北京の檻

鈴木正信・香取俊介共著 文藝春秋 
ISBN4-16-368430-1


北京の檻01
幽閉5年2ヶ月

日中友好を謳うには、日本側の努力では足らない。麻の様に乱れれば、政治の関与する範囲も広がる。
周恩来や毛沢東の間でも闘争があり、国民党と共産党の間でも鬩ぎ合い、国民党も軍閥が角突き合わせる。
夫々が、日本に対して、違う事を言い、聞く側も都合の良い耳聡い事だけを採る。そしてその「支那通」も相手を択ぶ。
大陸が「日本」の人材を「留用」した。国民党も共産党も留め置いた。
中国に産まれた主人公は、留用されたハルビン工業大学学長の父と満州に残り、叔父の軍医と衛生兵の真似事をし、人民解放軍の規律の良さに引かれ、軍医学校にも入る。叔父が粛正されるがごとくに結核に倒れたあとも残り、国共内戦や朝鮮戦争にも加わる。しかし、共産党が当初ほどの清廉さを喪うにつれて、興味が薄れ、脱柵する。
本文では言及はないが、「雪白血紅」といった発禁本が吟じる、国共の包囲戦を思えば、日本の居留民の苦労も些末なのかもしれない。同族相喰み、流れた血は共産党政権の主張する南京のそれに匹敵する。
帰還した著者は、活きた中国語を身につけ、それを元に海外放送の傍受や国交回復前の「友好商社」で勤務する。
共産党の内部闘争や腐敗はより大きくなったといえども、それは仕事として、淡々とこなして行った。
そして、捉えられた。5年2ヶ月幽閉される。
上司が頼まれて投函した数通の封書、上司は実刑を喰らい、その部下は取り調べを受けるも加担はしていないので証言が取れない、しかも十分な経験があったので有罪に持ち込めない物の不当逮捕という結果を出す訳にも行かないので幽閉されたままと成る。
ここで魑魅魍魎が湧いて出る。日本側で共産党と取り持つ者はその利権を喪う訳にも行かない。著者自身も先立ってホテルに幽閉されていた三井系人々を脇に見て何もしなかった。共産党は正しい、捕まった以上は著者が悪者なのだと喧伝するばかりである。
他にも何人もの人が「蒸発」して行ったが、著者も「蒸発」させられてしまったのである。そればかりか、本国からも亡きが如くの仕打ちを受けるのである。
蒸発を報じた日経の鮫島氏も、別の件だが、「逮捕」されている。
共産党も一枚岩で日本に仕打ちをした訳ではない、それというのも鄧小平のように幽閉されたり、林彪のように死んだ者も居る。
その中では、一民間人の浮沈も沫として大海の中に見いだすのは労が伴うとも言える。
しかし、使える者は使う。文化大革命も体力が亡くなるばかりで、一方でベトナム戦役も終わりが見え、キッシンジャーが訪れ、田中角栄が訪れ、その手土産として「解放」される。
平壌にしても北京にしても、「友好」を謳う団体には渡さず、真に実力のある安定した政権にのみ渡すのである。
これが本来の政治であり、実力を伴わないものは使われるだけである、平和を訴えた「友好団体」は「拉致」「蒸発」に肩を貸し、そして誹るだけである。
著者はその後も中国に関わり、四人組が倒れ、それと入れ替わりに復権した人々から、「牛柵」「難友」と招待を受け、その「人の繋がり」から業務を進めて行く。
一方的に日本人だけが狙い撃ちにあっていた訳でもない。例え「党員」であっても牛の様に柵に閉じ込められた中国人も多かったのである。
勝ち馬が変われば扱いも変わるのは「償い」なのか?
結局の所、今も党内の闘争は絶えない、片棒を担げば捕まり、良い目に逢う日もあるだろうが、何時迄も晴れでは無い。闘争の境目では、どちらも共通の敵でしかお互いを繋ぎ止められないので、日本を叩く力の強さでドングリ同士の背比べを誇り、相手に自分の強さを値踏みさせる。
薄熙来・周永康などの諸子も蓄財と誹られ、子分は連座している。
今に始った事ではない。
隋に使いを送り、白村江で唐と戦い、唐に使い送り、遣唐使を廃止し。
相手の安定あっての日中関係であり、相手の安定無くして、成り立たないのである。一方的に平和を訴えても相手にされないのである。
使える実力があり、使われない意志がないと。それが無いまま、出て行っても国が邦人を保護しようとしても14年戦争や甲午戦役のように泥沼になるだけである。
大陸とは友好は成立しない、無い国として居れば、日本は静かに暮らせる。半島相手も、そうだろう。
歴史と先人に学べ。


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