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2015年7月27日
平成26年度産業歯科保健部会後期・関東産業歯科保健部会合同研修会の記録


  近年、全身疾患と口腔状況との関連が各方面から話題となるようになってきました。特に、歯周病と全身性疾患との関係については、糖尿病、脳血管障害・心血管疾患、メタボリック症候群などとの関連が広く知られています。一方、歯周病をはじめとする口腔症状の多くは全身性疾患の関係性の背景に、共通リスク要因があり、生活習慣病(非感染性疾患:NCDs)対策により労働者の健康開発と医療費適正化が期待されています。

  そこで、今回、「口からみえてくる全身の健康」のテーマで、4つの講演を行いました。当日は166名の参加者があり、多くの産業医、産業看護職、歯科医師、歯科衛生士等の多職種の方々が参加され、質疑応答も活発に行われました。

  講演内容は、各先生方の事後抄録をご覧ください。歯肉溝浸出液に含まれるバイオマーカーの情報については埴岡先生に、これを用いた労働者への保健指導の理論背景と実践例については谷山先生と国柄先生にご講演いただきました。また、ストレスなどの心理社会的要因もその1つとされ、Visual Display Terminal(VDT)作業との関連性が報告されている顎関節および咀嚼筋の障害について、TCH(Tooth Contacting Habit)との関連性も含め西山先生にご講演いただきました。最後に、定期健康診断に有用な口腔粘膜にみられる水疱、アフタ、紅斑、白斑、びらん、潰瘍などの全身疾患のサインについて、藤林先生にご講演いただきました。これらのご講演が、臨床や事業活動およびフィールド研究に参考になれば幸いです。

座長:尾崎 哲則(日本大学歯学部 医療人間科学教室)
品田佳世子(東京医科歯科大学大学院 口腔疾患予防学分野)

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以下に演者による事後抄録を掲載します。



演題1:「労働者の就業適性の向上に資する口腔のバイオマーカー情報の活用」

福岡歯科大学口腔保健学講座 教授 埴岡 隆

  歯周病と全身性疾患との関係の知識が国民に浸透している。脳卒中・心臓血管疾患や糖尿病との関係は、歯周ポケットの病原性細菌と歯周組織の炎症性微量活性物質が持続性に影響すると説明される。比較的軽度な歯周炎は60歳以下では減少しているが40代の有所見者は30%近くあり、世界データでは重度歯周炎の発症は40歳直前がピークである。

  演者はMEを用いて歯肉の微小循環機能の研究を行い、歯周ポケットは歯肉の微小循環状態を強く反映することを解明し、さらに、歯周ポケットに貯留する体液には歯肉の豊富な微小血管網を介して、様々な炎症性バイオマーカーが滲出し、ごく少量でも様々な情報が検出できることがわかった。これらの多様な情報は、病原性細菌や日常の口腔機能負荷への宿主応答を客観的に反映することから、労働者や地域住民の保健指導の場で活用されている。

  歯周病検診の場での歯科専門家の第一の関心事は、炎症性バイオマーカーは歯周病の病態を反映するか、そして、歯周病の病状検出の代用となるかである。一方、歯周病の病状は病原細菌への宿主応答の異常に伴う組織破壊炎症の結果を反映する。病状よりも組織破壊炎症の病理に着目した応用では、労働者個別のデータを判定することにより職業適性の向上に資する用途も考えられる。

  歯周病と全身性疾患の関係性の背景には共通リスク要因がある。共通リスクの底流となる説明に微細炎症がある。血管の微細炎症が血管内皮細胞の傷害を引き起こす。歯周組織の破壊性炎症に着目した口腔のバイオマーカー情報の生活習慣病(非感染性疾患)対策での活用により、生涯の豊かな生活と医療費増加の一層の抑制が期待される。事業者による労働者の健康管理の範囲は、職業性疾病に加えてメンタルヘルスの不調や脳・心臓疾患にも広がっている。生活習慣病の背後に潜む慢性の微細炎症の負荷への気づきを促すナッジとして労働者の就業適性の向上への役割にも今後注目したい。

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演題2:「労働者の就業適性の向上に資する歯肉溝バイオマーカー検査の活用
     ―全身の健康との関連を考える―」

朝日新聞東京本社産業医 谷山 佳津子
朝日新聞健康保険組合  国柄 后子

  歯周病は、日本人の約7割に認められるありふれた疾患である。その本質は局所の細菌感染によって引き起こされる慢性炎症で、自覚症状がないまま、進行すると歯を失う原因となるため歯科領域の重要疾患と考えられてきた。

  それが近年、歯周病の原因菌や局所の炎症が全身の健康に及ぼす影響についてエビデンスが蓄積され、糖尿病、脳・心血管疾患、メタボリック症候群などの生活習慣病との関連をはじめ、多くの全身疾患との関連が明らかにされつつある。歯周病がこれらの全身疾患のリスク因子であるならば、病気の予防・悪化防止のために、歯周病のコントロールは歯科に留まらず、全身の健康管理の観点からも重要な意義を持つ。また喫煙、運動不足などの不適切な生活習慣は、歯周病のリスク因子であると同時に、肥満、糖尿病など歯周病と関連が指摘されている全身疾患のリスク因子でもある。ならば共通リスクにアプローチすれば歯周病対策=肥満対策、糖尿病対策ともなり、一石二鳥以上の効果が期待できる。さらに歯周病は、早期であればセルフケアで改善でき、適切なブラッシングなどの保健行動が習慣化しやすく、効果が実感しやすい点も保健事業の目的に適っている。

  このような事情を背景に、健保組合の被保険者9,099名(新聞社およびグループ企業等38社)を対象として、東京医科歯科大学、日本予防医学協会、健保組合および当社による4者の歯周病共同研究が現在進行中である(図1)。(株)いかがくのブラシ法による歯肉溝浸出液(GCF)検査キットを使った簡便な歯周病検査を行うとともに、自記式質問票により口腔保健に関するヘルスリテラシーや生活習慣、病歴などを把握する調査を2年間で計3回実施する計画で、歯肉溝バイオマーカーの測定項目は、ラクトフェリンLf(炎症亢進の指標)、アンチトリプシンAT(出血の指標)、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼAST(歯周組織破壊の指標)の3つである。初年度ベースライン調査の結果を当日、報告した。詳細は学会などで追って発表予定である。

  GCF検査キットは、短時間で自己採取でき、検体の郵送が可能な簡便な検査であることから、任意ながら3,800名余り(被保険者の42.4%)が受検し有用と考えられた。
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     図1 歯周病に関する4者共同研究の概要

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演題3:「VDT作業者等の顎関節症 −"TCH"とその影響−」

東京医科歯科大学 顎関節口腔機能学分野(顎関節治療部)
西山 暁

  VDT(Visual display terminal)作業と頭痛,頚部痛,肩痛,背部痛,腰痛などとの関連については以前より報告されており,VDT作業の長時間化や作業中の休憩の有無が影響すると言われています.

  これらはいわゆる"筋骨格系"の症状です.歯科領域においての"筋骨格系"疾患の代表は「顎関節症」といえます.「顎関節症」は顎関節や咀嚼筋の疼痛,関節雑音,開口障害を主な症状とする疾患であり,有病率は5〜12%,20~30歳代に多くみられるという特徴があります.この顎関節症の寄与因子の1つとして顎関節や咀嚼筋に加わる"力"が考えられています.この"力"の中で注目されているのが,「上下歯列接触癖(Tooth Contacting Habit: TCH)」という概念です.

  TCHのような行動が生じる背景として,VDT作業が考えられます.VDT作業中の「うつむき姿勢」や,VDT作業にともなうストレスが咬筋活動を引き起こしTCHという行動を作り出している可能性があります.

  VDT作業従事者における顎関節症をマネジメントする場合,VDT作業自体を無くしたり,減らしたりすることは仕事上困難なことが多いと考えられますが,それによって生じているTCHという行動をコントロールしてゆくことは可能です.

  TCHのコントロールについては「行動変容法」という心理学的手法を用います.「行動変容法」は,生じている行動の記録(行動アセスメント)と行動の変化(行動変容)に分けられますが,我々の施設では行動アセスメントとして「タイムサンプル法」を,行動変容として「習慣逆転法」をTCHのコントロールに応用しています.

  このように,患者自らが行動をコントロール出来るようになると,たとえVDT作業のように集中した状況下においても,TCHの持続時間が短くなり,結果として顎関節や咀嚼筋への負担が軽減してゆくと考えられます.

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演題4:「定期健康診断に有用な口腔粘膜にみられる全身疾患のサイン」

神奈川歯科大学 藤 林 孝 司

  口腔粘膜に現れるサインでは水疱症の代表は尋常性天疱瘡で、粘膜型では抗Dsg3抗体(+),抗Dsg1抗体(-), 皮膚粘膜型では抗Dsg3抗体(+),抗Dsg1抗体(+)で、棘融解による上皮内水疱である。口腔粘膜では粘膜類天疱瘡も多く、基底膜融解による上皮下水疱でBP180型とlaminin 332 型があり症状はやや穏やか。アフタ性疾患には再発性アフタやベーチェット病があり、ニコランジルによるアフター性潰瘍にも注意が必要。口腔扁平苔癬は炎症性角化症で頻度が高く皮膚の合併は15%程度。類似病変に口腔苔癬様病変があり、NSAIDs,降圧剤,利尿剤,糖尿病薬,抗真菌剤,抗痙攣など種々な薬物に誘発されるものがある。多形性紅斑は急性に発症する粘膜・皮膚の紅斑とびらんで、多因性で薬物、細菌、ウイルス等への過敏性反応。重症型にはStevens-Johnson症候群がある。色素異常にPeutz-Jeghers 症候群があり口腔粘膜、掌蹠の色素沈着と小腸の多発性polyposis。黒色表皮腫は黒褐色の色素斑と乳頭状増殖で、しばしば消化管悪性腫瘍を合併。血液疾患による口腔粘膜症状は重要。増殖性病変には歯肉増殖症があり、カルシウム拮抗薬によるものが注目される。口腔乾燥症は高頻度にみられ、種々な原因があり代謝性、神経性、薬物性、さらに唾液腺自体の機能障害によるものがあり、その代表はシェーグレン症候群である。口腔乾燥, 眼乾燥を主症状とするが慢性甲状腺炎, 間質性肺炎, 原発性胆汁性肝硬変, 尿細管性アシドーシス等の合併病変もしばしばである。2次性では関節リウマチなどを合併しやすい。類似病変にMikulicz病があるが、これは現在は自己免疫性膵炎, 硬化性胆管炎,腎病変,後腹膜線維症などとともにIgG4関連疾患とされIgG4関連包括診断基準(2011)で診断される。全身疾患と関連して口腔に出現し特に最近注目されているものにビスホスホネート関連顎骨壊死(BRONJ)があり、頻度はそう高くはないが生じると難治性なので要注意であり診療ガイドラインが示されている。メトトレキサート関連リンパ増殖性疾患(MTX-LPD)も関節リウマチの治療薬であるメトトレキサート使用に伴うもので口腔内の上顎歯肉や下顎歯肉で発生例が多くみられる。休薬により改善がみられるので注意していただきたい。

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