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魔の分岐点
三股登山口から蝶沢まで2013年から2016年にかけて、登山道の急坂には木製の階段、湿地帯や沢を超える場所には木製の橋が設置された。そのおかげで足元を見ているだけで、道に迷う心配はない。ただし蝶沢を超えると岩がゴツゴツしている「悪路」という看板が立っている先は、昔の登山道のままだ。ゴツゴツした岩礫帯は、自然に蝶沢につながっているので、足元ばかり見ていると下山時に自然に蝶沢に誘導される可能性がある。そのために登山者に警告するように、蝶沢を渡る場所には蝶沢へ迷い込まないようにトラロープ(黄色と黒色の模様が付いたロープ)が張ってある。日中であれば、このトラロープに気がついて登山者が蝶沢に迷い込むことはない。
悲劇的な遭難事件は、2011年8月6日の夜に起こった。午前6時に64歳の男性と69歳の女性の二人連れが常念岳を出発して、午後2時半に蝶ヶ岳ヒュッテに到着した。69歳の女性は疲れて、その日は蝶ヶ岳ヒュッテに泊まることを考えたのだろう、二人は分かれて、男性だけ三股に下山した。女性は蝶ヶ岳ヒュッテに泊まるつもりにはなったのだろうけれども、宿帳に名前を記載せずに、しばらくして下山した男性を追いかけて下山を開始した。
第1のミスが、大滝山と三股登山口の分岐で起こった。蝶ヶ岳/大滝山/三股分岐点に立っている道標が示す三股登山口へ下るルートは、森の中へ消えて、その先が見えない。一方、大滝山へ下るルートは、お花畑の中にはっきり踏み跡が見える。下山のことしか考えていないその女性は、滝山に向かう登山道を「三股への下山路」と誤解して下り始めた。この分岐点は「魔の分岐点」である。下山時に三股登山口への下山路と大滝山へ向かうルートを間違える登山者にこの遭難事件以外でもあった。ただ地図を読んで、進む方向を常に意識して歩いていれば、大きく間違えることはない。途中で間違いに気がついて引き返すだろう。しかし、焦っている心境で、正しい下山路だと信じ込んでしまうと、1時間も2時間もルートの間違いに気がつかない。一本道だから大滝山山荘に到着するまで気がつかなかった。遭難者は大滝山山荘に到着して、小屋番から道を間違えたことを知らされて、ようやく間違いに気がついた。その時点で、すでに午後5時を過ぎていた。登山者は、非常に慌てて、そのまま道を引き返して三股に下山しようとした。小屋番がその登山者の装備があまりにも貧弱だったので、ヘッドランプの装備の有無を尋ねたところ、何も持ち合わせていないことがわかった。下山までに確実に日没になる。親切に小屋番はその登山者に懐中電灯を貸した。懐中電灯を持った登山者は蝶ヶ岳/大滝山/三股分岐点に引き返した推定時刻は午後7時間ごろだから、ちょうど日没時刻になる。もし懐中電灯を持っていなかったら、暗闇の森林の中は歩けないので、蝶ヶ岳ヒュッテに逃げ込んで一命を取り留めたかもしれない。しかし、懐中電灯を持っていたから、それを頼りに遭難者は、暗闇の中、三股登山口を目指して死の行軍を開始した。
第2のミスが暗闇の蝶沢で起こった。「悪路」の看板から続く岩礫帯は、自然に蝶沢を下る方向に入る。周囲の風景が見えない暗闇の中で、足元ばかりみていると岩がゴロゴロする蝶沢を下るルートを下り続けるミスが起こっても不思議ではない。遭難者は常念小屋を出発してからすでに14時間の行動時間が経過して肉体的に限界を越えていたはずだ。岩礫帯は歩きにくい。遭難者は蝶沢の岩礫帯で疲労困憊して身動きができなくなって闇の中で岩に座り込んだのだろう。遭難事件の翌日は登山道を捜索したけれども発見されず、2日目の捜索で捜索隊員の一人が、「もしかしたら蝶沢を下りたのでは?」と考えて蝶沢を少し下った所にザックカバーとストックを発見した。遭難者はそこから約200m下った沢水の中に座るような形で遺体となって発見された。ほとんど外傷はなかったので、疲労低体温症で亡くなったと思われる。
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(Last modification July 25, 2017)