Q: “Point of rarity”とは、どういう意味でしょうか? (←質問者、自分)
A: 精神疾患の分類について議論する際よく使われる言葉で、しばしば” Point of rarity”と引用符つきで用いられる。
直訳すれば“希少点”だが、どの英語の辞書にも載っていない。
これは、Sneathが、細菌の分類について議論する際に初めて用いた用語らしい。
生物を分類しようとすると、中間型が常に存在することが分類を困難にする。しかし、生物が持つ、特徴の組み合わせの分布を見ると、ある特徴の組み合わせは非常に希であるというような点、すなわちPoint of rarity(希少点)がある(例えば、カモノハシは、哺乳類、鳥類、は虫類の間のPoint of rarity[希少点]に近い)。世界をそのままで研究しようとすれば、境界線をPoint of rarity(希少点)に設定するのが良いであろう。もし、Point
of rarity(希少点)が存在しなければ、分類することは意味がない。すなわち、分けられない。恣意的に分類することはできるが、これは真の亜種間の関係をあいまいにしてしまい、望ましくない、という。
…精神科診断学を考える上での鍵概念になりそうな言葉である。
Sneath PH. Some thoughts on bacterial classification. J Gen Microbiol 1957; 17:
184-200
【例文】
“While there is no “point of
rarity” between the two presentations(注:単極性うつ病と双極性うつ病のこと), there is, rather, a differential likelihood of experiencing the
above symptoms and signs of depression.” (Mitchell et
al: Bipolar Disord. 10:144-52, 2008)
“Rare Copy Number Variants: A Point of Rarity in Genetic Risk for Bipolar Disorder and Schizophrenia” (Grozeva D, et al: Arch Gen Psychiatry. 67: 318-27, 2010)
Q: オランザピンは、食欲亢進、体重増加の副作用が見られ、糖尿病の誘発を起こす場合があるそうですが、体重増加や糖尿病の誘発は食欲亢進によるものなのでしょうか??
A: オランザピン服用中の食欲亢進と体重増加は必ずしも相関しなかったと報告されています1)。オランザピンの食欲亢進作用は、セロトニン2C受容体への作用を介すると考えられますが、体重増加作用はヒスタミンH1受容体を介していると推定されており2)、メカニズムは異なる可能性が考えられます。
また、オランザピン投与後の糖負荷試験で、投与2週後に一時的にインシュリン分泌が低下することから、オランザピンが膵臓のβ細胞に直接作用して、インシュリンの分泌を低下させる可能性が指摘されています3)。なお、最近、オランザピンにより膵臓β細胞がアポトーシスを起こすとのショッキングな論文が出版されましたが、この論文で用いられている濃度(100μM)は有効血中濃度の数百倍であり、臨床に用いられている血中濃度で、膵臓β細胞の細胞死を引き起こすとの証拠はありません4)。
いずれにせよ、オランザピンによる食欲亢進、体重増加、糖尿病誘発などの副作用は、複数のメカニズムを介している可能性が考えられます。
1) Case M, Treuer T, Karagianis J, Hoffmann VP. The
potential role of appetite in predicting weight changes during treatment with
olanzapine. BMC Psychiatry. 2010 Sep 14; 10: 72.
2) He M, Deng C, Huang XF. The role of hypothalamic H1
receptor antagonism in antipsychotic-induced weight gain. CNS Drugs. 2013
Jun;27(6):423-34.
3) Chiu CC, Chen CH, Chen BY, Yu SH, Lu ML. The
time-dependent change of insulin secretion in schizophrenic patients treated
with olanzapine. Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 2010 Aug
16;34(6):866-70.
4) Ozasa R, Okada T, Nadanaka S, Nagamine T, Zyryanova
A, Harding H, Ron D, Mori K. The antipsychotic olanzapine induces apoptosis in
insulin-secreting pancreatic β cells by blocking
PERK-mediated translational attenuation. Cell Struct Funct. 2013;38(2):183-95.
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Q: これまで、DSMは、DSM-V、DSM-W、DSM-W-TRなどと書かれてきましたが、APAのサイトでは、<DSM-5>とありました。
何か理由があるのでしょうか? それとも、どちらでも構わないのでしょうか?
A: そうですね。
今回から、算用数字で「DSM-5」とすることになったようですので、記載は、DSM-5に統一した方が良いようです。
詳しい経緯は、
http://www.dsm5.org/Documents/DSM-Name-Change.pdf
に書かれていますが、DSM-6までの間に、DSM-5.1とかDSM-5.2などと、随時、中間的な更新をすることができるように、ということのようです。
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「抗うつ薬は本当に効くのか」アービング・カーシュ著(エクスナレッジ出版)という本に、『フランスで開発・市場に出ている、スタブロンという抗うつ薬は、選択的セロトニン再取り込み促進剤(SSRE)で、モノアミン不均衡説が正しいならうつ病を改善するどころか誘発するはずだが、臨床試験データではSSRIや三環系抗うつ薬と同等の効果を示している。ゆえに、モノアミン不均衡説は疑わしい』(p134)と書かれているのですが、この主張に対してのお考えを教えてください。
スタブロンは商品名で、薬品名、tianeptineのことですね。
この薬は、ストレスで樹状突起が萎縮することを初めて報告したMcEwen教授のグループがずっと調べている薬で、この薬が樹状突起を延ばす作用がある、ということも、うつ病の神経可塑性説の一つの根拠になっています。tianeptineがserotonin取り込み促進作用を介して効いているという証拠はないと思います。セロトニン取り込み促進以外のメカニズムで神経可塑性への作用を持つ可能性もあります。学会では、同社は、神経可塑性への作用を全面に押し出して宣伝していました。カーシュ氏の書き方は少々扇情的過ぎるとは思いますが、この薬の存在が、モノアミン仮説よりも神経可塑性説を支持する根拠の一つになっているとは言えると思います。
軽度・中度のうつ病に効果があるといわれるプラセボ効果は、生物学的にはどのように理解すればよいのでしょうか。プラセボでもBDNFは増加するということでしょうか?
最近、プラセボ効果の神経生物学的な研究も行われています。
パーキンソン病にもプラセボが奏効することから、良い結果を予測することにより、ドーパミンのリリースが生じ、これがパーキンソン病に奏効するのではと考えられてるようです(de la Fuente-Fernández R, Lidstone S, Stoessl AJ. Placebo effect and dopamine release. J Neural Transm Suppl. 2006;(70):415-8).
同様に、うつ病に対するプラセボ効果も、ドーパミンのリリースが関係している可能性が考えられます。
1/2の確率でカフェインが入っている可能性がある、としてプラセボを投与された場合に、ドーパミンのリリースが促進された、というPETの報告があります(Kaasinen V, Aalto S, Någren K, Rinne JO. Expectation of caffeine induces dopaminergic responses in humans. Eur J Neurosci. 2004 Apr;19(8):2352-6)。
なお、三環系抗うつ薬がドーパミンを増やすこと、脳脊髄液中のドーパミン代謝産物の低下は、serotonin代謝産物の低下よりも一致した結果を示していること、中脳腹側被蓋のドーパミン神経の変性でうつ病を伴う場合があることなどから、私はうつ病のserotonin説より、ドーパミン説の方がよりエビデンスが多いと考えております。
BDNF増加が効くタイプのうつ病の人と、ドーパミン増加が有効なタイプのうつ病の人では、神経生物学的に違いがある可能性もあります。非定型うつ病は、もともと、三環系抗うつ薬が無効で、モノアミン酸化酵素阻害薬が有効なうつ病の人の特徴として抽出されたものですので、ひょっとしたら、非定型うつ病の人は、プラセボ効果によるドーパミン増加にも反応しやすい、といった、亜型による違いも存在する可能性は考えられます。
うつ病の原因は「デフォルトモードネットワーク(DMN)」だと言う説があるようですが、これはどういったものなのでしょうか?
DMNは、統合失調症に関係あるとかアルツハイマー病と関連するとか言われているのは知っていましたが、うつ病も?と思いましたが、確かにそういう論文も出ています(Sheline YI, Barch DM, Price JL, Rundle MM, Vaishnavi SN, Snyder AZ, Mintun MA, Wang S, Coalson RS, Raichle ME. The default mode network and self-referential processes in depression. Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 Feb 10;106(6):1942-7)。
fMRIで、課題により血流が増えるということは理解しやすいのですが、逆に減る部分もよく報告されており、その説明として、普段、課題をしていない時に活動している脳部位、として、デフォルトモードネットワーク(DMN)の概念が成立しました。
DMNは、その経緯から見ても、内省に関係していると考えられ、うつ病ではDMNに含まれる部位(具体的には腹内側前頭前野、前部帯状回など)の体積減少、脳血流の増加などが報告されていることから、うつ病はDMNの異常だ、という話になっているわけです。
DMNは、脳画像研究の大御所のRaichle博士が主張していることもあり、流行となっています。とはいえ、私には、安静時に脳が活動していることは、特に驚くべきこととは思えません。
「うつ病の脳科学」で、症状が変化していく人もいることを指摘されていらっしゃいましたが、症状の変化は、生物学的にはどう理解できるのでしょうか。
診断の難しかった症例のことですね。
非定型うつ病、とか、メランコリーうつ病、とか、概念的にはなるほどと思えますが、一人の人が苦しみながら人生を送っている訳ですから、そこにはさまざまな症状や訴えが去来します。考え、行動している人が病気になる訳ですから、脳の病態がそのままその人の行動に反映される訳ではありません。訴えや症状のみで、脳の病態を完全に診断することは不可能、ということが言いたかったのですが。
非定型うつ病は、多少良いことがあると気分が良くなったりするとのことですが、この特徴は、大うつ病の中核症状である、「2週間以上ずっと抑うつまたは興味の消失」と矛盾はしないのでしょうか?
私もそのような印象は持っておりますが、抑うつ気分と興味喪失は、どちらかがあればよいので、抑うつ気分がずっと続かなくても、大うつ病の診断をみたすことはできます。
うつ病の「病変」が明らかになれば、「うつ病ではない」ことを診断できるようになるのでしょうか。
「気分の落ち込み」とうつ病は、連続性のあるものだと思うのですが、BDNFの数値がこれ以上だとうつ病というような診断になるのでしょうか。
研究を進めてみないとわかりませんが、私は、いずれ、あなたはうつ病でなくて心の悩みですね、と診断できるようになると思います。
ただ、血清のBDNFでうつ病かどうかを定義するということにはならないと思います。血糖の場合は病気の本質なので血液検査で診断できますが、うつ病の場合は、病気を定義するとしたら、やはり脳でしょう。
認知行動療法がうつ病に有効だとすると、認知行動療法もBDNFと関連するのでしょうか。
BDNFは、神経可塑性に重要な分子で、記憶、学習、適応など、あらゆることに関係しています。認知療法も一種の学習ですから、BDNFは関係しているでしょう。しかし、「認知療法がBDNFを介して効く」と言っても、たとえば「BDNFのおかげで勉強できた」と言っているのと同じようなもので、あまり意味がないと思います。
とはいえ、千葉大学の伊豫教授のグループが、パニック障害ですが、「BDNFの低い人は認知行動療法が効かない」という論文を出されています(Kobayashi K, Shimizu E, Hashimoto K, Mitsumori M, Koike K, Okamura N, Koizumi H, Ohgake S, Matsuzawa D, Zhang L, Nakazato M, Iyo M. Serum brain-derived neurotrophic factor (BDNF) levels in patients with panic disorder: as a biological predictor of response to group cognitive behavioral therapy Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 2005 Jun;29(5):658-63)。
不安障害や境界性パーソナリティー障害にも抗うつ薬は基本的に効果があると考えてよいのでしょうか?
それはどうしてなのでしょうか?
不安障害には有効です。パーソナリティー障害に効くとしたら、不安症状や抑鬱症状の改善など、対症療法的な効果と思われます。
不安障害に対する作用も、同じように、serotoninなのか神経可塑性なのか、という議論があります。
抗うつ薬はBDNF増加を介して神経新生を増加させますが、これは抗うつ効果にはどうやらあまり関係ないようで、いくつかのデータを総合すると、抗うつ薬による神経新生の増加は、抗不安作用に関係あるのではないか、と私は考えています。
躁うつ病の細胞内Ca反応亢進は低Ca血症の精神症状と矛盾しませんか?