ECTについて

1 ECTの歴史

 ECTは、精神分裂病とてんかんは合併しないとの説に基づいて1935年に発表されたカルジアゾールけいれん療法に端を発する。その後1938年には電気けいれん療法が発表され、その後麻酔をかけサクシニルコリンを用いてけいれんを抑制して行う修正ECT(無けいれんECT)が用いられるようになり、今日に至っている(安河内1977)。ECTの発表後、薬物療法が一般化する1960年代までの間は、有効な治療法はほとんどECTしかなく、精神分裂病を中心に広く用いられていた。

 1956年頃の施行方法は、このようなものであった。「三人一組、患者が床に寝かされて目隠しされ、次々と片側から電気をかけられ、全身痙攣を生ぜしめた。声を発する者もいて、他の二人が目隠しをとり、見ようとすることもあった。がナースがそれを制した」(浜田1998)。病院によっては目隠しをさせるどころか、むしろ見せしめとして、懲罰のために用いられたこともあったと言われているが、そうした体験は語り伝えられるのみで、世に出ることは少なかった。こうしたことから、この頃の精神科医の中には、ECTを施行したことを心的外傷と感じている者もおり(浜田1998)、ECTを廃止すべき、過去の治療法だ、といった意見は年長の医師ほど多い(中島1993)。

 修正ECTを用いる施設は、1987年の厚生省班研究の全国調査ですでに 2〜3割を占めており(中島1993)、最近の大学病院を中心とした調査では75%が修正ECTを行っている(本橋1999)。調査対象が異なるため単純な比較はできないが、修正ECTを行う施設が増えていることは確かであろう。修正ECTの導入により、過去の見せしめ、懲罰といったイメージが払拭されることが期待されている。

 しかしながら、病院によっては現在も旧来と全く変わらぬ方法でECTが続けられているのも現状である(熊本ら1997)。

2. ECTの適応と禁忌

 積極的な適応となるのは、第1には昏迷、焦燥、自殺念慮、妄想などの強いうつ状態である。特に自殺念慮に対しては即効性がある。また、それほど重症でなくても、薬物抵抗性の難治性うつ病も積極的な適応になる(精神科薬物療法研究会1998)。うつ病に対しては、有効率70-90%と抗うつ薬(約60%)より高く、しかも抗うつ薬が無効な場合でも有効である。また、緊張病状態に対しても抗精神病薬より安全で有効性が高いとされている(Rogers 1991)。また、薬剤抵抗性の難治性躁病に対する有効性も確立している(精神科薬物療法研究会1998)。

 一方、ECT単独では精神分裂病には効果がないとされている。少なくとも精神分裂病破瓜型、妄想型などには無効である。しかし、薬剤抵抗性の精神分裂病に対して用いると、抗精神病薬単独よりも効果が高いという報告もあり、こうした場合も相対的な適応になる(精神科薬物療法研究会1998)。日本では緊張病状態と限定せず、精神運動興奮に対して広く用いられていると思われるが、診断基準が不明確であることもあり、その実体は明らかでない。

 近年では、パーキンソン病、悪性症候群、視床痛などに対してもECTが有効であるとの報告もある(土井ら1998)

 ECTの絶対的禁忌は、頭蓋内圧亢進症のみであるという。

 相対的禁忌としては、頭蓋内占拠病変、最近の心筋梗塞、狭心症、うっ血性心不全、未治療の緑内障、大きな骨折、血栓性静脈炎、妊娠、網膜剥離などがあげられている。

3.  ECTの副作用

 ECTの副作用としては、1)通電直後に出現し、短時間で消失するもの(不整脈、頻脈、血圧上昇)、覚醒後に出現し、数時間持続するもの(頭痛、筋肉痛、健忘)、数日以上持続するもの(遅発発作、記銘力障害、脳波異常)に分けられる(一瀬ら1998)。

 他にもECT中の骨折や、悪性過高熱、遷延性無呼吸などの麻酔に関連したもの、麻酔事故などがある。

表1 アメリカ精神医学協会のガイドライン


1選択 薬物療法より先にECTを選択すべき場合

1.      緊急性 (うつ病の自殺念慮、自殺企図)

2.      安全性 (他の治療法より安全と思われる時。悪性症候群の既往がある場合など)

3.      有効性 (薬物抵抗性でECTの有効性が既往歴で確認されている場合)

4.      患者の希望 

2選択 ECTを考慮しなければならない時

1.      十分な薬物療法でも効果が見られない

2.      薬物療法より副作用が少ない時

3.      患者の状態が悪化しつつある時


APA1990、一瀬ら1998)

 死亡事故は修正ECTでは5万回に1回程度と言われている(Royal College of Psychiatrists 1995)。しかし日本でははっきりした統計はない。これは医薬品のような副作用報告制度がないためもあると思われ、効果があったことを報告する論文は多いが、事故についての論文はほとんどない。

我々が判例データーベースを用いて検索し得た限りでは、ECT事故をめぐる裁判の判例は見られなかった。しかしながら実際にはECTによる死亡事故も起きているという(精神神経学会1985)。

4. ECTにおけるインフォームドコンセント

 少なくとも20年前までは、ECTにおけるインフォームドコンセントなどは問題にならなかった。たとえば、精神医学の最も権威ある教科書の一つである精神医学体系においても、「患者の中には一般に痙攣療法を好まないものが少なくない(中略)そのような患者で治療を少しでも容易にする方法として(中略)薬剤の注射による一時的な睡眠の間を利用する方法がある」との記載があることは、当時の精神科医療においてインフォームドコンセントの考えが乏しかったことを示している(安河内1977)。

 これは何もECTに限ったことでなく、医療のどの分野においても、インフォームドコンセントの概念は少なくとも1980年代末までほとんど浸透していなかった。(筆者の記憶では、1987年の卒業試験にインフォームドコンセントとは何か述べよという問題が出た時、大多数の医学生が答えられなかった。) 

 1991年に、国連総会で採択された「精神疾患を有する者の保護およびメンタルヘルスケアの改善のための諸原則」(斉藤、1992)を受けて、日本の公衆衛生審議会が「精神障害者に対するインフォームドコンセントのあり方等について検討すること」との答申をだし、以後精神科医療におけるインフォームドコンセントの問題が議論されてきた。1998年の調査では、90%以上の精神科医が、薬物療法に際して「必ず」ないし「しばしば」本人のインフォームドコンセントを得ているとの結果であり、ほとんどの精神科医が薬物療法においてはインフォームドコンセントを行っていることが分かった(藤原1998)。

 このようにインフォームドコンセントの概念が浸透した現在、ECTに関するインフォームドコンセントはどうなっているのであろうか。

 1993年の調査において、ECTについて本人にいつも説明している、と答えた精神科医はわずか15%である。家族に対しても、いつも説明していると答えたものは40%程度で、半数以上が家族も本人も同意していない状態でECTを施行していたことになる(中島1993)。1997年の大学病院中心の調査では、家族に対するインフォームドコンセントは全施設が得ていると回答しているが、患者に対するインフォームドコンセントを必ず得ている施設は41%であり、大学病院などでも半数以上の施設では患者の同意なしにECTを行っていることが明らかになっている。現在も、単科精神病院では患者本人の同意なしに行う頻度が高く、家族の同意を得ない場合もあると推測される。

 ただし、インフォームドコンセントの問題は精神科においては他科と比べて単純ではなく、患者本人の同意能力も問題となる(守屋1990、中島1992)。

 英国では、本人の意志に基づかずにECTを行う場合、公的な委員会より第三者の医師が派遣され、施行について判断するシステムがある(Royal College of Psychiatrists 1995)。日本でも、こうしたシステムにより、同意能力を失っているが、緊急の治療が必要な場合の対処が可能になることが望まれる。

5.ECTに対する社会の受けとめ方

 ECTを取り上げたことで有名な1970年代の映画「カッコーの巣の上で」の中では、患者の視点でECTが懲罰として受け止められたことを描写している。懲罰に用いられてきた歴史のあるECTは廃止すべきだと訴える団体もある(精神神経学会1990)。ECTの副作用である記憶障害の苦痛をつづった体験記(池谷1991)や、ルポ(山本1985)なども報告されている。また、オウム真理教により、ECTを悪用して過去の記憶を失わせ痴呆化させるために用いた悪質な事件が起きている。直木賞作家のベストセラー小説にも、ECTを悪用して記憶を失わせる精神病院がでてくるものがある(宮部、1990)。

 一方、ECTを受けて「今までの人生観、人間観が全く一変した」り(辻村)、「電気ショックに助けられて、私はようやく自分を取り戻した」(全国精神障害者団体連合会準備会)など、見違えるように良くなった患者の体験記も報告されている。「さあ、あなたもその混乱して落ち込んだ脳をリセットしよう!電気ショックで幸せになろう!!」という扇情的な文章で、一人でECTを行う方法を紹介した本は、ベストセラーにもなっており(鶴見、1996)、この方法で実際に一人でECT施行を試み、火傷を負った症例も報告されている。

このようにECTに対する世間の見方は、医師のそれよりも多様で両極端な傾向が見られる。

 修正ECTを受けた患者に対するアンケートでは、60%がまた必要があったらECTを受けると答え、80%がECTの怖さは歯科治療と同程度からそれ以下であった、と答えたという(Freeman 1980)。

6. 修正ECTの実際

修正ECTの具体的な施行手順について以下に解説する。

1)事前の準備

 呼吸・循環機能に問題ないかどうか、病歴、理学所見、心電図、胸部X線などや、必要なら呼吸機能検査や血液ガス検査等にて確認する。また、サクシニルコリンによる悪性過高熱の危険を避けるため、悪性過高熱および悪性症候群の病歴を確認する。身体疾患が見出されたとしても禁忌とは限らないので、麻酔科医と相談の上、適応を慎重に判断する。麻酔科医に診察依頼し、診察を受ける。可能な限り、脳波、CTを施行し、てんかん、頭蓋内占拠性病変が無いことを確認する。

 投薬の調整を行う。リチウムは、ECTにより急激に脳内濃度が上昇する可能性があるので、漸減中止することが多い。抗てんかん薬は、けいれんを生じにくくするのですべて中止する。ベンゾジアゼピン系薬物もけいれんを生じにくくさせるので、できるかぎり減量する。抗うつ薬は、術中不整脈を起こす危険性を高める可能性があるのでできれば中止した方が良いが、現実的には全て中止することは困難であり、術中心電図をモニターしながら不整脈に十分に注意する。抗精神病薬は原則として中止する必要はないと考えられている。

実際のECTは、麻酔科医、精神科医、手術場看護婦など多くのスタッフの共同作業となる。

2)前処置

 治療当日朝は、嘔吐を避けるため絶食とする。治療前30分に、唾液分泌を抑える目的でアトロピン 1Aの筋注を行うことが多い。前腕に静脈留置針により血管確保する。手術室などの実施場所に移ったら、心電図、パルスオキシメーター、血圧計を血管確保した腕に装着する。

3)麻酔

 100%酸素をマスクにて投与する。サイアミラールを側管より静注する。これで患者の意識は低下し、通常入眠する。呼吸抑制が生じる場合もあるので、下顎挙上、マスクホールドによる補助呼吸を適宜行う。血圧上昇を予防するため、塩酸ニカルジピン(ペルジピン)0.5mgを静注することもある。サクシニルコリンクロライド(サクシン)を側管より静注する。上半身に始まり、次第に下肢へと至るfasciculation(筋畜搦)が起こっている間(約1分)、自発呼吸は停止しているので、酸素をエアバッグにより加圧供給する。

4)ECT施行

 Fasciculationがやみ、筋が完全に弛緩したところで、ECTを行う。電極を両こめかみ(または両前頭部、劣位半球の前頭側頭部など)に当て、100〜120Vの電圧で、約3〜5秒間の通電により、電気刺激を加える。駆血した腕のみに強直間代けいれんが生じていることを確認する。通電後しばらくは、血圧、心拍数共に一過性に上昇する。けいれんが消失したら、再びマスクにて100%酸素を投与し、自発呼吸が再開するまで続ける。自発呼吸が回復後も、意識は清明でないことが多い。呼吸・循環が安定していたら退室する。意識が清明になったら、点滴は終了し、留置針を抜去する。なお、週に2-3回、5-10回を1クールとする。1-2回で効果が出ても、再発の危険があるので、すぐには中止せず、5回は施行した方が良いとされている。

6.      施行法のバリエーションについて

 刺激電流については、正弦波と矩形波とがあり、日本では最近まで古い正弦波の装置のみが認可されていたが、矩形波装置(Thymatron, Somatics社、米国)が、2002年に医療機器として認可された。このサイマトロンを用いれば、はるかに少ない電気量で発作を誘発できるため、認知障害の副作用が少ない。また、術中の脳波をモニターすることで、より確実に施行することができる。

 電極は、両側性、片側性、側頭部、前頭部などの方法があり、我が国では両側側頭部で行うことが多い。劣位半球の片側性の方が記憶障害が少ないとされるが、作用も少ないとの報告もある(本橋1999)。

文献

1)安河内五郎(1977) 電気ショック、カルジアゾールショック、その他(痙攣療法).現代精神医学大系5B精神科治療学II. (懸田克躬他編、中山書店、pp11-34

2)浜田晋(1998) 電気治療のこと.精神医療 15: 91-92

3)中島一憲(1993)「電気けいれん療法(ECT)をめぐる諸問題」についてのアンケート調査. 精神神経学雑誌 95: 537-554

4)本橋伸高(1999) ECTの現状.日米の比較. 脳の科学

5) 熊本庄二郎、國重和彦(1997)一公立病院精神科における電気けいれん療法(ECT)の施行状況について. 臨床精神医学 26: 611-621

6)精神科薬物療法研究会(1998)精神分裂病と気分障害の治療手順−薬物療法のアルゴリズム−. 星和書店

7)Rogers D (1991) Catatonia: A contemporary approach. J Neuropsychiatry 3: 334-340

8)土井永文、一瀬邦弘、中村満他(1998)総合病院精神科における電気痙攣療法(ECT)の実際. 第11回総合病院精神医学抄録、S-54

9)American Psychiatric Association (1990) Task force on electroconvulsive therapy. APA, Washington DC.

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11)Royal College of Psychiatrists' Special Committee on ECT (1995) The ECT Hand Book. Royal College of Psychiatrists

12)精神神経学会(1985) 香川県立丸亀病院 調査報告書. 精神神経学雑誌87:1012-1021

13)斉藤正彦(訳)(1992)精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原則. 日本精神病院協会雑誌11: 611-620

14)藤原豊、石津すぐる、本田輝行他(1998)精神分裂病治療におけるインフォームドコンセントに関するアンケート調査. 精神医学 40: 1217-1223

15)守屋裕文(1990)精神科におけるインフォームドコンセント−電撃療法を通しての一考察.−. 年報医事法学、5: 90-101

16)中島一憲、石井一平、守屋裕文他(1992)精神科治療におけるインフォームドコンセント−ECTについての試論−. 精神神経学雑誌 94: 759-764

17)精神神経学会(1990)学会活動報告. 精神神経学雑誌 91:1052-1055

18)池谷久美(1991) ES体験記.ひとりぐらしのうた6: 94-96

19)山本俊一訳(1985)、推理する医学(Berton Roueche (1985) The Medical Detectives)、西村書店

20)宮部みゆき(1990) レベル7. 新潮社

21)辻村明編(199?)体験・森田療法、ごま書房

22)全国精神障害者団体連合会準備会他編(199?) こころの病、私たち100人の体験. 中央法規出版

23)鶴見済(1996) 人格改造マニュアル. 太田出版

24)Freeman CPL, Kendell RE (1980) ECT: 1. Patients' experiences and attitudes. Britich Journal of Psychiatry 137: 8-16

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