虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)と血糖コントロール
1.初めに
厚生省の調査でも、600万人強の顕性糖尿病患者と1300万人強の境界型糖尿病患者が報告されている。これだけ多くの人が、虚血性心疾患の危険因子を持っている。それと同時に、虚血性心疾患と新たに診断された患者において、糖尿病を合併する頻度も、極めて高い。当院で心臓カテーテル検査を施行し、虚血性心疾患の診断を受けた、225人を見ても、HbA1cが6.0%以上の患者は3分の1を占める。
循環器の患者として、循環器医が診療にあたるなかでも、血糖コントロールの事をつねに念頭におく必要がある。
2.目標とする血糖コントロール値
細小血管合併症の予防については、2型糖尿病を対象としたKumamoto study (1), UKPDS(UK. Prospective Diabetes Study (2)) やI型糖尿病を対象としたDCCT(Diabetes Complication and Control Trial (3)), を通じて、早朝血糖120mg/dl, 食後血糖180mg/dlを下回るような血糖コントロールが望ましいという一定の見解の一致が得られている。
1441名が参加したDCCTは13才から39才と若年者が中心で12名のみしか心事故例が集まらなかった(強化治療群; 3名 vs 対照群; 9名)。末梢血管障害を含めると6.3年の平均治療期間中に 63例の初発の大血管症がみとめられた(強化治療群; 23例 vs 対照群; 40名)。強化治療群で約半分に減少したが、p=0.08と有意差は認められなかった(4)。
Kumamoto Studyは現行インスリン療法群1.3/100患者・年に比し、強化インスリン療法群0.6/100患者・年と低値を示し、強化インスリン療法は大血管合併症にも好影響を及ぼすものと考えられたが、追跡患者数110例とサンプル数が少ないので有意差を示すことが出来なかった。
前向き研究として一番大きなUKPDS(n=5102, 年齢中央値53才)では、335例(内103例死亡)の虚血性心疾患が生じ、試験開始時のHbA1c 1%の上昇につき、11%の心血管事故の増加が観察された(5)。インスリンとスルフォニルウレア薬(SU薬)を中心とした強化療法では、心筋梗塞は16% (p=0.052) 減少傾向を示した(図1)。
肥満(平均BMI 28)のある患者を対象としたサブアナリシス(UKPDS 34)では、ビグアナイド薬(BG薬)による血糖コントロールで食事療法中心の場合より、心筋梗塞は39%(p=0.011) 減少し脳血管障害も減少し(p=0.032)、大血管症の1次予防効果を認めた (6) 。
2次予防はどうだろうか。DIGAMI (Diabetes Mellitus, Insulin Glucose Infusion in Acute Myocardial Infarction (7))の成績では、急性期の虚血性心疾患として受け入れた糖尿病患者を、持続インスリン点滴投与とそれに引き続くインスリン強化療法による治療を加えて、空腹時血糖120mg/dl以下の厳格な血糖コントロールを行った。3年余りのあいだ心筋梗塞後の糖尿病患者を観察し、死亡率の低下を認めている (P = 0.011, 相対危険度0.72 (95%信頼区間:0.55 - 0.92); HbA1c, 7.3% vs 7.7%) (図2.)。
血糖コントロールが、2次予防につながることを示し得た。
3.血糖コントロールの方法
A)食事と運動
食事と運動が基本であり、詳細は別稿を参照されたい。
平成9年度厚生省国民栄養調査によると、日本人はカロリーで2007kcal、脂質は59.3gを摂取している。調査対象の20%が20%以上のカロリー過剰と報告されている。それに対して、糖尿病の食事は理想体重当たり27kcalであり、身長170cmの場合、理想体重が63.6kg、推奨食事量が1700kcalとなる。肥満が有る場合では、減量のため20〜25kcal/kgが摂取カロリーとなり、食事としては1500kcalになる。脂質を減らし、摂取カロリーの20%;340kcal、40g以下に押さえる必要が有る。食後過血糖や脂肪吸収を抑制するので20〜25gの食物繊維の摂取が望ましい。
一回にまとめて摂取すると、食後過血糖を来し易くなる。食事は3回にできるだけ均等に分けて摂取するのが望ましい。時間も食事と食事の間隔をあける様にした方が好ましい。前の食事で血糖が下がり切る前に、次の食事がくると、さらに高血糖になってしまうからである。夜勤や出張、不規則な生活習慣で、食事時間が一定で無い場合は、薬物の投与時間も関係するので、生活習慣の把握が大切である。
「ご飯を半分に」とか、穀類だけを制限してもカロリー自体はそれほど減らない。加工食品中のバターや卵黄や砂糖の含量を知る機会は少ない。コーラ350mlはご飯1杯と同じく2単位に相当する(図3.)。市中に出回っている外食や加工食品のカロリーブックを参考に、副食や菓子などが、かなりのカロリーを占めていることを例示し、計量を行うように促す。医師としても実際指導した食事がどのような物かを、日頃から体験した方がよいであろう。
例えば、平均的なファミリーレストランでのハンバーグ定食は1000kcalになる。残りのカロリーでバランスの取れた献立を構築するのは難しくなる。食事制限をカロリーのみで行うと、蛋白脂肪炭水化物の配分や必要なミネラル・ビタミンの摂取に支障が生じるので、糖尿病食品交換表に準拠した指導が必要である。栄養士と密接に連絡をとり、患者さんに実際にとったものを詳細に計量してもらい。個別に指導する態勢作りが望まれる。
運動の目的は、運動によるカロリー消費は従であり、インスリン抵抗性の改善や減量によって落ち込む事のある筋肉量の維持が、主な目的である。
HDLの上昇作用やGLUT 4の発現増加などインスリン抵抗性の改善作用を運動で得ようとしても、1週間休むと効果は無くなってしまう。弱い強度で30分以上持続した運動を、週3回以上続けてもらうことが大切である。
全身状態(透析や活動性の増殖性網膜症の有無、狭心症、整形外科や脳卒中による四肢の運動障害)や生活運動強度、通勤時間や勤務形態を加味しながら、適切に運動処方していく。閉塞性動脈硬化症や変形性股関節症を合併している患者も多い。そのような時は、手を使ったペダル漕ぎといった上肢主体の運動を中心に据える。可能であれば水中運動も有用であるが、毎日出来ないこともあるので他の運動も取り入れる。症例毎に、整形外科や理学療法科と連係をとりながら、可能な運動の組み合わせを選んでいく配慮が大切である。
食事運動療法に成功すれば肥満は解消し、耐糖能障害のみならず、他の危険因子である高血圧も高脂血症も改善につながっていく。危険因子を有する場合は、糖尿病に準じた管理が有用である。
食事療法を試みても、血糖降下が不十分な場合は、薬物治療に頼ることになる。 進行した網膜症がある場合、急に血糖値が改善すると眼底出血をきたす事があり、DCCTでも割り付け直後は網膜症が強化療法群で増悪していた。改善の目安としては、HbA1cで月0.5%程度の減少、最初の一ヶ月で空腹時血糖で140〜180mg/dlを目標とする。
治療法選択には、いくつかの検査が必要である。
早朝空腹時血糖とインスリン値、食後血糖とインスリン値(IRI)、もしインスリンを使用しているなら、C-peptide値をインスリンの代りに用いる。
もし、インスリンが枯渇しているのなら、GAD抗体など自己抗体を検査し、グルカゴン負荷試験を行い、インスリン依存性であるか否かを検討する。
インスリン枯渇の目安としては、一日蓄尿C-peptide値で30μg/dayか、食前C-peptide値 0.5ng/mlを下回る場合を適応する。
食後血糖の上昇が著しく、早朝空腹時には低下している場合、このような場合はまず、αグルコシダーゼ阻害薬(αGI薬)を試みる。腸管壁の二糖類を単糖類に分解する酵素の阻害により吸収を遅延させて、食後過血糖を改善する。
インスリンの追加分泌が不十分で、αGI薬でも血糖の上昇が押さえられない場合やαGI薬に不耐忍の場合は、速効型インスリン分泌刺激薬を試みる。フェニルアラニンの誘導体で、SU剤同様にランゲルハンス島のATP感受性Kチャンネルを閉じて、インスリン分泌を刺激する。内服後30分で血中濃度およびインスリン値が頂値となり、2〜3時間後にはほぼ内服前の値に戻る。食事に合わせてインスリンの追加分泌を促す事ができるが、基礎分泌を上昇させる作用は乏しい。食後の服用では吸収が抑制遅延されるので、食直前の内服が必要である。
インスリン値が保たれている場合、一日蓄尿C-peptide値で100μg/dayか、食前C-peptide値 10ng/mlを上回る場合は、インスリン抵抗性が高く、インスリン抵抗性改善薬、またはビグアナイド薬(BG薬)を使用する。どちらも、肥満の患者の場合に有用性が高いとされている。インスリン抵抗性改善薬(チアゾリン誘導体)は、末梢でのインスリン感受性を改善する。BG薬は肝臓での糖新生や放出を抑制する。
肥満も管理すべき重要な危険因子である。インスリン分泌が十分で、特に肥満を伴っている場合、αGI薬、BG薬を使用する。
UKPDS 33では、SU剤若しくはインスリンを中心にした薬物治療をを行い合併症を減少させたが、5kgの体重増加があり、食事療法を主体とした場合に較べ約2.5kg肥満傾向をみとめた。
UKPDS34 (5)の肥満者に対しBG薬を第一選択薬とした場合、SU剤やインスリン治療に比し体重増加が2.5kgと低く、食事療法中心と同じレベルに押さえられた。
UKPDS 44 (8)では、SU剤やインスリン治療にアカルボースを併用した場合、3年後の体重は0.8kg(p=0.04)対照群に較べ実薬群で増加が抑制されていた。HbA1cは、対照群に較べ0.5%(p=0.003)低く保つことが出来た。
SU剤やインスリンの単剤による血糖コントロールが困難な場合も、BG薬ないしαGI薬の併用で、空腹時血糖やHbA1cのコントロール悪化を避けながら、肥満の抑制をはかることが可能である。
インスリンの基礎分泌が不十分で、早朝空腹時も血糖が高い場合は、従来からのSU剤を処方する。トルブタミド、グリクラジド、グリベンクラミドが汎用される。トルブタミドは作用時間が6〜10時間と短く、グリクラジドはグリベンクラミドの半分程度の血糖降下作用である。薬物体内動態に不安のある高齢者や肝腎障害のある場合は、トルブタミドかグリクラジドを少量から慎重に投与して経過を観察する。
通常朝1回から開始し、朝晩、朝昼晩と増やしていく。空腹時血糖が高いが、日中の血糖は比較的コントロールされている時は、夕方または眠前のSU剤の一回投与を試みることがある。
SU剤あるいは他の経口血糖降下薬の使用でも十分なコントロールが得られない時は、後述のインスリン使用に切り替える。
UKPDSでは、3年後約50%、9年後約25%が、単剤使用のみでHbA1c 7%以下を達成したが、多くの場合幾つかの薬物療法を併用する必要があると思われる(9)。
SU剤の場合極量使用によっても、血糖コントロールが得られないことがある。「二次無効」と呼ばれるが、背後に食事療法の不徹底や運動不足がある事が多く、真の二次無効では無い事が多い。短期間の入院やインスリン導入により糖毒性を解除すると、再度経口血糖降下薬ないし食事運動療法のみで、血糖コントロールを保つ事が可能になる。
C)経口血糖降下薬使用の留意点
まず、共通の一番多い副作用は低血糖であり、死亡も使用頻度の上からもSU剤による例が多い。SU剤は、アルコールやアスピリンを含む消炎鎮痛剤(NSAID)、抗生剤のリファンピシンなど、抗血栓薬のワーファリンなど、併用時に作用増強効果のある物質が多い。CYP 2C9がSU剤の肝臓での代謝にあたるが、ワーファリンやNSAIDも同じP-450にて代謝されている。処方時に留意する他、飲酒については患者指導を忘れないようにしたい。
経口血糖降下薬は多くは肝代謝であり、肝機能低下例では血中濃度の上昇や作用の遷延を来たし、低血糖事故に繋がる可能性がある。体内薬物動態が不安定な肝腎機能低下例では、速効型インスリンの使用が比較的安全である。
BG薬は乳酸アシドーシスという重篤な副作用を来す場合がある。多発し使用が禁止されていたのは、フェンホルミンであったが、しかし極めて稀だがブフォルミンやメトフォルミンも起こす事があるので留意する。
乳酸アシドーシスは血液ガスをとり、アシドーシスがあるのにアニオンギャップが正常であれば強く疑い、直ちに同薬物の中止と補液を行う。診断には乳酸とピルビン酸濃度を測定する。BG薬では、虚血性心疾患の既往がある場合、末梢組織の低酸素血症により乳酸アシドーシスの発症が懸念されるので禁忌である。呼吸不全、腎不全や高齢も禁忌となっている。
αGI薬とインスリン抵抗性改善薬は激症肝炎の報告がある。αGI薬の場合、既存の肝硬変などの重篤な肝障害がある場合に劇症肝炎が報告されている。事前に肝機能や腹部エコーを行うことで、副作用を回避できる。インスリン抵抗性改善薬の場合、現在の所は予期出来無いので、使用あたり必ず肝酵素の検査を毎月行い、異常を認めた場合直ちに中止する必要がある。現在、製造各社でSNP(1塩基多型)などの危険因子の検索が精力的に行われている。
処方時に症例の選択に慎重を期した上で、肝酵素の上昇など、検査にて副作用が無いことを、常に確認している必要がある。
D)心事故や感染症の急性期、周術期のインスリン治療
SU剤は作用機序としてKチャンネルを閉じ、膜電位依存性カルシウムチャンネルを開口し、細胞内カルシウム濃度を上昇させる。UDGP研究 (1970 Diabetes)でSU剤治療群に死亡が多かったのはカルシウム濃度上昇に伴う、催不整脈作用や心筋障害の増悪作用によるのではないかという意見も根強く残っており、添付文書にも心血管事故が増加する可能性が記載されている。インスリンを用いたDIGAMIの治療成績が良い事もあり、心血管事故の急性期にはSU剤ではなくインスリン療法が望ましい。
ブドウ糖を含む補液には速効型インスリンを加えておく。経口摂取が止められたり制限されている時、ブドウ糖無しの輸液は、糖新生の予備能がない時低血糖を来たし、異化が亢進してケトーシスを起こすことがあるので避ける。インスリン必要量が低下した時、予期せぬ低血糖を起こすことがある。静脈注射によるインスリン投与は半減期が短く、投与を中止すれば遷延しないですむ。
インスリンの注射による投与には、ラインへのインスリンの吸着を心配する声もあるが、実用上問題を感じた経験はなく、費用や万一の感染症を考えればアルブミンなどのコーティングの必要はない。
基礎分泌に相当する投与法として、点滴に含まれる糖分に対し、インスリンを混注する。インスリンや経口血糖効果薬の必要量が少ない場合はブドウ糖10g〜8gに対して1単位の速効型インスリンを使用する。中等量から極量のSU剤を使用している場合や一日20単位以上のインスリンを必要とする場合はブドウ糖5g〜3gあたり1単位の速効型インスリンを使用する。
夜間は拮抗ホルモンの分泌が低下し、副交感神経優位になるので、インスリン必要量が低下する。主幹に加えるインスリンはやや少なめにして、側管から1単位/mlに調整したインスリン液を微量持続注入を行い、血糖をモニターしながら主幹に含まれるインスリンで不足する分を補うと低血糖を回避しながら至適血糖を維持できる。
E)通常のインスリン治療 インスリンは単量体で薬理作用を示す。亜鉛の存在下で6量体として安定して存在し、徐々に2量体から単量体に分解し血中に移行して全身に作用する。単量体のままで体内の移行・吸収・作用が速やかに行われる様に遺伝子の一部(B鎖;28位と29位アミノ酸)を改編したLys-Proインスリンも近く上市するほか、超遅効型インスリンの開発も進んでいる。
インスリンの効果は、中間型では4から12時間、混合型では2から10時間、速効型では2から6時間である。誤使用を避けるため、中間型インスリンは若草色、混合型の30Rは茶色、速効型は黄色のラベルを各社共通して使用している(図5.)。
現在使われているインスリンは打った時の高血糖を低下させると言うより、次の食事の前の血糖の上昇を抑えると理解すると良いだろう。朝の血糖が高ければ、前夜の眠前ないし夕方のインスリンが不足していると考える。この考え方を責任インスリンという。必要なインスリン量は、一回で決まることは稀である。自己血糖測定を導入し、血糖の変動をみながら、段々と増減させて決定する。Lys-Proインスリンは打った直後の食事にインスリン作用時間が重なり、作用が遷延しないので治験では低血糖の割合が減少している。
作用時間の他に、濃度の違いもある。ペン型の機械に納めるために150単位、300単位製剤が用意されている。ペンにあった型のインスリン製剤を用いないと入らないので事故はおこり難いが、シリンジで注射する場合は濃度と使用する注射器の組み合わせを取り違えないようにする。40単位には赤色の、100単位にはオレンジの注射器を使用する。
F)インスリン導入時のインスリン量の設定
0.2単位/kgのインスリンから開始する。60kgであれば12単位のインスリンを使用する。食前血糖が300mg/dlを越え、網膜症が無い場合は0.3単位/kgで開始する。
混合型インスリンであれば、最初は朝10単位使用し、3日ほど経過を追う。夕方の低血糖が見られるようなら責任インスリンの朝のインスリンを8単位の一回打ちに減量し、空腹時血糖が140mg/dlより下がらないようなら、朝8単位・夕4単位に増量し分割して責任インスリンである夕方の投与を開始する。
夕方の低血糖は、朝の中間型インスリンやSU剤の量の過剰が原因のことが多い。朝一回の投与が16単位以上であれば、2回以上に分けて使用する。インスリンを2回打ちたくないという場合、夕方のインスリンの代わりにSU剤を併用する方法もある。
頻回打ちは速効型インスリンを3回の食事にあわせて行う方法と、さらに眠前に中間型ないし遅延型を基礎分泌を補う形で投与する方法(Basal- Bolus法)がある。
まず、12単位を4で割った3単位を朝昼晩の食事にあわせて投与する。昼の血糖が高ければ朝の、夕の血糖が高ければ昼の、眠前の血糖が高ければ夕の、責任インスリンを1単位増量する。速効型インスリン3回だけでは、十分空腹時血糖が下がらなければ眠前に中間型を開始する。3単位から開始し、朝の血糖をみながら漸増する。未明に低血糖に留意して、朝3時の血糖を見る。
皮下注射は通常腹部で全体満遍なくを使いながら行う。特定の所のみを使用すると、脂肪組織の萎縮やしこり等を生じ吸収が不均一になる。吸収は屈伸など運動による影響も受けやすいので、大腿なら大腿、腹部なら腹部と、部位はインスリン使用量決定時に固定しておく。強く揉んだり筋肉注射になると、血中濃度が高くなる事がある。インスリン作用が不安定な時は、手技の確認も問題の解決に有用である。
G) インスリンの減量
インスリンを導入した後、糖毒性の解除、生活習慣の改善により、必要量が減少することは、まま見受けられる。
責任インスリンの減量は、血糖が80〜100mg/dlで安定している場合1〜2単位、同じ時間に頻回の低血糖が見られる場合は、2単位を目安に行う。3日程度の間隔で観察をして、インスリン量を決定する。
一日インスリン必要量が12単位を割るようであれば、混合型インスリン1回打に、8単位を割るようであれば少量の経口血糖降下薬に、変更する。
空腹時血糖が目標値で食後過血糖であれば、基礎分泌は十分だが、追加分泌が不足している。αGI薬を加えて食後過血糖を治療し、インスリンを減量する。
食後血糖は目標値だが空腹時血糖が高い場合は、眠前ないし夕方のSU剤や中間型インスリン1回使用が有用な場合もある。追加分泌は十分だが、不足している基礎分泌を補う目的で使用する。
H)病気の時のインスリン指導(Sick Day Rule)
食事量が減少したり下痢嘔吐の時も、肝臓の糖新生はあるので、インスリンを一切使わないというのは、高血糖を招く恐れがある。インスリン分泌の予備能によっては、ケトーシスやケトアシドーシスにつながる可能性がある。
中間型インスリンを使用する時は指示の半分のインスリンを注射し、食事が取れない時も水分とカロリーを少しづつ取るようにする。
速効型を頻回打ちしている場合は食事の量に応じてインスリンを増減させ、食直後に注射する。3分の2以上食事が取れていれば全量のインスリンを、3分の1以上取れている時は半分のインスリンを使用する。食事が取れない時も3分の1のインスリンを打ち、口にできる範囲のものを摂取する。シックデイは各食前など頻回に血糖測定するのが望ましい。
4.自己血糖測定(Self Monitering of Blood Glucose;SMBG)
インスリンを自己注射している時は、管理料のなかで血糖自己測定器の貸与と血糖測定テープを処方し、自己血糖を記録し、患者とともに評価を行うのが望ましい。自己注射を行っていない場合も、患者の協力が得られれば、自費であるが測定器等を購入していただき、参考にする。血糖の測定は、低血糖時やSick dayの対処を迅速的確に行う上で有益である。
高血糖の自覚を促す目的では、患者の尿糖測定は侵襲が少なく安価であり、以前から行われている。食前の血糖が陰性、食後も±〜+に納めるとコントロールの目安が得られる。ただし、低血糖時の対応には使えない上、患者によって尿糖閾値が異なり精度に欠ける欠点がある。
5.低血糖への対応
A) 低血糖事故の対応法
低血糖は死亡につながることがある。BG薬による死亡事故よりも、SU剤による低血糖に起因する死亡事故のほうが多い。高齢者などのSU剤や中間型インスリンの使用では遷延することもある。80mg/dlを下回るときは0.5単位、60mg/dlを下回るときは1単位の補食で対応する。蔗糖や清涼飲料水などは速効性があるが1時間程度しか持続しない、ビスケットやスターチをつかうと持続して血糖を維持する。
αGI薬を使用している時はブドウ糖の投与が望ましい。発売している両社は携帯用のブドウ糖も用意しているので、それを患者に渡しておく。また、果糖ブドウ糖液を甘味料として使用している清涼飲料も代替可能である。どちらも手許にない場合も、探している間に低血糖が進行するよりも、何か口にしておくにこしたことはない。
食前の低血糖に対しては、食事が用意できていれば、補食という所定外のカロリー摂取よりも、食直前にインスリン所定量の半分を皮下注射し直ちに正規の食事を取り食後残インスリンを皮下注射するのが望ましい。
意識がない時は静脈注射によるブドウ糖投与が必要である。自宅では不可能なので、グルカゴンの筋肉注射による対処を家人に教育すると良い。
B) 低血糖を起こす患者の注意点
一方で、実際には低血糖でなくても、インスリンなどを使用して空腹感が増強されてしまう患者がいる。過食や糖分の摂取で、コントロールが乱れる事もある。自己血糖測定を導入し、実際の血糖を認識させる。本人が低血糖と自覚しても、実際の血糖レベルが100mg/dlである場合は補食が必要でないことを指導する。意識がある場合は糖の摂取よりも自己血糖の測定を優先させ、不安の解消を図る。
自己血糖測定で自覚による血糖値の推定精度を向上させる訓練を積む以外に、施設によっては人工膵臓により低血糖を誘発し体験させることで血糖値の感覚を学習する方法も提案されている。
C)未明の低血糖
未明の低血糖の時、まず試みるのは夕方や眠前のインスリンやSU剤の減量である。しかし、基礎分泌の不足がある時には空腹時血糖が高くなり、一日の血糖コントロールを乱す結果に繋がる場合がある。インスリンやSU剤は変えずに、1日の指示カロリーから、2単位程度を22時から24時に移し、補食を行う。補食は甘いものであると、吸収が早く効果が長もちしない。補食による血糖上昇効果が2時間から3時間のみなので、砂糖や果物は避ける。澱粉質の方が持続性があり、低血糖の割合が減少する(10)。御飯や麺・パンといった穀類にスライスチーズ1枚程度の少量の蛋白質を併用すると、効果が持続して早朝の低血糖に対応しやすくなる。アラニンなどはグルカゴン分泌を助け、糖を肝臓から放出を増加させる。 Winigerらは35%蛋白質を含む食事が5%のみの場合より早朝の血糖が高くなることを示し(11)、Saleh はアラニン40gとブドウ糖10g の補食が、牛乳とトーストの補食よりも低血糖を予防すると報告している(12)。
5.最後に
空腹時血糖については、細小血管症の閾値は126mg/dlであり、それに準じて、糖尿病の診断基準が改定された。110mg/dlを超えると虚血性心疾患の発症が上昇するため、IFG( impaired fasting flucose : 110~125mg/dl)という概念が提唱されている。DPP(Diabetic Prevention program)などの糖尿病発症予防の研究を通じ、厳格な血糖コントロールと虚血性心疾患予防の関係がより明らかになるであろう。
血糖コントロールについて述べたが、まず糖尿病か否かをスクリーニングする習慣を忘れないで欲しい。次に、糖尿病であれば、細小血管症のスクリーニング(眼底所見、尿中微量アルブミンや振動覚・腱反射のカルテへの記載)を行って欲しい。
糖尿病の早期発見と早期介入による細小血管症予防の利益は計り知れない。
一方で、医師による見落とし(Doctor's delay)があれば、不作為であっても、訴訟に成り得る。現に、糖尿病コントロールと細小血管症の治療の不徹底に関する訴訟が争われており、今後注意が必要と思われる。
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