NEJM, Lancet拾い読み2006


99年までの話題2000年の話題2001年の話題2002年の話題2003年の話題2004年の話題2005年の話題

よい子は真似をしてはいけません
アスピリンとジピリダモールの併用
未分画ヘパリン、それも固定用量で十分
身体診察の終焉?
アスピリンとワーファリン併用のリスク
見果てぬ夢か,飽くなき挑戦か
過ぎたるは及ばざるが如し?
治験のリスクを問いなおす
老舗の凋落2
老舗の凋落1
居眠りの得は三文以上?
羊頭狗肉
金をかければいいのか?
質の低い医療を受けるのは誰?
アスピリンとクロピドグレルの併用:脳と心の分離
命と金のトレードオフ
どじょうどころかザリガニが:CLARICOR 試験における心血管系死亡率の上昇

99年までの話題2000 年の話題 2001年の話題2002 年の話題2003年の話題2004年の話題2005年の話題


よい子は真似をしてはいけません
S.E. Kahn and others. Glycemic Durability of Rosiglitazone, Metformin, or Glyburide Monotherapy. N Engl J Med 2006; 355 : 2427 - 43
糖尿病初期治療薬としてのロシグリタゾン(rosiglitazone),メトホルミン,グリブリド(glyburide;グリベンクラミド)を、新たに 診断された 2 型糖尿病に対する4,360 例の患者で評価した.観察期間の中央値 は4年.主要転帰は単剤療法失敗までの期間とし,メトホルミンまたはグリブリドと比較して,ロシグリタゾンで 180 mg/dL(10.0 mmol/L)を超える空腹時血糖値が確認されることと定義した.

Kaplan-Meier 解析では,5 年の時点での単剤療法失敗の累積発生率は,ロシグリタゾンで 15%,メトホルミンで 21%,グリブリドで 34%と、主要評価指標では、ロシグリタゾンが勝ったわけだが、それだけで喜ぶわけにはどうもいかない結果なのだ。

まず、例によって、心不全が気になるが、これは、ロシグリタゾンで 1.5%,メトホルミンで1.3%,グリブリドで 0.6%。浮腫は、ロシグリタゾンで 14.1%,メトホルミンで7.2%,グリブリドで 8.5%。体重増加が、ロシグリタゾンで 6.9%,メトホルミンで1.2%,グリブリドで 3.3%と、水ぶくれはロシグリタゾンで多いことは明かである。体重増加の経過のグラフを見ると、ロシグリタゾンでは、治療前の91.5kgから、4年間 で95kgまで増えている。糖尿病患者がこれでいいのかね?一体、食事指導、運動療法はどうしていたのだろうか?まるで、薬を飲んでいると、食事療法も運 動療法もいい加減になっちゃうよって見本みたいな試験だ。それとも、いくら、食事療法・運動療法をやっても、ロシグリタゾンを飲んでいると太っちゃうって ことを示したかったのかな?そうなると、ロシグリタゾンと抗肥満薬の合剤の開発にはもってこいのデータですね。ちなみに、メトホルミンでは、91.5kg から89kgまで減っている。

なお、この試験では、私が気づいた副作用情報で述べたように、ロシグリタゾンを服用した女性群 で、骨折が明らかに増加しているが、そのデータはこの論文の末尾にNote added in proofとして追加されているに過ぎないから、見落とさないように。(こちらの方が読みたいのに、表1枚しか出ていないってのは、肝心なことは虫眼鏡で 見ないと読み取れな昔の不動産屋の広告みたいだなあと思うのは、五十を超えたおじさん特有の感想でしょうか?論文を書くときは、データをきちんとおさらい してから書くもんですよ。よい子は、Note added in proofで肝心な(都合の悪い)データをちょこっと載せるなんて、みっともない真似はしないように


脳梗塞二次予防:アスピリンとジピリダモールの併用

Halkes PH, van Gijn J, Kappelle LJ, Koudstaal PJ, Algra A. Aspirin plus dipyridamole versus aspirin alone after cerebral ischaemia of arterial origin (ESPRIT): randomised controlled trial. Lancet. 2006;367:1665-73.

Tirschwell D. Aspirin plus dipyridamole was more effective than aspirin alone for preventing vascular events after minor cerebral ischemia. ACP J Club. 2006 ;145(3):57.

CHARISMA試験(N Engl J Med 2006 ; 354 : 1706 - 17)では、アスピリンにクロピドグレルを上乗せして、アスピリン単独投与より高い有効性を狙ったけれども、期待通りの結果が出なかったことは以前に説明した。今回紹介するESPRIT試験は、ジピリダモールの上乗せである。さて、その結果をかいつ まんで言うと:

modified Rankin Scase3以下の軽い脳梗塞、あるいはTIAを起こした人を対象に、心血管イベントの二次予防効果を検討した。主要評価項目の複合エンドポイン ト(全心血管死+非致死性脳卒中+全ての血管性イベント)で、ARRが16%→13%、RRRが19(2-32)%で、併用(アスピリン30-325mg +ジピリダモール400mg/日)がアスピリン単独に勝ったという結果です。平均観察期間は3.5年。
それを受けて、上記ACP Journal Clubは次のように結論している。
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アスピリンとジピリダモールの併用はアスピリン単独投与に比べて軽度の脳虚血後ではより効果的である。最近の臨床試験ではアスピリンとジピリダモールの併 用はアスピリン単独投与より軽度の動脈性脳虚血発作後の血管イベント防止により効果的であると報告された.この併用療法は全ての血管イベント死または非致 死的脳卒中の減少,および血管イベント数の低下についてアスピリン単独投与より効果的であった.
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しかし、ちょっと待った!! いくつも問題点がある。

原著を読んで一番驚いたのはアスピリンの用量。何と両群で、4割以上が 30mg!!おい、これじゃ準プラセボじゃねえの。今まで、30mgで有効性が認められているRCTはない。こりゃ公平じゃない。これじゃ 併用じゃないだろ!!看板に偽りあり。ちなみにこの点はACP JCでは全く指摘されていない。もひとつちなみに CHARISMA試験ではアスピリンは75-162 mg と狭いレンジに定めたている。
○(おそらく頭痛のため)脱落が併用群で34%ある(単独群は13%)
○非盲検(PROBE法)←ジピリダモールで頭痛が必発だからだろう
○日本の患者群と比べてTIAの患者が3割と非常に多い(日本ではせいぜい1割)

こうなると、心臓への悪影響がよく知られていることもあって、ジピリダモールの併用をすんなりはいそうですかと受け入れるわけにはいかない。


未分画ヘパリン、それも固定用量で十分
Kearon C, Ginsberg JS, Julian JA, et al. Comparison of fixed-dose weight-adjusted unfractionated heparin and low-molecular-weight heparin for acute treatment of venous thromboembolism. JAMA. 2006;296:935-42
 静脈血栓塞栓症の患者に,非分画ヘパリンの定用量を体重補正して投与した場合,低分子ヘパリンと同程度に安全で有効であったという新たな治験結果が報告 された.メイディケアの処方薬保険のない患者が増加すれば ,現金で支払わなければならない患者には通常のヘパリン投与が選択されることになると,同誌の編集論説は述べている.APTTでモニタリングすることな く、体重当たりのfixed doseで投与しても、低分子ヘパリンに遜色ない成績であることを証明した点が画期的です。ACP Journal Club. 2007 Jan-Feb;146:1のcommentary でも、残された問題点を指摘してはいますが、landmark studyとして高く評価しています。

身体診察の終焉?
Jauhar S. The demise of the physical exam.N Engl J Med. 2006;354:548-51
題名に不安になる必要はない。 気取った単語を使い過ぎている嫌いはあるが、それを飛ばしても一気に読ませる筋立てになっているので、原文の一読を是非ともお勧めする。

著者は、米国でも身体診察が廃れている最大の理由は、医師の不安感だという。
The primary explanation, I think, is that doctors today are uncomfortable with uncertainty.
しかし、身体診察を省略し機械に依存したからといって、その不安を解消できるわけではない。例えば、頭痛患者でCTを施行しても、くも膜下出血が除外でき るわけではない。(頭痛の診断にCTは役に立たない)軽度で手術の良い適応になるくも膜下出血ほど、CTの検出感度が落ちるのは、検査依存症への警告のほ んの一例に過ぎない。

身体診察の感度・特異度はおしなべて検査よりも劣ると誤解した上で、診断体系の中で、身体診察を常に検査の下の階層に位置づける過ちが、身体診察省 略の原 因となっている。診断体系の中で、診察と検査に問診を加えた三者は、ピラミッド構造ではなく、以下に示すような相補関係を形成している。

生身の体を超音波探索子で撫でまくり、血を抜きまくり、放射線を浴びせまくることの弊害を回避する鍵が身体診察である。我々は検査の有用性を最大限 に引き 出し、リスクを最小限に抑えるために診察を行う。診察が検査を助けるのである。一方で、検査が診察を助けることもある。確定診断により,問診や身体所見の 感度,特異度が明確になる好例が,あの有名なBMJの論文である.脳の画像診断法が発達したからこそ,意識障害の診断におけるバイタルサインの意義が明ら かとなった.

しかし、多くの場合、この相補関係は三権分立のような単純な図式ではなく、極めて複雑になっている。この、一見、富士の樹海のように見える暗黙知の 解明へ の誘惑は、少なくとも私にとっては、診察を捨てて検査に走る誘惑より遙かに強力である。

私が医学生だった30年前、あるいはそれ以前から身体診察の大切さが言われてきた。武内重五郎の内科診断学に書いてある診察と、平山恵三の神経症候 学に書 いてある診察を全部やったら、患者と二週間合宿しても診察が終わらないじゃないかという、四半世紀前からの私の素朴な疑問に対して、誰も答えを持ち合わせ ていないように見える。永遠に答えは得られないのだろうか?

私はそうは思わない。なぜなら、実際に、我々は、必要な診察項目を選択して実行しているからだ。我々は決してでたらめ、手抜きで日常診療を行ってい るので はない。ヒポクラテス以来の歴史と、我々自身が受けてきた教育と、我々自身の経験の集大成が、我々の診察である。その結果が、適切な検査の選択と効率の良 い診断につながっている。我々の選択過程にこそ、答えが潜んでいる。


アスピリンとワーファリン併用のリスク
現在まで、ワーファリンとアスピリンの併用が、いずれかの単剤より有効であるというエビデンスはない。たとえ、心房細動と脳梗塞のリスクファクターを持っ ている患者に対しても、単剤より併用が有効であるというエビデンスはない。
一方、出血リスクの増大だがが、こちらは症例対照研究ながらエビンデンスがある、少なくとも、有効性の場合よりも明らかなエビデンスである。

Buresly K, Eisenberg MJ, Zhang X, Pilote L.  Bleeding complications associated with combinations of aspirin, thienopyridine derivatives, and warfarin in elderly patients following acute myocardial infarction.Arch Intern Med. 2005;165:784-9.

Hallas J, Dall M, Andries A, Lassen AT,et al. Use of single and combined antithrombotic therapy and risk of serious upper gastrointestinal bleeding: population based case-control study BMJ 2006 Oct 7;333(7571):726-730
Aspirin,clopidogrel ,ビタミンK 拮抗薬の単剤使用による上部消化管出血リスクの調整オッズ比( OR )はそれぞれ1.8 〔95%CI [ 1.5 〜 2.1 ]〕,1.1 [ 0.6 〜 2.1 ], 1.8 [ 1.3 〜2.4 ]であったが,aspirin/clopidogrel 併用,aspirin/ ビタミンK 拮抗薬併用では7.4[3.5〜15]および5.3[2.9〜9.5]であり,複数の抗血栓薬の併用によるリスク増加が示された。NNTH は,aspirin 単剤使用では1,040 [725〜1,641 ]人年であったが,aspirin/clopidogrel 併用,aspirin/ ビタミンK 拮抗薬併用では124[54 〜312 ]人年および184[93〜407 ]人年であり,併用使用は一貫して単剤使用より出血リスクの高いことが示された。また,調査対象地域における抗血栓薬の併用使用は2000 年から2004 年の4 年間で425 %増加していた。


見果てぬ夢か,飽くなき挑戦か

Lees KR and others. NXY-059 for Acute Ischemic Stroke. N Engl J Med 2006;354:588-600

NXY-059は,脳梗塞に対する初めての神経保護薬として,脚光を浴びていた,と,今では過去形でしか書けなくなった.SAINT-Iという,大 層な略 称を持つ第V相試験結果を載せた上記論文が出たのが,2006年2月.その筆頭著者であるLeesが,彼のお膝元であるグラスゴー行なわれた欧州神経学会 議で,スコットランド訛丸出しながら,自信に満ちた態度で,2007年には二つ目の第V相試験SAINT-IIの結果が出ると話していたのが,7ヵ月後の 2006年9月.それから2ヵ月たたないうちに,自分が心血を注いだ薬が承認されないどころか,開発そのものが中止になるなんて,彼は夢にも思っていな かっただろう.

SAINT-Iでは,発症後6時間以内の脳梗塞患者1722人を対象に,フリーラジカル消去作用を持つこの薬を,3日間点滴静注投与したところ, 90日後 のmodified Rankin Scale (mRS)が,プラセボよりも改善していた(p=0.038) .さらに,アルテプラーゼを使った集団のサブ解析は,予想外のおまけを示唆していた.続発 性脳出血が,プラセボ群では27.3%だったのに対し,NXY-059では15.4%だったのだ.

しかし.その有効性に対して懐疑的な声もあった.一次エンドポイントであるmRSでは辛うじてプラセボに勝てたが,神経症状の指標であるNIHSS および 死亡率に関しては両群で有意差を認めなかった.そのためか,SAINT-IIでは,NIHSSを含めた他の指標でも有効性が示せるように,被験者数を当初 予定の1700人から3200人と,倍近くまで引き上げた.

FDAの要請もあったのかもしれないが,そこまで手厚いプロトコールにしたにもかかわらず,SAINT-II試験の蓋を開けてみたら,散々だった. 2006年11月時点での報道発表によると,mRSも,NIHSSもプラセボと差がなかったばかりでなく,おまけと期待していた脳出血抑制効果も見られな かった.

脳梗塞急性期を対象とした神経保護薬をめぐっては,これまで,1000以上の薬剤が動物モデルで検討され,114の薬剤が臨床試験に入ったが,いま だ FDAに承認されたものは一つも無い.最も承認に近いと思われたNXY-059が土壇場で消えた衝撃に,神経保護薬開発にひどく悲観的な見方が広がってい る(Neuroprotection: the end of an era? Lancet 2006;368:1548)

開発元のアストラ・ゼネカ社はNXY-059の開発中止を決定したとのことだが,是非とも,SAINT-II試験の結果の詳細を発表してもらいた い.それ が,脳梗塞のように頻度が高く,かつ,個人にも社会にも大きな損失を与える疾患治療薬開発に対する嘲笑への,何よりの反論になるのだから.


過ぎたるは及ばざるが 如し?

The Stroke Prevention by Aggressive Reduction in Cholesterol Levels (SPARCL) Investigators. High-Dose Atorvastatin after Stroke or Transient Ischemic Attack. N Engl J Med 2006;355:549-559

これまで,いくつもの大規模試験がLDLコレステロールの低下療法による心血管系イベントの予防効果を示してきたが,ほとんどの場合,冠動脈疾患と 脳卒中,そして閉塞性動脈硬化症のような末梢動脈疾患を含めた複合エンドポイントで有効性を検証してきた.このSPARCL研究の特徴は,心血管系イベン トの中でも,冠動脈疾患の既往のない脳卒中に限って,atorvastatinの二次予防効果を検討したことにある.

1〜6か月前に脳卒中を発症した18歳以上の4731例(LDL-C 100〜190mg/dL)が対象となり,atorvastatin群80mg/日(2365例)とプラセボ群(2366例)にランダム化した。脳卒中の 内容は,脳梗塞が7割,TIAが3割だったが,脳出血も両群に2%ずつ含まれていた.追跡期間中央値は4.9年だった.

一次エンドポイントである脳卒中(脳梗塞ばかりでなく脳出血も含む)はatorvastatin群265例(11.2%),プラセボ群311例 (13.1%)のうち,脳梗塞はatorvastatin群218例,プラセボ群274例で,atorvastatin群で減少(補正後ハザード比 0.78)していたが,脳出血はそれぞれ55例 vs 33例(ハザード比 1.66)と,逆にatorvastatin群で増加していた.

わかりやすく言うと,atorvastatinの日本人での標準用量は10mgだから,実にその8倍量を5年間飲んで,脳梗塞のリスクを2割減らせ るけれど,脳出血のリスクが1.66倍になり,差し引き絶対リスク低下が2.2%,補正後相対リスク低下が16%ということになる.

スタチンの重篤な副作用となりうる肝障害,筋障害には,用量依存性があり,承認用量の範囲内でも慎重に増量する.ましてや80mgという用量は,日 本では許されない.表題にもaggressiveとあるように,このようなスタチンの大量投与によって,初めて脳梗塞のリスクが減少するが,それと引き換 えに脳出血の増加リスクを背負い込まねばならないのだろうか?それとも,脳出血の増加は,たまたま偶然の産物なのだろうか?

気になるのは,低コレステロール血症が脳出血のリスクになるという東アジア地域での疫学研究である (Lancet 1998;352:1801).この研究では,総コレステロールで150-160mg/dlを下回ると,脳出血リスクが高まることが示されているが, SPARCL研究では,atorvastatin群の総コレステロール値の平均が147mg/dlであることを考えると,脳出血の増加を偶然の産物と簡単 には片付けられないだろう.

ちなみにpravastatinを日本人に投与したMEGA Study(Lancet 2006;368:1155)では,承認用量である10-20mgを5年間投与しても,脳梗塞の減少,脳出血の増加のいずれも観察されていない.MEGA Studyでは,pravastatin群の観察期間5年後の総コレステロールの平均値は210mg/dlほどであった.

さて,ここまで読んでいただいた読者諸氏の患者さんへの処方は,これからどうなるだろうか?今飲んでもらっているスタチンの用量はそれでい いのだろうか?スタチンの種類を変える必要があるのだろうか?変えるとしたら用量はどうするだろうか.そういったことを真剣に考えていただければ,コレス テロールたっぷりの食事が溢れる海外出張先で,締め切りに追われながらこのコラムを書いた甲斐があったというものだ.


治験のリスクを問いなおす

Suntharalingam G and others. Cytokine storma in a phase 1 traial of the Anti-CD28 monoclonal antibody TGN1412. N Engl J Med 2006;355

2006年3月13日に英国で起こった第I相試験での重大事故の症例が,実際に治療にあたった医師たちによって報告された.場所はロンドン郊外にあ るノースウィック・パーク病院で,CROであるParexel Internationalが運営する治験専用病棟。治験薬はドイツのTeGenero社が開発したモノクローナル抗CD28抗体TG1412で,ヘル パーT細胞活性化作用がある

投与1時間後の激しい頭痛に引き続いて起こった呼吸困難,ショック,低酸素血症,両側の広範な肺浸潤,急性腎不全,全身の落屑といった多彩な症状は cytokine stormと考えられている.これらの症状は実薬を投与された6人全員に起こったが,うち2人は非常に重症で,生命の危険があったが,それぞれICU11 日,21日の治療も含めて,何とか救命できた.この事故から学ぶべき点は数多いが,臨床面での詳しいことは実際に論文にあたっていただくとして,いつもの ように,私の関心は論文の外にある.注目すべきは,英国メディアの論調である.

森臨太郎氏は,”被害に遭われた方や家族の状況を大きな悲しみとともに伝えているのは事実だが、臨床試験の危険性をいたずらに煽るメディアはなく、 建設的な報道が行われていることを強調しておきたい。 被害者や家族にとって見れば、それこそ「とんでもない」事件であり、感情的な反応が存在するもの事 実である。一方で、被害に遭われた方の治療に全力を挙げている医療機関や、治療・サポート・調査に全力を挙げている(ように少なくとも見える)製造元の製 薬企業や公的機関、治験の安全性確保のために建設的な報道を続けている大半の報道機関が一般国民を巻き込みながら、今後はさらに何らかの将来への良い変化 へとつながっていくことを希望している。”と述べている.(日 経メディカルオンライン 英国医療事情 臨床試験の安全性 2006.3.20

翻ってわが国では,この事故を,他山の,いや,自分の庭の石として考える報道が非常に少なかったことが非常に残念だ.治験のリスクとベネフィットを 考え,治験にまつわるリスクコミュニケーションを行なう絶好の機会だったのに.

臨床試験に関わる人すべてにとって,この事故は対岸の火事として片付けられない悪夢である.しかも,TG1412の場合,第I相試験前の非臨床試験 で,致命的な落ち度があったわけではない.すると,ごく稀にではあるが,動物とヒトの反応性が非常に異なり,日本でも今回のような悲劇が起こる可能性はあ る.その場合,日本の治験に及ぼす悪影響は計り知れない.そうなる前に,英国の教訓を学んでおけば,悲劇が起こる可能性も,悲劇が及ぼす悪影響も大幅に低 減できる.

医療や生命科学関係のジャーナリストならば,この事故の大切さを理解できないはずがない.なのに,報道が少なかったのはジャーナリストだけの問題で はなく,報道を評価する一般市民の方にも問題があることを示唆している.TG1412のような悲劇が起こる前に(前でなければ駄目だ!絶対に!),新薬開 発にまつわるリスクについて、ジャーナリスト、研究者、製薬企業、行政を含め、新薬開発に関わる全ての人々が、一般市民に対して、もっともっと情報開示 し、もっともっと説明責任を果たさなければ,安全なJビーフとの宣伝を垂れ流すばかりで,BSE発生の可能性から目を背けて,結局はパニックの前になす術 もなかった日本の畜産業者と同様の運命を辿るだろう.


老舗の凋落2
J.A. McMahon and others. A Controlled Trial of Homocysteine Lowering and Cognitive Performance.N Engl J Med 2006; 354 : 2764 - 72.

下記では,急性心筋梗塞患者を対象にしたホモシステイン低下療法の二次予防効果を検証したNORVIT研究を取り上げたが,ここでは,健常高齢者を 対象に,ホ モシステイン低下療法の認知機能低下予防効果を検証した試験を紹介する.ホモシステインがコレステロールと異なるのは,その血中濃度上昇が,循環器疾患ば かりでなく,アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患でも,危険因子となる可能性が示されていたことだ.とくにアルツハイマー病では,大規 模なコホート研究により,血漿ホモシステイン濃度の上昇は,確実な独立危険因子とされていた.(N Engl J Med 2002; 346 : 476 - 83

認知機能障害は,一次予防が重要なため,この研究では,健常高齢者276 例を対象に,葉酸(1,000 μg),ビタミン B12(500 μg),およびビタミン B6(10 mg)2年間連日摂取の効果をプラセボ群と比較検討した結果,血漿ホモシステイン濃度は,ビタミン群で, 4.36 μmol/L(95%信頼区間 3.81〜4.91 μmol/L)低かった(P<0.001)が,種々の認知機能の検査得点に,ビタミン群とプラセボ群で有意差はなかった.

ビタミンで惚けが予防できたら,どんなに素晴らしいだろう.誰しもが抱くその期待に反して,意欲的な介入試験は,ビタミンE に引き続き,またもや残念な結果に終わったが,なぜ,これほど我々はビタミンに希望をつなぐのだろうか?食品に含まれていて,実際に我々の体の中 で機能している分子であるがゆえに,”より自 然に近い薬”,”副作用の心配がない”といった幻想を抱いているからかもしれない.しかし,”もともと体の中で機能している”ことが,安全性の裏づ けになる保証はない.ビタミンに対して厳密な濃度調節を要求している生体機構があって,その掟を破れば,何か悪いことが起こるかもしれない.

実際,ビタミンEは大量投与は,心血管系死ばかりでなく、他の死亡も増やす(Ann Intern Med. 2005;142:37-46) ことが知られているし,前回紹介したNORVIT studyでも,不安定狭心症で入院した患者は,ホモシステイン低下療法群のほうが多かった。

かつてビタミンB12にまつわる代謝に興味を持って研究した人間の一人として,ホモシステインの凋落には一抹の寂しさを感じつつも,ここで紹介した ような 意欲的な介入研究が,サプリメントなるものが撒き散らす幻想の低減に役立つのなら,それも科学の進歩として歓迎したいと思う.


老舗の凋落1
The HOPE-2 Investigators. Homocysteine Lowering with Folic Acid and B Vitamins in Vascular Disease. N Engl J Med 2006;354:1567-1577

ホモシステイン尿症に脳梗塞を始めとする動脈硬化性疾患が合併しやすいとわかったのが1960年代だから,コレス テロールよりは10年ほどデビューが遅れ たものの,ホモシステインは数ある生活習慣病のマーカーの中でも,最も老舗の部類に入る.その老舗が今や研究の最前線から去ろうとしている.

以前,この欄のホモシステインの運命で紹介した研究がNEJMに 発表された.このNORVIT studyでは,急性心筋梗塞患者を対象に,ホモシステイン低下療法の二次予防効果を検討する目的で,心筋梗塞(MI)の再発症+脳卒中+冠動脈疾患によ る突然死を一次エンドポイントとして,葉酸+ビタミンB12+ビタミンB6,葉酸+ビタミンB12,ビタミンB6,プラセボの無作為割付け2×2 の要因試験が,ノルウェーの35施設で行なわれた.平均追跡期間36か月で,ビタミンB6単独投与群以外では,プラセボ群に比して有意なホモシステイン値 の低下が見られたものの,一次エンドポイント発生率は,治療群で 519 例(18.8%),プラセボ群で 547 例(19.8%)(相対リスク 0.95,95%信頼区間 0.84〜1.07,P=0.41)と,ホモシステイン値低下による有意な心血管疾患抑制効果は認められなかったどころか,不安定狭心症で入院した患者の 数は,治療群のほうが多かった(相対リスク 1.24,95%信頼区間 1.04〜1.49)。

かつて,ホモシステインはコレステロールと同様,動脈硬化性疾患の有力な指標だった.しかし,コレステロールと異 なり,ホモシステインを低下させる本格的 な大規模介入試験の結果が出てきたのは,デビューから40年たったつい最近のことである.その理由は明らかではないが,もしかしたら,医薬品開発や論文発 表のbiasがあるのかもしれない.究極の後発品であるビタミンの有効性を証明しても,商売にはならないから,製薬会社は手を出さない.かといって研究者 主導で大規模な介入試験をやっても,negative dataが出て業績にならないリスクが懸念される.

negative data”も”大切だとの主張はもちろん正しい.しかし,効いたという知らせと,効きませんでしたという知らせのどちらが聞きたいか?と問われれば,多く の読者,そして査読者にとっても答えは自明だろう.このような根源的な感情の問題と,魅力的な論文を掲載し,より多くの読者を獲得するという雑誌編集者の 宿命が,掲載論文の選択に影響を及ぼさないはずがない.もっと早くに介入試験でのnegative dataが出ていればホモシステインの命運もここまで長引かなかったのかもしれない.

ホモシステインがたどった歴史は,動脈硬化性疾患のマーカー,ひいては代用エンドポイントそのものの解釈の難しさ をよく表している.高感度CRPのような最近売り出し中のマーカーは10年後,20年後にはどのように扱われているのだろうか.


居眠り の得は三文以上?
Vineet Arora and others. The Effects of On-Duty Napping on Intern Sleep Time and Fatigue Ann Intern Med 2006;144:792-798. [Abstract]
Conclusions: Coverage to allow a nap during an extended duty-hourshift can increase sleep and decrease fatigue for residents.
そんなのとっくに知ってるよって?そうでしょうね.居眠りの効果は,研修医でなくても,くだらない会議や大切な症例検討会での意識消失をいつも経験してい る指導医にとっても明らかでしょうから.

羊頭狗肉
Dormandy JA, Charbonnel B, Eckland DJ, et al. Secondary prevention of macrovascular events in patients with type 2 diabetes in the PROactive Study (PROspective pioglitAzone Clinical Trial In macroVascular Events): a randomised controlled trial. Lancet. 2005;366:1279-89. [PubMed ID: 16214598]

2型糖尿病の患者さんに、ピオグリタゾンを長期投与することによって、心血管系のイベントを減らすことができるかを検証した試験である。平均観察期間は約3年で、出た答えはNoなのだが、奇妙なことに、この論文の要約を読んでも、それがわからない。

プライマリエンドポイントに設定した心血管イベントの複合エンドポイントでプラセボと差がなかったばかりか、心不全がピオグリタゾン群でプラセボ群 で有意 に多かった(11% vs 8%)こと、浮腫の発生率も、ピオグリタゾン群でプラセボ群の1.8倍だった。そういった肝心要のことが要約に書いてないんだ。書いてあるのは、もともと 試験計画にはなかったが、なぜかキーオープンの前に設定した"main secondary endpoint"で差が出たとか、”入院が必要な”心不全は、両群で差がなかったとか、どうでもいいことばかり。これが申請資料だったら不利なデータを 隠したとして薬事法違反になりかねない、滅茶苦茶な書き方で、驚いた。

ランセットがよくこんな形で載せたもんですが、やはり、結果がどうあろうと(そしてその結果のプレゼンテーションの仕方がどうあろうと)投入した金額が莫 大なほど、トップジャーナルには載りやすいという経験則がまた裏打ちされたということなのでしょう。

でも、なぜ、事の真相がわかったかって、簡単さ。この論文をこき下ろしているACPジャーナルクラブを読んだから。ACP会員しか読めないこの雑 誌。二次 情報誌としては天下一品ですな。
Pioglitazone did not reduce a composite endpoint of macrovascular complications and increased risk for heart failure in type 2 diabetes with macrovascular disease. ACP Jounral Club 2006;144:34

なお、Cochrane Database Syst Rev.でも、このPROactive studyの結果は、pioglitazone does not reduce risk for mortality or cardiovascular events in patients with type 2 diabetes. としている。
Richter B, Bandeira-Echtler E, Bergerhoff K, Clar C, Ebrahim SH. Pioglitazone for type 2 diabetes mellitus. Cochrane Database Syst Rev. 2006;(4):CD006060. [PubMed ID: 17054272]
Review: Pioglitazone does not reduce risk for mortality or cardiovascular events in type 2 diabetes. ACP Journal Club. 2007 Mar-Apr;146:40.

2007/6/13追記 類薬であるrosiglitazoneでも同様な報告がなされている.(Lancet 2006;368:1096).DREAMと銘打ったこの試験でも,心血管リスクの減少は示されておらず,心不全がプラセボ群よりも多くなっている.PROactiveとDREAMを比べる限りでは,rosiglitazoneもpioglitazoneも五十歩百歩である.


金をかければいいのか?
Brenda E. Sirovich, Daniel J. Gottlieb, H. Gilbert Welch, and Elliott S. Fisher. Regional Variations in Health Care Intensity and Physician Perceptions of Quality of Care. Ann Intern Med 2006;144 641-649

合衆国の中でも、医療にかけるお金や設備の地域差が大きい。では、お金や設備と、医者の満足度は関係するか?という問いに対して答えようとしたの が、この 研究である。答えは、”全然関係なし”。様々な設問がされているが、その中でも、画像診断や専門家へのコンサルテーションといった、いかにも金や設備の豊 かな地域で満足度が高いと思われるような指標で、かえって、貧しい地域の方が満足度が高いという結果も出ている。
検査の混雑度、専門医の忙しさといった交絡因子が影響していることは十分に考えられるが、それにしても皮肉な結果である。

こういう研究が出てくると、我が国の医療費抑制の動きもますます先鋭化するのだろうか?この論文や、下記のEditorialを材料にしておおいに 議論を 闘わせるぐらいなら、まだいいのだが、どうも現実は、もっと低俗なレベルの議論しか行われていないように見える。
Robert A. Berenson. Does More Health Care Spending Produce Better Health and Happier Doctors? Ann Intern Med 2006;144 694-696


質の低い 医療を受けるのは誰?

S.M. Asch and others. Who Is at Greatest Risk for Receiving Poor-Quality Health Care? N Engl J Med 2006; 354 : 1147 - 56.

刺激的な題名である。しかし、その結果は刺激的ではなかった。この研究では、米国の12 地域の住民から無作為標本を抽出し,その医療記録と電話調査によるデータを用いて,過去 2 年間に医療機関を 1 回以上訪れた人が受けた医療の質を評価した.

その結果、全体で,被験者は推奨される医療の 54.9%を受けていた.各サブグループ間の差は有意ではあるが大きくなかった。たとえば、女性のほうが男性よりも高く(56.6% 対 52.3%,P<0.001),31 歳未満の被験者では 64 歳を超える被験者よりも高かった(57.5 % 対 52.1%,P<0.001).黒人(57.6%)やヒスパニック系(57.5%)では,白人(54.1%)よりもわずかにスコアが高かった.人種と性別 の面では、一般に社会的弱者と考えられる集団の方が、有利な結果となっている点は面白い。 年間世帯収入が 50,000 ドルを超える被験者では,15,000 ドル未満の被験者よりもスコアが高かった(56.6% 対 53.1%,P<0.001).

この研究で見る限りでは、年齢、性別、人種、収入といった社会人口学的サブグループ間の格差は意外にに小さく、この差を縮めることだけに焦点を当てた質改善プログラムは効率が悪いと著者らは結論している.

社会的弱者の生命予後が悪いことを示した研究は山ほどあることを考えると、今回のような医療のプロセス評価と、生命予後の研究に代表されるアウトカム評価の結論は、解離するのがむしろが当然なのだろう。例えば、いくら糖尿病の厳しいコントロールを行なったところで、患者自身のコンプライアンスが悪ければ、腎不全や失明、壊疽などの重篤な合併症を避け、命を長らえることはできない例がそれだ。医療のプロセス評価とアウトカムの解離は、医者ができることの限界をよく表している。

プロセス評価の面では一般的に良質と考えられる最新の検査・治療は、やたらと値段ばかり張る。だから最新の検査・治療をどんどん行なえば、患者の財布はどんどん軽くなる。財布が軽くなると患者の運命がどうなるかは、改めて説明するまでもあるまい。

それでも、最新の医療が根強い人気を誇るのはなぜだろうか?最新の医療は科学ではなく信仰であり、その費用はお布施だから。そんな単純な解釈以外には、なかなかいい説明が思いつかない罰たり者のコラムを読んでくださるみなさんには本当に感謝している.、


アスピリンとクロピドグレル の併用:脳と心の分離
アスピリンとクロピドグレルの併用については,対象集団(心臓 or 脳)によって異なる結果が出ています.この種の薬(血小板凝集抑制薬,抗凝固薬)の用量設定,リスク・ベネフィットの判断が,(同じ白人の中でも)ちょっとしたことで,すぐ変わってしまうのですね.ましてや,違う人種となると,もっと変わってくる可能性があるでしょう.

下記をご覧ください.循環器医は冠動脈疾患の論文に注目し,神経内科医は虚血性脳卒中の論文ばかり読んでいると,一人の患者さんで,併用の考え方が反対に なってしまううことがわかります.共通の危険因子によって起こる病気ですから,話がやっかいです.同じ組織の中では,循環器と神経の間の認識のずれ,違う組織の間でも,患者さんを紹介したりされたりの際には,特に注意したいですね.

心臓の二次予防では併用が有用:アスピリンとクロピドグレルの併用について,はじめに出たのがはCURE試験(Lancet 2001; 358: 527-533)で,冠動脈疾患の二次予防を対象としたものです.2658人の non-ST-elevation acute coronary syndrome にPCI を受けた患者を,併用群とアスピリン単独群に分け,プライマリを心血管死+心筋梗塞+30日以内のPCI再施行の複合エンドポイント,観察期間は8ヶ月とした.結果は,併用群 59 (4.5%) vs アスピリン単独群 86 (6.4%),(relative risk 0.70 [95% CI 0.50-0.97], p=0.03). major bleeding は有意差なし.

脳の二次予防では併用は有効でないばかりかリスクが増す:次に出たのが,MATCH trial(Lancet 2004;364:331-7)で,こちらは脳梗塞の二次予防です.アスピリン単独と併用投与の比較ではなく,クロピドグレル単独と併用投与の比較であることに注意してください.虚血性脳卒中または一過性脳虚血発作後の患者 7599例における無作為二重盲検試験です.その結果,clopidogrelにaspirinを加えても,血管イベントは低減しませんでした. aspirinの追加で,かえって生命を脅かす出血または大出血のリスクの増加がみられました。
・Aspirin/clopidogrel投与群のうち596人(15.7%)が主要エンドポイントに到達した。Clopidogrel単独投与群では 636人(16.7%)であった〔相対リスク減少率6.4%, 95%CI[-4.6?16.3]:絶対リスク減少率1% [-0.6?2.7]〕。
・生命を脅かす出血は,aspirin/clopidogrel投与群96人(2.6%)においてclopidogrel単独投与群49人(1.3%)よりも高率に発現した〔絶対リスクは1.3%,95%CI[0.6?1.9]増加〕。
・その他の重大な出血もまた,aspirin/clopidogrel投与群において増加した
著者らは,「リスクとベネフィットを考慮すると,一過性脳虚血発作や虚血性脳血管障害を有するハイリスク患者に対してclopidogrelと aspirinを併用することに,さらなる臨床的な価値を見出すことはできない」と結論しています。

一次予防では,併用効果なし:一方,先日の米国心臓病学会(ACC)で,併用の1次予防効果を検証した,CHARISMA(the Clopidogrel for High Atherothrombotic Risk and Ischemic Stabilization, Management, and Avoidance)試験結果が明らかになりました。(N Engl J Med 2006 ; 354 : 1706 - 17)

心+脳のイベントを複合エンドポイント(心臓発作、脳卒中、心血管死)とした一次予防では,併用はアスピリン単剤投与時と変わらず,あるいはリスクだけが少し増すかもしれないという結論.まもなく,論文発表があるのでしょう.下記は日経MedWaveの記事の抜粋です.

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CHARISMA試験は32カ国の計1万5603人(平均年齢64.9歳)を登録して行われた大規模スタディ。アテローム血栓症の既往者に加え、既往はないものの同症の発症危険因子を複数持っている患者(マルチプルリスク保持者)も対象としている点が大きな特徴だ。これらの患者を、低用量アスピリン (72〜165mg/日)とクロピドグレル(75mg/日)の併用群(クロピドグレル群)、低用量アスピリンとプラセボ併用群(プラセボ群)に無作為に割り付け、主要エンドポイント(心臓発作、脳卒中、心血管死)の発生率について比較した(追跡期間中央値:28カ月)。

その結果、主要エンドポイントの発生率はプラセボ群7.3%、クロピドグレル群6.8%と、有意差はなかった(p=0.22)。ただし、既往者(1万 2153人)に限って解析すると、プラセボ群で7.9%だったのに対しクロピドグレル群では6.9%と有意に低かった(p=0.046)。一方、マルチプルリスク保持者(3284人)では有意差がみられなかっただけでなく、重篤な出血や死亡を引き起こす可能性も示唆された。

現在、心血管疾患のハイリスク者に対しては低用量アスピリンの投与が推奨されているが、その1次予防効果は十分とは言えない。CHARISMA試験ではク ロピドグレルの追加によってさらなる予防効果を狙っていたが、今回の結果から「イベント既往のない患者に対する抗血小板薬の併用療法は勧められない」と Bhatt氏は結論付けた。
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ちなみに,アスピリンは,欧米でも,もはや325mgではなくて,72〜165mg/日なんですね.こういう変な用量幅になっているのは,やはりそ れぞれ の国々で出来合いの製剤を伝統的に使っているからでしょうか.


命と金のトレードオフ

発展途上国 5 ヵ国における子宮頸癌検査の費用対効果
S. Goldie and others. Cost-Effectiveness of Cervical-Cancer Screening in Five Developing Countries. N Engl J Med 2005; 353 : 2158 - 68

金で命を買わなければならない切実な状況は,発展途上国では日常茶飯事だが,ゼロリスク探求症候群(*)が蔓延する文明国でも,小さな政府・規制緩和と米国礼賛のかけ声のもと,命と金のトレードオフは,すでにあちこちで起こっている.

したがって,ここに示す研究が、決して発展途上国のためだけにあるのではないことは、国民皆保険崩壊時代に対峙する立場云々にかかわらず、誰の目にも明らかだろう。

子宮頸癌検査のうち,従来の細胞診を利用し,複数回の受診を要する方法は,発展途上国では実行不可能であることから,この論文の著者らは,コンピュータモデルを用いて,インド,ケニア,ペルー,南アフリカ,タイにおいて,子宮頸癌のさまざまなスクリーニング法の費用対効果を評価した.転帰は,癌の生涯リスク,延命年数,生涯費用,費用対効果比(延命 1 年当りの費用)などとした.

この研究で示された最も費用対効果の高い方法は,生涯に一度,35 歳時に,酢酸を使った頸部視診または頸部細胞標本のヒトパピローマウィルス(HPV)DNA検査によるスクリーニング法を1?2 回の受診で行なうことだという.これで子宮頸癌の生涯リスクが約25-36%低下するという.スクリーニング検査を 2 回(35 歳時と 40 歳時)行うと,癌の相対リスクはさらに 40%低下し,延命 1 年当りの費用は各国の 1 人当りの国内総生産を下回った.これはマクロ経済と保健委員会(Commission on Macroeconomics and Health)によると,「費用対効果が非常に高い結果」であったという.

これらの国々にたばこを輸出し,さらに,”発展途上国でも生活習慣病が増えているから”といって,降圧剤やら高脂血症治療薬,はたまた癌の検診キットまで売り込もうとする商売をやっているのは,一生に一回どころか,年に一回,”体中の癌検診”を受けられる人々が住む国々である.

*池田正行 食のリスクを問いなおす(ちくま新書)


ドジョウどころかザリガ ニが:CLARICOR試験における心血管系死亡率の上昇

CLARICOR Trial Group. Randomised placebo controlled multicentre trial to assess short term clarithromycin for
patients with stable coronary heart disease: CLARICOR trial.BMJ. 2006 ;332:22-7

今回はNEJMではなく,BMJの論文を紹介する.

私が小学生時代,格闘技をあつかった漫画の中で,”三年殺し”という技がしばしば出てきた.その技を受けたときは何ともなくても,3年たつと死ぬという,何とも悠長な有効性をもった技だったのだが,私を含めて純真無垢な少年達は,技をかけた後の観察期間はどうするのかといった,下世話な疑問は一切持たず,現代の純真無垢な大人達がプリオン病に対して抱いているであろうような不安感を感じたものだった.

クラミジア肺炎菌感染による冠動脈の炎症が急性冠症候群の原因と考え,マクロライド系抗生物質の抗菌作用,抗炎症作用により,冠動脈疾患を予防しようとする試験は今までいくつも行われてきたが,ことごとく失敗している.今回のCLARICOR試験はその一つに過ぎないと思いきや,とんでもない副産物をもたらしてくれた.副次評価項目ではあるが,なんと,クラリスロマイシン群で心血管イベントが増大していたというのだ.

安定冠動脈疾患(CHD)の致死率と罹患率へのclarithromycin の影響を検証することを目的として同患者4373人(18-85歳)を無作為に,clarithromycin 500mg/日(2172人)あるいは,プラセボ(2201人)を2週間投与した後,全死亡,心筋梗塞,または不安定狭心症発生を合わせた複合エンドポイントを主要評価項目として,3年間追跡した.その結果,主要評価項目では,clarithromycin群とプラセボ群間で(辛うじて)有意差はなかった〔15.8% 対13.8%;ハザード比1.15,95%CI[0.99?1.34];p= 0.08〕が,心血管イベント(心血管死,心筋梗塞,不安定狭心症,脳血管性発作または末梢血管疾患)の発生率は,clarithromycin群がプラセボ群より有意に高かった〔16.2% 対 13.7%;ハザード比1.20,95%CI[1.02-1.39];p = 0.03〕.心血管死亡だけ取り出しても,その差ははっきりしている〔5.1% 対 3.5%;ハザード比1.45,95%CI[1.09-1.92];p = 0.01〕

私はこの論文の心血管死亡率のカプランマイヤー曲線を見た時,我が目を疑った.1年までは二群の間に差は無い.しかし,1年を過ぎる頃から曲線の差が急激に開き始め,2年たたないうちに決定的な差になっている.なんてこった.ロフェコシキブ長期投与によるの心血管死の増加(NEngl J Med. 2005 352:1092-102.)とそっくりじゃないか.いや、事態はロフェコキシブより深刻である。なぜなら、ロフェコキシブの場合には飲み続けた結果だが、クラリスロマイシンの場合には、常用量をたったの2週間飲んだだけで、その後1年経って、心血管死が増加するというのだから。

しかも,今回の介入は,たった2週間クラリスロマイシンを500mg(日本の推奨用量が400mgだから,決して無茶な量じゃない)飲んでいただけなんだ.ロフェコシキブ2年間飲みつづけたのは訳が違う.ロフェコシキブ以上にスキャンダラスな話ではないのか?一体これはどういうこっちゃ.

不気味な試験結果なのだが,なぜこんなことになるのか,わからないから,みんな騒げないというのが正直なところなのだろうか?今回の結果がたまたま運が悪かったと思いたい向きもあるだろう.たしかに,マクロライド系の類薬投与でも,対照群と差がなかった研究もある.しかし,著者らは,観察期間を問題視している.今回の検討でも,観察期間が1年では差が見られず,2年以上に延長してようやく差が見られた.さらに,2年以上の追跡試験(PROVE-IT,ACES,およびCLARICOR)を合わせると,抗生物質は致死率の有意な上昇に関連していた〔1.20,95% CI[1.04-1.39]〕.

ノーベル賞受賞のピロリ菌除菌に続けとばかり,クラミジア退治で冠動脈疾患征服という夢に多くの人が群がったが,二匹目のドジョウが見つけられなかったどころか,ザリガニに指を挟まれたとも言うべき結果となったわけだが,さて,このとんでもない結果を,我々はどう料理したらいいのだろうか.


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