P-drugワークショップ参加記
[日本医事新報 1999;3902(1999.2.6号):75-76より]

尾張健友会千秋病院内科・斎尾武郎

  "P-drug・・・"、はてさて何のことだろう、というのが普通の医者の感想だろう。では「自家薬篭中の薬」と言えばいかが であろうか。本ワークショップは、この自家薬篭中の薬をいかに見付け、使いこなし、患者さんに納得のいく治療を受けてい ただくかについての入門編である。この"P-drug"という術語は、医薬品の適正使用に向けて、WHOが推進している必須 医薬品アクションプログラムから1994年に発行された"Guide to Good Prescribing:A practical manual" (日本語訳は「P-d rugマニュアル WHOのすすめる医薬品適正使用」津谷 喜一郎ら訳、医学書院刊)。この中に出てくるキーワードである。 英語版はインターネット(http://cmi12.med.tmd.ac.jp/ggp.htm)でも読むことができる。

  "P-drug"の"P"は"personal"の"P"。しかし、決して個々の医師の独善的な処方を指向するものではなく、理に適った 薬物の使いこなしを目指すものである。

 1998年12月6日、浜松の楽器博物館にあるアクトシティー浜松研修センターには臨床薬理学の教職の方々を中心とした 20名弱の参加者が集まった。主催はP-drugネットワーク(P-NET-J, 代表・津谷 喜一郎東京医科歯科大学難治疾患研究 所・臨床薬理学助教授)で浜松医科大学臨床薬理学教室(大橋 京一教授)の協力を得た。講師はWHO本部必須医薬品 アクションプログラムの医官であり、"Guide to Good Prescribing"の著者の一人であるDr.Hogerzeil,HV。歳の頃は40歳台 半ばであろうか。

 快適なスピードの明瞭な英語で、オーバーヘッドプロジェクターで資料を示しながら、我々受講者を引き込むように講義 が進んでいく。薬物にかかる費用の増加の過半が、新薬を処方することによるという事情の説明にはじまり、本当に使い こなすことができる基本的薬剤は、一般病院でもたかだか200種類もあれば良いし、基本薬は安価で供給も安定しており、 使いこなすのも容易で、さらには副作用の察知も比較的容易であるという話が続く。間に大分医科大学・中村 紘一助教 授、浜松医科大学・大橋京一教授による日本の臨床薬理学教育の現状の話を挟んで、再びDr.Hogerzeil,の講義が続く。 基本薬の中から如何に「自家薬篭中の薬」を作っていくかという事例演習、その方法を使って如何に臨床薬理学教育を 推進するかという具体的なアドバイスなど、後半では車座になり、活発な議論がなされた。

 午後のセッションでは途中、初めての訪日であるDr.Hogerzeilのために茶の湯の席が即席で設けられ、非常に和やかな 雰囲気であり、私にとっても思い出に残るワークショップとなった。

 さて、"P-drug"の胆(キモ)は何であろうか? "P-drug"の要諦は、個々の医師が生涯を通じて医薬品の適正使用を実 践するための方法論の提示である。つまり、"P-drug"という概念、その手順の習得により、個々の医師が具体的な症例 に応じた適正な薬物治療法を自ら発見していくことができるということである。これは従来の医学教育が知識授与型の教 育であるのに対して、問題解決型の教育であり、個々の医師が日々進歩する医学に生涯に亘って関与し続けるための重 要な手法である。

 この手法は現在、世界的に医学の本流となりつつある、臨床疫学の実践であるEvidence-based Medicine(EBM)とも通 底する方法である。個々の患者の医学的問題点を要約し、医学的介入の目標を設定し、信頼できる医学的情報源から必 要な情報を探り出し、その情報が如何なる論拠に基づくかを批判的に吟味し、個々の患者に応用し、その結果を評価する、 という一連の流れが両者に共通するところである。今まで私は様々なEBM関係の研究会に参加したが、今回のワークショッ プはEBMとの関連を強くは謳ってはいないものの、深層を流れる精神は同じである。

 ただ、感心したのは「人を見て法を説け」とでも言おうか、徹底的に患者の個別性、つまり患者さんのパーソナリティー、生 活習慣に応じた無理のない治療法を提示するという姿勢である。このことは幾多のEBMの研究会でも触れられたことではあるが、 今回のワークショップが少人数のもとに開催されたからであろうか、より具体的で、より親身になって患者さんに接する心を 学んだように思う。

 一見したところ冷徹な科学に基づく治療法である"P-drug"による合理的な薬物療法が、血の通うアートとしての医学になる。 難しい言葉で言えば、行動科学的アプローチであるが、私はここに「和魂洋才」を見る。日本だからこそ、"P-drug"を真の意味 で実践できるのではないか、そんな大きな期待を胸に明日からの臨床に臨んでいくことができるように思う。

 いかがであろうか。皆様も是非、次回のP-drugワークショップに参加なさっては。喧騒と混乱の中の息苦しいほどの日常臨 床へ導きの光明を見出すことができるのではないか。地域の一般病院の内科勤務医として、臨床家の先生方をお誘いする 所以である。

以上


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