高脂血症を中心とした「健康診断結果の読み方」

スライド
2016-12-08
日本医師会認定産業医研修会 於 平塚市医師会

 裁判で瑕疵が争われると行政は個別では無い対応を迫られます。過労死では心脳血管疾病にたいする安全配慮義務が普遍化されます平成が始まったころにTHPという概念が出されて、本来は地域が負うべき高脂血症や糖尿病といった当時で言う「成人病」の健診や管理が職域にも割り振られるようになりました。
 メタボ健診が始まる前のメタボの図ですが、糖・血圧・脂という3つの危険因子を持った人はドックでは2%ほどですが冠動脈疾患を持つ人たちでは25%弱となります。そう言った方々が超過勤務や交代勤務になると心血管事故が来しやすくなるので労災二次健診などが導入されました。
 一方で低脂血症も留意が必要です。一つはバセドウ病を見逃さない事。それよりも高血圧との絡みで脳出血が多くなることです。高脂血症にする必要はありませんが、コレステロールが低い人たちの高血圧はより踏み込んで投薬を考慮しましょう。
 動脈硬化は、積分や掛け算で起こります。生涯LDLコレステロール値の和が最近注目を集めています。左のカテの女性は33歳で6番閉塞をおこしましたが13歳から33歳まで肥満児童からの2型糖尿病とIIB型の高脂血症が続き積算で5000mg/dlのLDLコレステロール値がありました。左の図は国循の斯波先生のグラフでスタチンの小児承認の説明のものですが、5000~7000くらいのLDLコレステロール値に達すると心事故が起こるというものです。普通の人は中高生の時は2ケタ、20歳から30歳で100mg/dlほど、40歳から50歳で120mg/dlを超えて、定年頃に糖尿病と高血圧と高脂血症が出そろい、70歳代で冠動脈硬化が見られると積算のLDLコレステロールが8000くらいとなるのでしょうが、左の女性の場合は、13歳で既に普通の50歳程度の状況になっていたので、33歳と言っても普通の70歳ほどの冠動脈硬化に陥っていたのです。
 一方、同じ総コレステロール300mg/dlといっても、III型高脂血症やI型高脂血症では差異があります。指導する内容も違います。リポ蛋白リパーゼLPLの欠損症ではカイロミクロン由来のコレステロールになりますのでそれ程動脈硬化は起きません。III型高脂血症はVLDL由来のコレステロールになるので動脈硬化も起こしますがLDLコレステロールほどの影響はありません。
この人たちには、「娘や孫」「本人」が膵炎を起こし易いと明確に伝える注意が必要です。中性脂肪は簡単な配慮で短時間に低下しますから健診をすり抜けます。一方で急激に高くなることもあります。瞬間最大値でカーブを曲がり切れずに膵炎を起こすので、LDLコレステロールと違って一瞬の気の緩みで命に差支えます。
妊娠中は母体はケトン体や脂肪を燃して栄養を取りますので、高脂血症に傾きます。そのため普段は大丈夫でも体質が遺伝しているので思いがけない高脂血症から膵炎を来すことが有ります。親の健診で体質が判ったら、娘の高脂血症の可能性を考えましょう。さらに孫が授乳で不機嫌なら、乳児の膵炎の可能性も排除しないという話をしましょう。
 自己保健義務というと、膵炎の方が医療側のテンションも下がります。お笑いの吉本所属のタレントさんも死屍累々です。食後、何処まで中性脂肪血症が上がるか?紅灯の巷をさまよい、焼肉に〆のラーメンの後で膵炎を起こすのですから、膵炎の予測には空腹や禁酒のあとの「優等生」の数字は「偽装」とも言えます。中性脂肪の半減期は半日ですから、朝300なら前の晩は600、朝500なら前の晩は千ですねと告げるのが大切です。

 LDLコレステロールのキットは同じ人の傾向を見るには足りますが、問題点も残ります。リポ蛋白としてのLDLの定義がはっきりしないのです。国際比較のための標準的な測定法は超遠心とヘパリン-マンガン法を組み合わせて測定します。しかし、今の日本の検査試薬では、界面活性剤でVLDLやカイロミクロンを消して残りをLDLと見なす測定をします。VLDLレムナントやsmall dense LDLといったものを動脈硬化惹起性が高いからLDLと見なす会社と、それらはあくまでレムナントでLDLとして正統ではないと考える会社と、哲学的な差異があります。 神奈川県の衛生検査所精度管理調査でも見事に峰が2つに別れますから、LDLコレステロール値を絶対的に信用するのはどうかと思われます。確実な測定が行われるのは総コレステロールとHDLコレステロールですし、その差のnonHDLコレステロール値で動脈硬化惹起性を判断しつつ、年に一回はきっちり空腹で測定して、リポ蛋白分画の泳動像とフリードワルドの計算式を見比べて、健診でのLDL直接法の妥当性を確認するのが、石橋を叩いて渡る態度と思われます。

特定保健指導、2014年は120名足らずが積極的支援に挑みました。うち2015年特定保健審査で該当から外れたのは14名、動機付けに格下げになったのは34名でした。
除外になった人の危険因子の変化を見ると人数が少ないのもありますが、減っていません。
ウエストは確かに痩せてます。BMIも減ってます。血圧とLDLコレステロールは3群共に同じ方向へ変化しています。積極的支援に留まった群はA1cが独り負けです。
さらに除外になった人たちが2016年の特定保健審査でさらに改善が見られたかというとそうでもありません。転勤などで欠測になっているひとも多いのですが、リバウンドが目立ちます。危険因子の数がゼロか一になった人が2016年には複数の危険因子を抱えるようにもなっています。

古くはダイアベートプリベンションプログラムDPPでもみられましたが生活習慣への介入は1万円ほど一人当たり掛かりますが費用対効果が望めるか悩ましい結果です。
ウエストが減るだけで良いのか?という視点が、特定健康診査・特定保健指導の
在り方に関する検討会でも議論になっています。ウエストが細いがメタボが重複している人とウエストは太いが糖血圧脂といった余分三兄弟が居ない人と、心血管事故がどちらが多いかという比較です。痩せメタボの方が悪そうに見える。特に女性ではウエストは太いが糖血圧脂といった余分三兄弟が居ない人は動脈硬化性疾病を起こして居無い。
以上は労働基準局では無く保険局、健康保険の保険局の扱いの法律ですが、高齢者の医療の確保に関する法律施行令「内臓脂肪(腹腔内の腸間膜、大網等に存在する脂肪細胞内に貯蔵された脂肪をいう。)の蓄積に起因するもの」という文章そのものへの挑戦とも言えます。指導してもリバウンドし、指導から外れる人たちへの手当が出来ない法令とはどうでしょうという話にもなります。
特定保健指導という言葉も、同じ厚生労働省の中で、2つあります。
高齢者の医療の確保に関する法律と、労災の2次給付の労働者災害補償保険法です。こちらの方も一応腹囲やBMIで網が被せてあります。4つ揃わなくても3つでも裁量で、二次健康診断等給付が出来るので、「隠れメタボ」「痩せメタボ」にも応対で切る事にはなっていますが、2次給付の健康診断が出来る機関が相模川の西側にあるものの、保健指導が出来る機関は平塚や小田原界隈には無く、横浜や川崎に出向いて受けるかというのも実際的ではなく、保険局のほうのメタボの積極的指導とちがって繰り返しの保健指導ではなく1回に限るとあるので効果が得られるのか心もとない所があります。
DPPに立ち返ってみると、薬剤による介入、DPPではビグアナイド剤でしたが、こちらの方が費用対効果は良かったとあります。
そうなると保健指導よりも、要医療と判定して、細く長く外来診療で応対した方が良いのかもしれないという考えが首をもたげます。後発品のカルシウム拮抗剤やHMG-CoA還元酵素阻害剤は30円くらいです。年間で12000円。NHSのあるイングランドでもOTCのスタチンを呑んでくださいというファイアアンドフォーゲットな施策も行われています。
でも、要医療を従業員に義務付けできるのかという話もあります。善管義務といういみでは良いかも知れないですが、父権的干渉主義は嫌われますし、呑めば完全に予防できるかというと医療の不確実性は高いので、強制する根拠は不十分です。自己保健義務と安全配慮義務のバランスを説くしかないのですが、安全と違い、衛生の方の法律上の裏付けは、薬を飲んで働くというより、作業に耐えられなくなったら配置転換などの配慮をするところにあるので、この辺の話は飛躍と思って最後のスライドを締めたいと思います。
愚行権と自己保健義務、呑み会でカンピロバクタの食中毒を起こしたのですが、健保直営診療所ですから、保健所へ通報の上、全額自己負担で投薬し、各自に第三者行為だからと店から治療費を回収させた事例です。


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