋実(福島県立医科大学医学部)、野中勝(東京大学大学院理学系研究科)、松下操(東海大学工学部)、関根英治(福島県立医科大学医学部)、山本哲郎(済生会熊本病院)、若宮伸隆(旭川医科大学医学部)、藤田禎三(福島県立総合衛生学院)(監事)、瀬谷司(北海道大学大学院医学研究科)(監事)、井上徳光(大阪府立成人病センター研究所)(事務局長)、大井洋之(名誉会員)

遺伝性血管性浮腫(HAE)のガイドライン 改訂2014年版

PDF版はこちらから

  1. 1.本ガイドラインの目的
  2. 2.遺伝性血管性浮腫の診断と治療
  3. 3.診断のための参考事項
  4. 4.付記
  5. 5.参考文献
本ガイドラインの目的

 本ガイドラインは、広く一般の臨床医を対象に、遺伝性血管性浮腫(Hereditary angioedema: HAE)の的確な診断と治療に役立てていただくために補体研究会が作成しました。
 HAEは、補体成分C1インヒビター(C1-INH)の欠損によるもので、疾患を知っていれば診断は比較的容易です。診断がつけば有効な治療を受けることができます。診断がつかず苦しまれている患者さんが、迅速に診断され、的確に治療されることを願っております。なお、このガイドラインは医学の進歩に則して適宜更新していく予定です。

遺伝性血管性浮腫の診断と治療
1.疫学 1万人に1人~15万人に1人(5万人に1人との報告が多い)
2.病型
  1. 1) I型(HAE全体の85%)常染色体優性遺伝
     C1インヒビタータンパク量低値、C1インヒビター活性低値
  2. 2) II型(HAE全体の15%)常染色体優性遺伝
     C1インヒビタータンパク量正常または上昇、C1インヒビター活性低値
  3. 3) III型(稀)エストロゲン依存性、ほとんど女性に発症、病態の詳細は不明であるが、一部には凝固第XII因子の変異を認める。
     C1インヒビタータンパク量正常、C1インヒビター活性正常

※ 家族歴のない孤発例は、HAE全体の約25%に認められている。

3.診断
  1. 1) 遺伝性血管性浮腫を疑う症候
    • ・皮下浮腫、粘膜下浮腫(痒みを伴わない、あらゆる部位)
    • ・消化器症状(腹痛、吐き気、嘔吐、下痢)
    • ・喉頭浮腫(3歳以下では稀、喉頭浮腫を生じたにもかかわらず適切に治療をされない場合の致死率は30%)
    • ・発作は精神的ストレス、外傷や抜歯、過労などの肉体的ストレス、妊娠、生理、薬物などで誘発される。
    • ・発作は通常24時間でピークとなり72時間でおさまるが、それ以上続くこともある。
    • ・家族歴がある。
    • ・発症は10~20歳代が多いが、あらゆる年齢で発症しうる。
  2. 2) スクリーニング
    • ・C1インヒビター活性(保険適応)で低値となる。
    • ・C4値は発作時にほとんどすべての症例で基準値以下となり、非発作時でも98%の症例で基準値以下となるため、C4測定は有効な目安になる。
  3. 3) さらに詳しく病型を検討する場合
    • C1インヒビター定量(保険適応外)を行う。
      低値であれば I型HAE
      正常値ならば II型HAE
  4. 4) 家族歴がない場合、後天性血管性浮腫との鑑別が必要となる
    • C1q(保険適応外)が低値であれば後天性とされているが、遺伝性の場合でも低値を示す場合がある。
    • 確定診断のためには、遺伝子解析が必要となる。
  5. 5) III型HAEを疑う場合は、第XII因子の変異の可能性がある。
  6. 6) HAEと鑑別が必要な疾患として、後天性血管性浮腫(Acquired angioedema: AAE)、薬剤性血管性浮腫、アレルギー性血管性浮腫などがある。
4.発作時の治療

基本はC1インヒビター補充療法が望ましいが、入手困難な場合はトラネキサム酸を選択する場合もありうる。

  1. 1) 皮下浮腫(顔、頚部以外)
     C1インヒビター補充療法(50kg以下 500単位、50kg以上 1000~1500単位 静注)
     トラネキサム酸(15 mg/kg 4時間毎)
  2. 2) 皮下浮腫(顔、頚部)
     C1インヒビター補充療法(50kg以下 500単位、50kg以上 1000~1500単位 静注)
     トラネキサム酸(15 mg/kg 4時間毎)
  3. 3) 腹部症状
     C1インヒビター補充療法(50kg以下 500単位、50kg以上 1000~1500単位 静注)
     トラネキサム酸(15 mg/kg 4時間毎)
  4. 4) 喉頭浮腫
     C1インヒビター補充療法(50kg以下 500単位、50kg以上 1000~1500単位 静注)
     ICUにおける気管内挿管、気管切開

表 発作時の治療

発作時の治療 喉頭浮腫 皮下浮腫
顔・頸部
皮下浮腫
顔・頸部以外
腹部症状
経過観察*1
トラネキサム酸
C1インヒビター補充療法*2 +/-
ICUでの処置*3

*1 経過観察は症状発現時は常に必要であるが、喉頭浮腫ではICUでの処置が望ましい。
*2 病歴からHAEが疑われかつ緊急の場合、確定診断を待たずにC1インヒビター補充療法を施行する選択肢はありうる。
*3 腹部症状でICUに搬送される場合もある。

5.短期予防
  1. 1) 歯科治療(侵襲性が弱い場合)など小ストレス時
     C1インヒビター補充療法の準備の上ならば予防は必要なし
  2. 2) 歯科治療(侵襲性が強い場合)外科手術など大ストレス時
     術前1時間前のC1インヒビター補充療法(50kg以下 500単位、50kg以上 1000~1500単位静注)更に2度目のC1インヒビター補充療法の準備をしておく
6.長期予防

1ヶ月に1回以上、1ヶ月に5日以上の発作期間、喉頭浮腫の既往歴の場合検討する。

  1. 1) トラネキサム酸
     30-50mg/kg/日を1日2-3回に分けて服用 
    副作用 筋肉痛、筋力低下、疲労感、血圧低下
  2. 2) ダナゾール
     2.5mg/kg/日(最大200mg/日)を1ヶ月、もし無効ならば300mg/日を1ヶ月、更に無効ならば400mg/日を1ヶ月
     200mg/日で有効ならばその後 100mg/日を1ヶ月、50mg/日または100mg/隔日へ減量する。
     禁忌:小児、妊婦、授乳中、癌患者
     副作用:男性化、肝障害、高血圧、脂質異常、多血症、出血性膀胱炎
     経過観察:6ヶ月毎の血液検査が必要、また 200mg/日以上の場合 6ヶ月毎の腹部エコー、200mg/日以下の場合 1年毎の腹部エコーが必要(肝腫瘍出現の可能性があるため)
7.小児ならびに妊婦への発作時の治療
  1. 1) 小児の場合
     欧米では発作時の治療薬としてヒト血漿由来C1インヒビター製剤に小児の適応があり(欧州連合のみ、米国は12歳以上)、投与量 20単位/kgでの有効性と安全性が示されている。
  2. 2) 妊婦の場合
     妊婦を対象とした症例対照研究はまだなされていないが、国際的には安全性と有効性からもヒト血漿由来C1インヒビター製剤は第一選択薬である。

※ ただしわが国では小児、妊婦に対する安全性は確立されていないため、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合に投与する。

診断のための参考事項
遺伝性血管性浮腫を軽度疑う場合
  • 血清C4測定を行う。
    低値➔ C1インヒビター活性測定を行う。
    正常➔ 遺伝性血管性浮腫はほぼ否定できる。
遺伝性血管性浮腫を強く疑う場合

  • C1インヒビター活性測定を行う。
    低値➔ C1インヒビター欠乏による血管性浮腫と診断できる。
     ・家族歴がある➔ 遺伝性血管性浮腫と診断できる。➔ C1インヒビター定量を行う➔ 低値の場合はI型、正常または上昇の場合はII型と診断できる。
     ・家族歴がない➔ 血清C1q測定を行い低値ならば後天性血管性浮腫の可能性があるとされるが例外も多い。➔ 確定診断のためには遺伝子解析が望ましい。

    正常➔ III型や薬剤性血管性浮腫を疑う➔ 薬剤服用歴(とくに降圧剤、エストロゲン製剤)の確認。

※ なお、III型は日本人での報告はないが、欧米の報告では家族性があり、ほとんど女性に発症する。

付記
  1. 1. 本ガイドラインにご意見がある方はご連絡ください。
     (一般社団法人 日本補体学会 副会長 堀内孝彦 e-mail: horiuchi@beppu.kyushu-u.ac.jp)
  2. 2. C1インヒビターの活性測定、タンパク定量、遺伝子解析についてご相談がある方は、一般社団法人 日本補体学会のホームページ(http://square.umin.ac.jp/compl/)をご覧ください。
  3. 3. C1インヒビター製剤は、製剤名 ベリナートP(CSLベーリング社)。
    CSLベーリング社のホームページ(http://www.cslbehring.co.jp)、あるいは遺伝性血管性浮腫専用のホームページ「HAE情報センター」(http://www.hae-info.jp/)から情報を得ることができます。
    トラネキサム酸は、薬剤名 トランサミン(第一三共)など。
    ダナゾールは、薬剤名 ボンゾール(田辺三菱)など。
参考文献
  1. 1) Bowen T, et al. Canadian 2003 International Consensus Algorithm for the Diagnosis, Therapy, and Management of Hereditary Angioedema. J Allergy Clin Immunol 114: 629-637, 2004
  2. 2) Bowen T, et al. Hereditary angioedema: a current state-of-the-art review, VII: Canadian Hungarian 2007 International Consensus Algorithm for the Diagnosis, Therapy, and Management of Hereditary Angioedema. Ann Allergy Asthma Immunol 100 (Suppl 2): S30-S40, 2008
  3. 3) Cichon S, et al. Increased activity of coagulation factor XII (Hageman Factor) causes hereditary angioedema type III. Am J Hum Genet 79: 1098-1104, 2006
  4. 4) Gompels MM, et al. C1 inhibitor deficiency: consensus document. Clin Exp Immunol 139: 379-394, 2005
  5. 5) Horiuchi T, et al. Guideline for hereditary angioedema (HAE) 2010 by the Japanese Association for Complement Research - secondary publication. Allergol Int 61(4):559-62, 2012
  6. 6) Craig T, et al. WAO Guideline for the Management of Hereditary Angioedema. World Allergy Organ J 5(12):182-199, 2012
  7. 7) Caballero T, et al. International consensus and practical guidelines on the gynecologic and obstetric management of female patients with hereditary angioedema caused by C1 inhibitor deficiency. J Allergy Clin Immunol 129(2):308-320, 2012
  8. 8) Wahn V, et al. Hereditary Angioedema (HAE) in children and adolescents—a consensus on therapeutic strategies. Eur J Pediatr 171(9):1339-1348, 2012
  9. 9) Yamamoto T, et al. Hereditary angioedema in Japan: Genetic analysis of 13 unrelated cases. Am. J. Med. Sci. 343(3): 210-214, 2012
  10. 10) Iwamoto K, et al. Novel and recurrent C1 inhibitor gene mutations in nine Japanese patients with hereditary angioedema. J. Dermatol. Sci. 68(1): 68-70, 2012
  11. 11) Ohsawa I, et al. Clinical and laboratory characteristics that differentiate hereditary angioedema in 72 patients with angioedema. Allergol. Int. 63(4): 595-602, 2014
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