Mission Impossible

”めまいの話をしてくれ”と頼まれて,尻込みしない医者は信用ならない.”わかりやすいめまいの話をしてくれ”と言われて引受けるのは,正気の沙汰とは思えない.そう思っていた私が,こともあろうに,おそらく,日本でも,病歴・診察に最高にうるさい連中相手に,2006年11月,大阪で,”わかりやすいめまいの話”をする羽目になった.

全ての神経内科医にとって,そして全ての耳鼻科医にとっても,めまいの診療は鬼門である.めまいの話をしてくれと頼まれたのは,もちろん,一度や二度ではない.”わかりやすいめまいの話をしてくれる人がいませんかね”と愚痴とも皮肉ともつかない要望を聞かせられる度に,自らの神経内科医の表看板を呪ったものだ.

2005年に,日本家庭医療学会から,東京で行なわれる第13回生涯教育のためのワークショップで,めまいの話をしてくれと頼まれたが,それだけは勘弁してくださいとお願いし,頭痛と,しびれの2コマでお茶を濁した.まともな神経内科医なら,そして,多分,まともな耳鼻科医にも私の気持ちはわかってもらえると思う.でも,相手は,他でもない,日本家庭医療学会である.逃げ切れるもんじゃない.来年も逃げれば,マッシー池田の正体見たりと,見向きもされなくなってしまう.

ここでいう,”わかりやすいめまいの話”とは,あくまで病歴中心で,検査機器は一切使わない診療のことを意味する.もちろん,MRIも,ENG (electronystagmography) も,そして,あのわけのわからない眼振の症候学も一切抜きの,診療所で役立つめまいのである.

相手は,検査オタクの神経内科医や耳鼻科医じゃない.病歴・診察の達人揃いの家庭医療学会の面々だから,ごまかしは絶対に効かない.そう考えると,すぐに開き直れた.一度は断ったわけだから,私はめまいが苦手だと,もう多くの人が知っている.だから隠す必要もない.

苦手なら,その場で教えてもらえばいい.教えてもらうため,自分自身が勉強するために,話をさせてもらおう.そう思って,2006年の大阪での第14回のワークショップで,めまいの話を引き受けることにした.

患者が自らの病を語る時のようにすればいい.眼振の症候学や眼球運動生理検査の解釈の難解さ、結局MRIに頼らなければならないのかという無力感、小脳・脳幹梗塞を除外しきれないもどかしさ・・・苦手の私だからこそ、参加者の気持ちがよくわかる。

話をするにあたって,私は参加予定者に対して前もって三つの約束をした。一つ、眼振の症候学は話さない。二つ、MRI画像の話もしない。三つ、病歴だけで、小脳・脳幹梗塞を除外する方法を話す。

前もっていただいた参加者名簿の中には,生坂政臣先生の名前もあった.さすがにたまげたが,そこはもともと開き直っている強みで,参加者に教えてもらうために引き受けたのだから,それこそ,生坂先生に教えてもらえばいいと思うことにした.この図々しさでここまでやってきた.今さら,変えられない.

セミナーの成果は参加者各人に判断してもらうとして,私自身は,引き受けたことは大成功だったと思う.これまで,卒後四半世紀,めまいは,ただ,漠然と難しいもの,わからないもの,自分の力のなさを思い知らされる怖い病気と思って目を背けていたのが嘘のようだ.どこが難しいのか,どこがわからないのか.それがわかったからだ.

公演スライドはいつものところに置いてあるので,ご自由にお使いください.また,こちらのサイトは非常によくできています.めまいの診療に関心のある方は必見.

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