臨床精神医学 2006年10月号 特集「双極性障害」
加藤忠史(理研脳センター)、金生由紀子(東大病院「こころの発達」診療部)
「小児・思春期の双極性障害〜近年の増加の要因について」より
一言で言えば、「近頃アメリカで騒がれている『小児・思春期の双極性障害』と呼ばれる子どもたちは、実際は双極性障害(躁うつ病)ではない!」ということです。
追加
2008年3月に、TBSで小児双極性障害を取り上げたCBSドキュメントが放映されたようです。
(本文で取り上げたBiederman博士もでてきます。)
著作権上問題があるとは思いますが、Youtubeに映像がアップされていました(その1・その2)。
Dr. BiedemanのConflict-of-interestの問題は、New
York Timesにも取り上げられました。
問題点の要約(全文は、雑誌をご覧下さい)
小児・思春期の双極性障害研究の現状
・ 小児・思春期の双極性障害(prepubertal and early adolescent bipolar disorder, PEA-BP)の論文が最近増加しているが、これは専ら米国の論文が増加したことによる
・ わが国では13歳未満発症の双極性障害はほとんど存在しないとされているし、Goodwin & Jamisonの教科書でも、10歳未満の発症者はほとんどいない
・ 小児の双極性障害に関してよく引き合いに出される統計は、DMDAという患者団体の参加者500名を対象とした、「症状初発年齢」を調べた調査で、17%が10歳未満に症状が現れたと回答している (Lish JD et al, 1994)
・ これは、「双極性障害と診断される前を振り返ってみると『今思えばあの時初めて病気の徴候を示した』と思える年齢を最良の推定に基づいて示してください」との質問への答えを集計したもの
→通常の初発年齢の定義(初発の大うつ病または躁病エピソード)とは異なる
小児・思春期双極性障害の有病率
・ 米国の小児精神クリニック受診者305名中、双極性障害は16% (Biederman et al: 2005)
・ 高校生1709名の疫学研究で、双極性障害の生涯有病率は1%、閾値化の双極性障害が4.3% (Lewinsohn et al, 2000)
・ 日本の小児精神科外来受診者410名中、双極性障害は0.7%(傳田2002)
・ 「学童期に成人の病像に近い気分障害に出会うことは稀であり、双極性障害と診断する例もほとんど経験しない」(蓮舎ら2005)
・ 米国ではPEA-BPが流行しているが、日本では症例報告すらほとんどない
米国でPEA-BPが注目されるに至った背景
1)Gellerらの研究
・ うつ病により三環系抗うつ薬を投与された6〜12歳の患児を2〜3年経過観察
・ 多くの患児が双極性障害の発症や躁転 (Geller 1993)
・ 79名のDSM-IIIの大うつ病患児の2〜5年のコホート研究で、31.7% (25名)で躁状態または軽躁状態が出現し、双極性障害に進展(Geller 1994)
・ 家族歴が双極I型障害の発症と関連
2) Biedermanらによる研究
・ 22名の注意欠陥多動障害(ADHD)患児と20名の健常児を比較(Biedermanら 1987)
・ 患児では健常児に比し、大うつ病を持つ者が多い(32%対0%)
・ 家族にも大うつ病が多い(27%対6%)
・ ADHD患児73名、対照健常児26名を比較
→患児の24名 (33%)が気分障害、双極性障害8名(11%)(Biederman et al, 1991)
・ 気分障害の有無でADHDの家族歴、気分障害の家族歴に差はなし
→ADHDと気分障害は、共通の遺伝的基盤を有する?
小児・思春期双極性障害の症状
・ Gellerの著書による、PEA-BPの症状の特徴 (Geller et al, 2006)
・ 誇大的行動の例「7歳少年。ただ欲しかったから、とゴーカートを盗んだ。盗むのは悪いことだと知っていたけれど、自分が盗むのが悪いとは思わなかった。警官が到着した時は、自分と遊びに来てくれたと思った」
・ 高揚気分の例「7歳の少年。教室で、他の子達がおとなしくしている時に、おどけたり、くすくす笑うために、校長先生のところに何度も連れて来られ、停学となった。教会でも同じような行動があったために、家族と共に外に教会を辞めなければならなかった」
→小児で誇大性を評価できるのか?
・ 平均8.1歳で発症した、平均11.0歳の小児双極性障害患児60名
→83.3% が急速交代型(rapid cycling)、超急速交代型(ultra-rapid cycling)、または日内交代型(ultradian cycler)
・ ほとんど(45名)を占める日内交代型では、年間の病相回数は平均1440回で、1日平均4回の病相がみられた(Geller et al, 1998)
→躁病エピソードのDSM-IV診断基準(7日間高揚気分が続く)と矛盾→診断の問題
小児・思春期双極性障害の日米格差の原因
1) 日本では小児発症の双極性障害が適切に診断されていない
日本の小児精神科医の多くが小児の躁病はほとんどないと述べている
2) 米国では日本より小児・思春期の双極性障害が多い
人種差あるいは環境因の関与の可能性
環境因: ADHDに対する精神刺激薬の使用頻度の違い?
根拠1) 精神刺激薬を処方された既往のある双極性障害患者は、そうでない者に比べ、発症年齢が低い
(DelBello et al, 2001)
根拠2) 臨床場面では、小児の双極性障害の87%がADHDを合併(Geller et al, 2006)。一方、一般人口における疫学研究では、ADHD患児のうちDSM-IVで双極性障害と診断される者はまれ(Reich et al, 2005)
3) 米国において小児双極性障害が実際以上に診断されている?
・ 米国でも、小児の双極性障害の過剰診断に警鐘(Harris 2005)
・ 日内交代型の記載→DSM-IVの双極性障害の診断基準を本当に満たすとは考えがたい
・ 閾値化の双極性障害を持つと診断された高校生のほとんどは、24歳時に双極性障害を発症していなかった(Lewinsohn et al, 2000)
・ 1037名を11歳から26歳まで追跡したコホート研究では、26歳時に躁病エピソードがあった者の93%が小児期に何らかの精神医学的診断→多かったのは小児双極性障害でなく、行為障害、反抗挑戦性障害およびうつ病 (Kim-Cohen et al 2003)
・ PEA-BPは成人の双極性障害の発症時の状態を記述しているのではなく、別の患者群を診断している可能性
米国の小児双極性障害とは何か
・ 米国のPEA-BPに相当する症例は日本には存在しないのか?
・ 日本で小学3年〜中学生4376名(有効回答率92.6%)の調査→うつ病評価尺度(SDS)が高い者ほど、「何回もキレた」と回答(平岩2006)
・ ADHDに伴う抑うつ、精神刺激薬の副作用で情動障害を呈した子供、うつやひきこもりを基盤として、家庭内暴力、衝動性を示す子供(いわゆるキレル子供)が、米国では「双極性障害」と診断されている?
・ 双極性障害と診断するかはともかくとしても、こうした症例の研究自体は重要
・ 成人の双極性障害との関連が明確ではないならPEA-BP(prepubertal and early adolescent bipolar disorder)(小児・思春期双極性障害)という名前は誤解を招く
・ PEA-BPと決めつけず、独自の診断基準で研究を進めるべきではないのか
→わが国における「初期分裂病」論議と類似
・ こうした子供が米国で双極性障害として取り扱われている理由?
→真実は不明
臨床試験なしに小児の情動障害に対し、成人の双極性障害に対する適応が取得されている薬剤(非定型抗精神病薬)による治療を可能にするからか?(憶測)
→平均4歳の未就学児の「双極性障害」に対するリスペリドンやオランザピンの臨床試験の論文まで報告あり!(Biederman
et al, 2005b)
結論
・ 双極性障害という診断にこだわらずに、小児の情動の問題に対処する枠組みを模索していく必要がある
■文献
1) Biederman J, Munir K, Knee D, Armentano M, Autor S, Waternaux C, Tsuang M. High rate of affective disorders in probands with attention deficit disorder and in their relatives: a controlled family study. Am J Psychiatry. 1987 Mar;144(3):330-3.
2) Biederman J, Faraone SV, Keenan K, Tsuang MT. Evidence of familial association between attention deficit disorder and major affective disorders. Arch Gen Psychiatry. 1991 Jul;48(7):633-42.
3) Biederman J, Faraone SV, Wozniak J, Mick E, Kwon A, Cayton GA, Clark SV. Clinical correlates of bipolar disorder in a large, referred sample of children and adolescents. J Psychiatr Res. 2005 Nov;39(6):611-22
4) Biederman J, Mick E, Hammerness P, Harpold T, Aleardi M, Dougherty M, Wozniak J. Open-label, 8-week trial of olanzapine and risperidone for the treatment of bipolar disorder in preschool-age children. Biol Psychiatry. 2005 Oct 1;58(7):589-94.
5) DelBello MP, Soutullo CA, Hendricks W, Niemeier RT, McElroy SL, Strakowski SM. Prior stimulant treatment in adolescents with bipolar disorder: association with age at onset. Bipolar Disord. 2001 Apr;3(2):53-7.
6) 傳田健三. 子どものうつ病 見逃されてきた重大な疾患. 金剛出版、2002
7) Geller B, Fox LW, Fletcher M. Effect of tricyclic antidepressants on switching to mania and on the onset of bipolarity in depressed 6- to 12-year-olds. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry. 1993 32: 43-50.
8) Geller B, Fox LW, Clark KA. Rate and predictors of prepubertal bipolarity during follow-up of 6- to 12-year-old depressed children.J Am Acad Child Adolesc Psychiatry. 1994 May;33(4):461-8.
9) Geller B, Williams M, Zimerman B, Frazier J, Beringer L, Warner KL. Prepubertal and early adolescent bipolarity differentiate from ADHD by manic symptoms, grandiose delusions, ultra-rapid or ultradian cycling. J Affect Disord. 1998 Nov;51(2):81-91.
10) Geller B, Craney JL, Bolhofner K, DelBello MP, Axelson D, Luby J, Williams M, Zimerman B, Nickelsburg MJ, Frazier J, Beringer L. Phenomenology and longitudinal course of children with a prepubertal and early adolescent bipolar disorder phenotype. (In Geller B and DelBello MP (eds) Bipolar Disorder in Childhood and Early Adolescence. Guilford Press New York, pp25-50, 2006
11) Goodwin FK, Jamison KR (eds) Manic-depressive illness, Oxford University Press, Oxford,1990
12) Harris J. The increased diagnosis of "juvenile bipolar disorder": what are we treating? Psychiatr Serv. 2005 May;56(5):529-31.
13) 蓮舎寛子、市川宏伸. 児童青年期における双極性障害−青少年の攻撃性との関連−. 精神科治療学20: 1121-1126, 2005
14) 平岩幹男. キレる子どもたちの現状. 小児内科38: 53-56, 2006
15) 久村磨美、金生由紀子. 注意欠陥多動性障害(AD/HD)とcomorbidity. 精神科3: 264-269, 2003
16) 加藤忠史. 双極性障害. 躁うつ病の分子病理と治療戦略. 医学書院, 1999
17) 加藤忠史. Evidence-Based Psychiatryの視点から見た初期分裂病. 精神医学42: 983-989, 2000
18) Kim-Cohen J, Caspi A, Moffitt TE, Harrington H, Milne BJ, Poulton R. Prior juvenile diagnoses in adults with mental disorder: developmental follow-back of a prospective-longitudinal cohort. Arch Gen Psychiatry. 2003 Jul;60(7):709-17.
19) Lewinsohn PM, Klein DN, Seeley JR. Bipolar disorder during adolescence and young adulthood in a community sample. Bipolar Disord. 2000 Sep;2(3 Pt 2):281-93.
20) Lish JD, Dime-Meenan S, Whybrow PC, Price RA, Hirschfeld RM. The National Depressive and Manic-depressive Association (DMDA) survey of bipolar members. J Affect Disord. 1994 Aug;31(4):281-94.
21) Reich W, Neuman RJ, Volk HE, Joyner CA, Todd RD. Comorbidity between ADHD and symptoms of bipolar disorder in a community sample of children and adolescents. Twin Res Hum Genet. 2005 Oct;8(5):459-66.