新しい文献・本 

双極性障害に関する論文

The BALANCE investigators and collaborators:

Lithium plus valproate combination therapy versus monotherapy for relapse prevention in bipolar I disorder (BALANCE): a randomised open-label trial. Lancet, Dec 23, 2009  NEW 2010115

 

 双極T型障害において、リチウム、バルプロ酸、およびリチウム+バルプロ酸の併用療法の3群で予防効果を比較した、英・仏・米・伊の4カ国の共同研究による臨床試験の結果です。

対象は16歳以上の双極T型障害患者330名で、48週間のリチウム+バルプロ酸併用療法の後に、リチウム単剤(0.41.0mM110名)、バルプロ酸単剤(7501250 mg110名)、およびリチウム+バルプロ酸の併用療法(110名)の3群に無作為化され、2年間の治療を受けました。治療者および患者は治療内容を知っており、治療内容を知らされていない治験管理チームが、盲検的にアウトカム(治療効果)を評価しました。主なアウトカムは、介入を要する新たな気分エピソードの出現でした。Cox回帰分析を用い、Intention-to-treat 分析(どの薬物で治療しようとしたかにより分析する)により解析しました。

その結果、各群110名中、併用療法群では59 (54%)、リチウム群は65 (59%)、そしてバルプロ酸群は76 (69%)で、治療が必要な再発が見られました。

再発リスクは、バルプロ酸群に比して、リチウム群(ハザード比0.71, p=0.0472)および併用群(ハザード比0.59, p=0·0023)で、有意に低くなっていました。

併用群ではリチウム群よりやや再発は少なかったものの、統計学的に意味ある差は見られませんでした(併用群対リチウム群のハザード比0.82, p=0.27)。

無作為化の後、深刻な有害事象が16名に見られ、7名はバルプロ酸単剤(3名の死亡を含む。原因は脳卒中、腹膜炎、癌)、5名がリチウム単剤(2名の死亡を含む。呼吸不全、気管支肺炎)、および4名が併用療法(死亡1名を含む。呼吸不全)でした(死因は服薬との関係はなさそうです)。自殺者は1人もいませんでした。

これらの結果は、双極T型障害の予防療法において、リチウムとバルプロ酸の併用、あるいはリチウム単剤の方が、バルプロ酸単剤よりも再発予防に有効なことを示しています。ベースラインの重症度と予防効果の関係は見られませんでした。

 併用療法がリチウム単剤より良いと確認はできませんでしたが、反証もされませんでした。

 

コメント

 バルプロ酸の双極T型障害の躁状態に対する有効性は多くの臨床試験により確立しているものの、維持療法における効果を検証した本格的な臨床試験は1本しか報告されていません(Bowden et al, Arch Gen Psychiatry 2000)。そして、その結果は、リチウムもバルプロ酸も効果がない、という結果でした。多くの臨床試験で、再発予防効果が示されているリチウムの効果が見られなかったわけです。すなわち、この臨床試験は、陽性対照(効果が見られるはず)であるリチウムの有効性が見られなかったので、失敗した臨床試験、ということになり、バルプロ酸についても、予防療法に有効とも無効とも結論できなかった訳です。

 その後、この同じ臨床試験のデータを再解析して、やはり解析の仕方によっては有効だ、という論文がいくつか出されました。急性期にバルプロ酸が有効だった人に限ると有効だとか、うつ病相に対しては予防効果があるといった内容です。

 しかしながら、こうした臨床試験では、基本的に、試験前に、どのような統計解析をするかを宣言しておかなければならないため、こうした後付けの解析(post hoc解析)は、信頼性が劣るとされていますので、これらの結果をもってバルプロ酸に予防効果があるとも言い切れない状況でした。

 さて、このような状況の中で、本試験が行われました。この試験は、二重盲検法を用いないことにより、臨床試験をやりやすくし、その結果、充分な症例数を集積することに成功しました。

 その結果、バルプロ酸は、リチウム単剤に比べ、再発予防効果が低い、という結果でした。リチウム単剤とリチウム+バルプロ酸併用療法に差がなかったことと合わせて、バルプロ酸の再発予防療法における有効性は示されませんでした。

 プラセボ群がないので、バルプロ酸に予防効果がないとまでは言えませんが、リチウムの方がより予防効果があることが明らかとなりました。

 以前からリチウムが予防薬としては第一選択であると考えておりましたが、やはり今回の結果も、予防療法の第一選択としてはリチウムを選択すべきであることを示していると言えます。

 

Conflict-of-interestについて

 本論文の最後の文では、「この研究の結果は、これらの患者(リチウム単剤で頻回に再発する患者)では、併用療法に変更すると良いのではないか」と締めくくっています。最終段落の冒頭では、「第一に、バルプロ酸単剤療法は治療ガイドラインに最も推奨される長期療法として推薦されている」と書かれ、APA(アメリカ精神医学会)のガイドラインが引用されています。しかしながら、このガイドラインに、製薬会社の利害がからんでいるのではないかとの指摘もあります(Cosgrove et al, 2009)。

このように、バルプロ酸を販売しているSanofi-Aventis.社(およびスタンレー医学研究所)の経済的支援により行われた研究であるだけに、多少のバルプロ酸に対する身びいきの記述があります。第8回国際双極性障害会議参加記のところにも記載しましたが、学会発表でもGeddesは、「併用療法が最も良いことがわかった」と強調し、フロアから「素直に結果を見ればリチウムが良いということではないか」とつっこまれていました。

しかしながら、本論文は、全体としては、リチウムの方が有効であったことを潔く認める論文になっていると思います。

 

参考文献

Bowden CL, Calabrese JR, McElroy SL, Gyulai L, Wassef A, Petty F, Pope HG Jr, Chou JC, Keck PE Jr, Rhodes LJ, Swann AC, Hirschfeld RM, Wozniak PJ.

A randomized, placebo-controlled 12-month trial of divalproex and lithium in treatment of outpatients with bipolar I disorder. Divalproex Maintenance Study Group.

Arch Gen Psychiatry. 2000 May;57(5):481-9.

 

Cosgrove L, Bursztajn HJ, Krimsky S, Anaya M, Walker J.

Conflicts of interest and disclosure in the American Psychiatric Association's Clinical Practice Guidelines.

Psychother Psychosom. 2009;78(4):228-32. Epub 2009 Apr 28.

 

 

A decade for psychiatric disorders. Nature. 2010 Jan 7;463(7277):9.   NEW 2010115

 

Nature誌の2010年の第一号の巻頭に寄せられたEditorialです。

がんと並んで多大な社会負担の原因となっている疾患であるにも関わらず、研究費は2桁少なく、取り残されてきたが、今後は集中して、積極的に精神疾患の研究を進めねばならない。脳へのアクセスが困難なことや、遺伝、環境など複雑な要因が絡みあって発症する難しさはある。しかし、今こそ、最先端の科学を基盤にして、精神科医療を変革する時だ…。

拙著「うつ病の脳科学(幻冬舎新書)」で言いたかったことが凝縮された内容が、Natureの巻頭言で掲載されていて、感激しました。

2010年が、国内外で、精神疾患解明元年となることを祈りたいと思います。

 

Geller B et al, Child bipolar I disorder. Arch Gen Psychiatry 65: 1125-1133, 2008  NEW 2008119

 

 このHP小児・思春期双極性障害(PEA-BP)とは何か?)にも掲載しましたように、小児双極性障害については、さまざまな議論があります。

 論点を簡単に整理すると、

1)         「小児双極性障害」は成人の双極性障害に移行するのか?

2)         ADHDに対する過剰な中枢刺激薬投与が影響している可能性はないか?

3)         1)に関する十分な証拠が集まる前に、大人の薬物療法をそのまま適応するために小児双極性障害と命名してしまったのではないか?

 といった点です。

A.   成人の双極性障害患者の初発症状を明らかにする、後ろ向きのアプローチ

B.   成人の双極性障害の初発と思われる症状を持つ子供達の長期フォローアップ研究

 の2つが同じ方向の結果を示した時、初めてこの概念の正当性が検証できるはずです。

 本論文は、小児双極性障害研究を牽引してきた2人のうちの1人であるGeller博士による、小児双極性障害に関する長期フォローアップ研究であり、上に述べた論点1)、研究の方向性Bに応える研究と言ってよく、この論争において重要な役割を果たすと思われます。

 

本研究では、716歳の小児双極性障害と診断された子ども達を8年間フォローアップし、8年後の症状を評価しました。8年後、18歳以上となっていた54名に限ると、そのうち44.4%が躁病エピソードを、35.2%が物質使用障害を持っていた、というのが主な結果です。その他、母親の暖かさが少ないと躁状態の再発が多い、という心理的側面に関する結果も報告されています。

ということで、小児双極性障害の多くが成人の双極性障害につながるであろう、という結果です。

この結果から、成人型の双極性障害が7-16歳に発症する場合もあることが示されたと言っても良いと思います。ただし、18歳を超えた時点の評価にも、WASH-U-KSADSという、ultradian cyclerなどの小児双極性障害に特徴的な症状を含めた尺度を用いているため、8年後の評価が成人型の双極性障害を評価した訳ではないことは注意が必要でしょう。

また、この論文で現在の米国における小児双極性障害の臨床が全てOKといえる訳ではありません。

この研究では、症例の選択基準を、7歳以上の双極I型障害に限定し、中核症状である気分高揚または誇大性を持つケースに限っています。最近出版された「児童青年期の双極性障害 臨床ハンドブック」(十一元三監訳、岡田俊訳 ロバート コワッチ、ロバート ポスト、ロバート フィンドリング著、東京書籍、2008年)にもありましたが、小児双極性障害とされる症例の大半は、「特定不能の双極性障害」という診断を受けているのです。そして、爽快気分でなく、易怒性、攻撃性が前景に出るケースが多いと言われます。

この分野におけるもう一人の権威であるBiedemann博士も、インタビューで、「厳密に言えば、今でも小児の双極性障害はまれなケースです」としながらも、ただし診断基準を広くとれば、多くの子どもが該当する、と述べています。本研究は、小児双極性障害と診断される子どもの中で、厳密な診断にも該当するような一部の子どものみを対象としていることには注意が必要でしょう。

 本研究では、エントリー時点でのADHDの併発症は88.7%と報告されています。精神刺激薬の治療歴がそのうち何名にあるかは明記されていません。除外基準に、「精神刺激薬服用中のみ躁状態を示したケースは除外した」とありますので、精神刺激薬服用歴があり、中止後も双極性障害の症状が続いた子どもは除外されているということになります。

 

 元々、中枢刺激薬(メタンフェタミンなど)を反復使用した後に出現する精神病状態に関しては、日本と米国では大きな認識の差があり、日本では覚醒剤精神病と考えられているのに対し、米国では統合失調症を併発した、と考える傾向がありました。伝統的に、米国では行動感作という現象を軽視している訳です。

 今回の論文で、精神刺激薬の服用歴についてあまり書かれていないのもそうした米国の考え方を踏襲していると思います。もちろん日本でも、小児では行動感作が起きないと考えられてきました。しかしながら、小児期に精神刺激薬を服用した人では双極性障害の発症が低い(DelBello MP, et al, Bipolar Disord. 3: 53-7, 2001)というデータから考えると、双極性障害の家族歴を持つ子どもでは、精神刺激薬に対して、通常起きないはずの行動感作を起こしてしまい、そのために発症が早くなってしまっている可能性が考えられるのではないでしょうか。

なお、今回の論文で示された子どもたちの家族歴については、別の論文(Geller et al, Arch Gen Psychiatry 63: 1130-1138, 2006)で発表した、ということでほとんど書かれていませんが、多くが双極性障害の家族歴を持っていると思われます。

 

今回の論文を読んで色々考えさせられました。

 現在、小児双極性障害と診断されている子どもの中に、成人型双極性障害に発展する人もいることは確かなのでしょう。しかしながら、今回の論文で使われたような厳しい基準(7歳以上、双極I型、躁病の中核症状あり)を用いてさえも、全員が成人型双極性障害になるわけではない、ということは、現在米国で行われている臨床診断(幼稚園児でも診断、特定不能の双極性障害が中心、誇大性や爽快気分はなくても良い)の妥当性には、やはり疑問が残る、ということになると思います。

この論文に対するCommentaryDr. Leibenluftは(Leibenluft et al, Arch Gen Psychiatry 65: 1122-1124, 2008)、双極性障害患者さんの子どものほとんどは双極性障害を発症しない以上、双極性障害という疾患の発達的側面を研究するには、統合失調症で精力的に行われてきたようなハイリスク研究が必要だ、と指摘しています。

この意見に、筆者も賛同するところです。日本では、ハイリスク研究どころか、双極性障害の研究が全般に不足しています。日本でももっと双極性障害研究が盛んになって欲しいものです。

 

Ferreira MA, et al: Collaborative genome-wide association analysis supports a role for ANK3 and CACNA1C in bipolar disorder. Nat Genet. 2008 Aug 17. 

 

 双極性障害では、これまでプーリング法によるWGAS論文(Baum Molecular Psychiatry 2008)、およびSNPチップを用いたWGAS論文2本(WTCCC, Nature 2007, Sklar et al, Molecular Psychiatry 2008)が出ていたが、これが4本目となる。この論文では、WTCCC(85%BPI)およびSTEP-UCL(Sklar(BPIのみ)に、第3のサンプルセット(ED-DUB-STEP2)の結果を加えて解析した。新たなサンプルは、1098名の双極性障害(BPI 546名、BPII 552)患者と、1267名のcontrolである。この新サンプルでは、ゲノムワイドに有意な所見はなかったが、14の染色体領域がp<10×10-5であり、そのうち1つが、WTCCCSTEP-UCLで有意だったCACNA1Cを含む領域であった。

 CACNA1Cは、STEP-UCLサンプルでトップ200に入るシグナルについて、WTCCCで関連の見られるものを調べた結果、WTCCCで最も有意だったもの(rs1006737)として抽出された。これは、STEP-UCLサンプルでは164番目に強いシグナル(OR=1.21p=2.95×10-4)であり、WTCCCでは749番目(OR=1.16p=6.92×10-4)で、両群を合わせるとp=3.15×10-6となった。この同じSNPrs1006737は、ED-DUB-STEP2サンプルでは、p=0.011OR=1.12であった。一方、ED-DUB-STEP2サンプルで最も有意だったCACNA1Cのシグナルはrs10774037で、p=4.6×10-5OR=1.43であった。このSNPは、WTCCCSTEP-UCLでは、p=0.0008OR=1.14であった。

 3群のサンプルを合わせた解析では、p<10×10-6SNP39個あり、これらは染色体の3ヶ所に位置していた。

 これが、10q21ANK3)、12p13(CANNA1C)15q14C18orf53)の3つであった。いずれも、3群のサンプルに分けた場合でも有意であった。

 CACNA1Cは既に前の論文でも注目していたので、本論文では、新たな候補遺伝子としてANK3が注目される。

 アンキリンは、細胞膜裏打ち蛋白質であり、以前から双極性障害の膜仮説として注目されていたが(Zhang Y, Meltzer L: Psychiatry Research, 27: 267-275, 1989)、リチウム投与により発現変化する遺伝子としても報告されている(McQuillin A et al, Ogarmacogenet Genomics 2007)。(なお、サンプルpHの影響を強く受けるため、死後脳研究での解析は難しそうだ。)

 

ミトコンドリア病の治療薬が双極性うつ病に有効 

 

 ミトコンドリア病の治療薬としてFDAが認可している薬、「ウリジン(RG2417)」の双極性うつ病に対する臨床試験を行ってきたRepligen社は、第2a相臨床試験において、有効性を認めたと2007118日に発表した。

 同社は多施設研究で、84名の患者を実薬群とプラセボ群に振り分け、12回投与で6週間の試験を行った。両群の臨床背景には、ベースラインのヤング躁病スケール(YMRS)が実薬群で有意に高かった他は、差はなかった。MADRS(モンゴメリー・アズバーグうつ病評価尺度)と臨床全般改善度(CGI-BP-C)の改善を指標として検討したところ、RG2417投与群において、プラセボ群に比して、MADRS(p=0.03)は有意に改善しており、CGI-BP-Cもより改善している傾向が見られた。また、YMRSもプラセボ群に比して有意に改善していた(p=0.01)。

 同社は、本結果はRG2417を双極性うつ病の治療薬として更に評価することを支持するものだとしている。

http://www.biospace.com/news_story.aspx?NewsEntityId=76763

 

The Wellcome Trust Case Control Consortium. Genome-wide association study of 14,000 cases of seven common diseases and 3,000 shared controls. Nature 447, 661-678, 2007

 

双極性障害2000名と対照群3000名の比較を含む7疾患の、Affymetrix500Kチップを用いた全ゲノム関連解析の膨大なデータを報告した論文。双極性障害の本格的な大規模全ゲノム関連解析としては第一号の論文と言えよう。また、Natureに双極性障害の遺伝子研究が掲載されるのは、18年ぶりと思われる。

7疾患中、冠動脈疾患、クローン病、関節リウマチ、糖尿病(1型、2型)では、強いシグナル(p<10-8)が観察され、これまで報告されている関連(例えばHLARAT1DMなど)が確認されたが、高血圧と双極性障害だけは、やや弱いシグナル(p>10-5)しか見られなかった。双極性障害で最も強いシグナルは16p12(最大のシグナルはrs420259)で、これまでにもわずかな連鎖の報告はあったが、それほど注目されていた部位ではない。また、この部位との関連は、双極性以外の全サンプルとの比較では確認されなかった。オッズ比は2.0であった。

このSNPPALB2(Partner and localizer of BRCA2)内にあり、その両隣がNDUFAB1DCTN5Dynactin subunit 5)。DynactinDISC1と相互作用する蛋白であること、NDUFAB1がミトコンドリアcomplex Iサブユニットであることが注目されるが、一体どれが関連の原因か、気になるところである。また、これまで関連が指摘されていた、BDNFDAOA(G72)DTNBP1DISC1NRG1は、全て関連がなかった。この16p12の関連が他のサンプルで確認され、原因となる機能的多型を特定することができれば、大成功の研究である。逆にもし、この所見に再現性がなければ、関連研究の今後の方向性の再検討が必要となるかも知れない。

Sachs GS, Nierenberg AA, Calabrese JR, Marangell LB, Wisniewski SR, Gyulai L, Friedman ES, Bowden CL, Fossey MD, Ostacher MJ, Ketter TA, Patel J, Hauser P, Rapport D, Martinez JM, Allen MH, Miklowitz DJ, Otto MW, Dennehy EB, Thase ME.
Effectiveness of Adjunctive Antidepressant Treatment for Bipolar Depression.
N Engl J Med. 2007 Mar 28

 双極性うつ病に対して、抗うつ薬が有効かどうか。そんなあたり前の問いに答えられるだけの情報を、私たちは持ち合わせていませんでした。その問いに答える論文です。臨床医学雑誌の最高峰、NEJMに掲載されただけあって、とても読みやすく、クリアな内容です。読みやすいのは、ごまかしがないからでしょう。(シンプル過ぎて情報不足な部分もありますが…)
 対象は、STEP-BDに参加した気分安定薬(リチウム、バルプロ酸、両者の併用、カルバマゼピン)により維持療法中の双極性障害(I型、II型)患者で、大うつ病エピソードにある者。治療期間は26週。primary outcomeは、8週間の寛解維持。もう一つの重要なoutcomeは躁転。患者は、抗うつ薬かプラセボに無作為に割り付けられるが、抗うつ薬はブプロピオンかパロキセチンの好きなほうを選ぶことができる。179名が抗うつ薬に、187名がプラセボに割り付けられた。抗うつ薬群では23.5%42/179)、プラセボ群は27.3%51/187)が寛解したが、有意差なし。躁転率も、10.1%10.7%で有意差なし。なお、患者の一部は、同時に精神療法(短期の心理教育+長期のintensiveな心理社会的介入)の有無も割り付けられたが、こちらも有意な影響なし。
 ということで、あまり希望のない結果ではありますが、考察の最後では、「気分安定薬単独の治療が、よく行われている気分安定薬+抗うつ薬よりも良いことが分かった」と書かれています。さすがに米国人、positive thinkingが身に付いていますね
 これまで、双極性うつ病に対する抗うつ薬の有効性について検証した研究は、以前HPでも紹介したNemeroff論文(抗うつ薬無効)と、オランザピン+フルオキセチンの有効性を示した論文の2つ位しかありませんでした。この論文で初めて、気分安定薬治療中に、うつ状態になった時に抗うつ薬を追加しても意味がない、ということが自信を持って言えそうです。

J. Kirsty Millar, et al: DISC1 and PDE4B Are Interacting Genetic Factors in Schizophrenia That Regulate cAMP Signaling.  310: 5751; November 18 2005, p. 1187, SCIENCE.

 DISC1は、染色体均衡転座家系よりクローニングされた、精神疾患の原因遺伝子として確立した唯一のものである。本論文は、DISC1の発見者であるMillarらが、他の染色体均衡転座家系を調べたところ、PDE4B遺伝子が転座によりdisruptしており、DISC1two-hybridスクリーニングによりPDE4DISC1結合蛋白として見出されていたことから、両者の関係に着目した。その結果、PDE4は通常DISC1と結合しており、cAMP上昇刺激により、PDE4DISC1と離れて活性が上昇することがわかった。PDE4はミトコンドリアに局在し、DISC1と共局在するため、DISC1PDE4Bの相互作用がミトコンドリア内のcAMP濃度を決めるのでは、という。
 DISC1と同様の転座家系から見出された遺伝子の産物がDISC1と相互作用するという興味深い論文である。しかし、この論文で示されているDISC1の機能はこれまで報告されているもの(NUDELとの相互作用など)とは異なるもので、どのように受け止めて良いか、意外な感じである。
 それにしても、研究の流れを変えた大発見はDISC1論文であるが、(Millar JK et al, Hum Mol Genet 2000)、これを契機にDISC1研究が盛り上がり、今回の論文がScienceに載った訳で、発見の大きさ、学術的意義と論文掲載紙のインパクトファクターは必ずしも比例しないことを示す好例であろう。

修正型電気けいれん療法(mECT)における有害事象について 70例の検討
中村大介, 堀孝文, 片野綱大, 太刀川弘和, 谷向知, 水上勝義, 荒木祐一, 高橋伸二, 朝田隆
精神科治療学207 Page727-736 (2005.07)

 修正電気けいれん療法(mECT、通電療法)が一般的になり、その有効性が強調される反面、有害事象についての研究は驚くほど少なかった。本論文は、70例における計585回のサイン波治療器での治療における有害事象の頻度を報告した論文であり、筆者の知る限り、日本でこのようなデーターが報告されるのは初めてではないかと思う。
 その結果、脈の触れない心室頻拍、高度徐脈、高度低酸素血症、という、深刻な有害事象が各1件、計3 (0.5%)に認められたという。旧式のサイン波装置とはいえ、頭痛(45%)、記憶障害(15%)、もうろう状態(18%)など、術後の副作用も少なくなかった。また、双極性うつ病の患者では、9例中6例が躁転したという。
 医学生にmECTの説明をすると、「なぜ第一選択として施行しないのか」との質問を時々受ける。しかし治療選択に際しては、mECT200回施行すると1回は危険な有害事象が出現する可能性がある、という事実は、軽視してはならないであろう。

Frank E, Kupfer DJ, Thase ME, Mallinger AG, Swartz HA, Fagiolini AM, Grochocinski V, Houck P, Scott J, Thompson W, Monk T. 説明: Abstract

Two-year outcomes for interpersonal and social rhythm therapy in individuals with bipolar I disorder.
Arch Gen Psychiatry. 2005 Sep;62(9):996-1004.

 

対人関係・社会リズム療法(interpersonal and social rhythm therapy (IPSRT) )の有効性を調べた。対照として、十分な臨床管理(intensive clinical management (ICM) )との比較を行った。

無作為化比較試験を行った。

急性期、維持期について、IPSRT/IPSRTICM/ICMIPSRTIPSRT/ICMICM/IPSRT4群で比較し、2年間の予防療法を行った。175名の双極I型障害の入院および外来患者を対象とした。急性期の改善までの期間およびその後の再発までの期間を指標とした。

急性期の回復期間には差がなかったが、急性期にIPSRTを受けた者は、維持期の治療ないようにかかわりなく、再発までの期間が有意に長かった。IPSRT群は、急性期終了時の社会リズムの規則性が高かった。急性治療期に社会リズムが規則的な者ほど、再発の可能性が減少した。この結果は双極I型障害の再発予防に対人関係・社会リズム療法が有効なことを示す。

 

双極II型障害のうつ状態に対するpramipexoleの二重盲検比較試験
Zarate CA Jr, Payne JL, Singh J, Quiroz JA, Luckenbaugh DA, Denicoff KD, Charney DS, Manji HK. 説明: Abstract
Pramipexole for bipolar II depression: a placebo-controlled proof of concept study.
Biol Psychiatry. 2004 Jul 1;56(1):54-60.

ドーパミン受容体作動薬であるPramipexoleの二重盲検比較試験が行われた。21名の、リチウムまたはバルプロ酸で治療中の双極II型、うつ状態の患者が、pramipexole10名、プラセボ群11名に割り付けられ、6週間治療された。最初の57日は0.125mgで、その後57日毎に増量し、13mgとした。最大投与量は4.5mgであった。
 1名のみが脱落した。Pramipexole群の60%が改善(MADRS<50%)し、プラセボ群の9%に比して有意に多かった。躁転者はpramipexole群が1名、プラセボ群が2名であった。
 これらの結果は、dopamine受容体作動薬の双極II型障害うつ状態への有用性を示している。副作用としては、振戦がプラセボ群より多く見られた(不眠、不安、吐き気などの”副作用”は多いが、実薬群、プラセボ群とも4060%で差はない)。
 Pramipexoleはパーキンソン病の治療薬(商品名 ビ・シフロール、0.125mg錠と0.5mg錠がある)として既に日本でも発売(ベーリンガーインゲルハイム)されている。(副作用としては、突発的な睡眠が見られることがあるので、自動車の運転を避けねばならない。)
 これまでなかなか有効な薬のなかった双極II型障害のうつ状態に対しPramipexoleが有効であるなら、大変ありがたい話である。

説明: BD14539_

 

双極性障害と直接関連ないもの

 

20051019

Anway MD, Cupp AS, Uzumcu M, Skinner MK.

Epigenetic transgenerational actions of endocrine disruptors and male fertility.
Science. 2005 Jun 3;308(5727):1466-9.

 内分泌攪乱物質であるvinclozolin(抗アンドロゲン化合物)やmethoxychlor(エストロゲン化合物)は、仔(F1)に精子減少、男性不妊を起こす。この影響が、オスのgerm lineを介してF4まで伝達されたという報告。これはgerm lineDNAメチル化パターン(メチル化感受性制限酵素によるスクリーンで見出された、LPLase2つの遺伝子について調べている)に関連していた。世代を越えたepigenetic factorの伝播の新たな例。

 

 

Kurosu H, Yamamoto M, Clark JD, Pastor JV, Nandi A, Gurnani P, McGuinness OP, Chikuda H, Yamaguchi M, Kawaguchi H, Shimomura I, Takayama Y, Herz J, Kahn CR, Rosenblatt KP, Kuro-o M.

Suppression of aging in mice by the hormone Klotho.
Science. 2005 Sep 16;309(5742):1829-33.

Klothoノックアウトマウスは老化するが、KlothoTGマウスは長寿になる。Klothoはホルモンとして作用し、インシュリンとIGF1のシグナリングを抑制する。Klothoは抗老化ホルモンだ。

 

Spalding KL, Bhardwaj RD, Buchholz BA, Druid H, Frisen J.

Retrospective birth dating of cells in humans. Cell. 2005 Jul 15;122(1):133-43.

 ヒトの後頭葉皮質ではadult neurogenesisはほとんど起きていないことを示す論文。 放射性同位元素14Cの天然存在比は、核実験が盛んに行われた時代(1965年頃)に急増し、その後単調減少をたどった。木の年輪の14Cを測定すると、この変化がきれいに測定される。これを手がかりに、細胞のDNA14C存在率を調べることで、その細胞のDNAがいつの時代に作られたものかを測定した。

 その結果、30代半ばの被験者では、表皮細胞や骨格筋は15年前にDNAが作られていることがわかった。一方、後頭葉皮質は、ほぼ本人の誕生年と同じ頃に合成されていた。従って、皮質での神経新生はほとんど行われていないであろう、と結論。

 成人神経新生を調べるのに炭素14法を用いるという、方法論の独創性に脱帽。

 

Akbarian S, Ruehl MG, Bliven E, Luiz LA, Peranelli AC, Baker SP, Roberts RC, Bunney WE Jr, Conley RC, Jones EG, Tamminga CA, Guo Y. Chromatin Alterations Associated With Down-regulated Metabolic Gene Expression in the Prefrontal Cortex of Subjects With Schizophrenia. Arch Gen Psychiatry. 2005 Aug;62(8):829-840. 

 統合失調症患者死後脳における代謝関連遺伝子の低下がヒストン変化に基づくと考え、ヒストンH3H4の、K6のリン酸化、Sのアセチル化、R17のメチル化を調べた。患者41名、コントロール41名で調べた。全体としては差はなかった。患者の一部で変化している者がいた。基本的にはnegative study

 

Middleton FA, Peng L, Lewis DA, Levitt P, Mirnics K.

Altered expression of 14-3-3 genes in the prefrontal cortex of subjects with schizophrenia. Neuropsychopharmacology. 2005 May;30(5):974-83.

統合失調症死後脳で14-3-3遺伝子が全体に下がっていることを示したcDNAマイクロアレイ論文。14-3-3pHの影響を強く受けるので我々はpHの影響と考えていた。本論文ではpHはマッチさせているが…。

 

Kolb B, Gorny G, Li Y, Samaha AN, Robinson TE.

Amphetamine or cocaine limits the ability of later experience to promote structural plasticity in the neocortex and nucleus accumbens. Proc Natl Acad Sci U S A. 2003 Sep 2;100(18):10523-8.

 アンフェタミンまたはコカインを慢性投与すると、良い環境によるスパイン密度増加が阻害される。ゴルジ染色で調べている。(現在でも、axon, dendrite等の形態観察にはGoigi染色が最良。他にはルシファーイエロー、膜にターゲットしたGFPをトランスフェクションして調べるなど、生細胞で処置する方法しかない。) Robinsonの仕事の意義については、2年前はよくわからなかったが、経験に依存して神経細胞の形態が変わるexperience dependent structural plasticityを示した画期的なものということだろう。

 

Ahmed SH, Lutjens R, van der Stap LD, Lekic D, Romano-Spica V, Morales M, Koob GF, Repunte-Canonigo V, Sanna PP.

Gene expression evidence for remodeling of lateral hypothalamic circuitry in cocaine addiction. Proc Natl Acad Sci U S A. 2005 Aug 9;102(32):11533-8

 コカイン依存になったラットでDNAマイクロアレイを行い、視床下部でシナプス関連遺伝子が増えていたことから、コカインで視床下部に神経回路再構築がおきるのだ、と結論した論文。データーの割に考察が派手ではないか? ゴルジ染色をやるべきではないのか?などの疑問がある。

Trachtenberg JT, Chen BE, Knott GW, Feng G, Sanes JR, Welker E, Svoboda K.

Long-term in vivo imaging of experience-dependent synaptic plasticity in adult cortex.
Nature. 2002 Dec 19-26;420(6917):788-94.

 2光子励起レーザー顕微鏡で、一部のニューロンがGFPを発現するTGマウスを用い、スパイン形態変化を32日にわたりin vivoで調べた論文。凄すぎる。

 

http://ed-02.ams.eng.osaka-u.ac.jp/lab/introduction/poster_jp.htm

http://ed-02.ams.eng.osaka-u.ac.jp/lab/research/Android/BehavAppear/BehavAppear_jp.htm

 大阪大学石黒浩教授による、アンドロイドに対するヒトの反応を用いた心理学的研究。

 HPに公開されている情報によると、

 年齢依存性:乳児は怖がらない。幼児は怖がる。歳をとるとにぶくなる。

  不気味の谷uncanny valley

 せっかくアンドロイドを創ったのに、ヒトの心理の研究をするのは、宇宙に出た最大の感想が「地球の美しさ」であることに何となく似ている?

 

Maguire JL, Stell BM, Rafizadeh M, Mody I.

Ovarian cycle-linked changes in GABA(A) receptors mediating tonic inhibition alter seizure susceptibility and anxiety.
Nat Neurosci. 2005 Jun;8(6):797-804.

 月経周期に対応してGABA-Aニューロンのサブタイプがかわる。デルタはdiestrousで高く、γ2estrousで高い。ほぼ同時期に別グループより似たような論文。

 

Lovick TA, Griffiths JL, Dunn SM, Martin IL.
Changes in GABA(A) receptor subunit expression in the midbrain during the oestrous cycle in Wistar rats.
Neuroscience. 2005;131(2):397-405.

diestrousではα4β1デルタ型(GABAによく反応するタイプ)が増加? 両論文は少なくとも一部は一致?

 

Niwa M, Patil CK, DeRisi J, Walter P.
Genome-scale approaches for discovering novel nonconventional splicing substrates of the Ire1 nuclease.
 Genome Biol. 2005;6(1):R3.

IRE1の基質となるmRNAを網羅的に探索したが、酵母ではHAC1しかみつからなかった。

 

Grillet N, Pattyn A, Contet C, Kieffer BL, Goridis C, Brunet JF.

Generation and characterization of Rgs4 mutant mice. Mol Cell Biol. 2005 May;25(10):4221-8.

ピッツバーググループがマイクロアレイから同定した候補遺伝子RGS4KOマウスの表現型は、潜在的にsensorimotor gatingの異常がある可能性は否定できないが、Schizophrenia-likeらしくない。

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