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心房細動、動脈硬化、虚血性心疾患とATBF1(ZFHX3)

私たちは1995年に400-kDaのATBF1(ZFHX3)をコードするcDNAのクローニング(J. Biol. Chem. 270: 26840-26848, 1995)を完成させ、最初に神経前駆細胞に遺伝子導入する実験でニューロンへの分化誘導因子であることを示した(Development 132: 5137-5145, 2005)。次に選択的スプライシング産物の300-kDaのATBF1(ZFHX3)は横紋筋の分化誘導因子である(J. Biol. Chem. 276: 25057-25065, 2001)ことを見出した。ATBF1(ZFHX3)は1つの遺伝子から2種類のmRNAが転写されて神経細胞または筋肉細胞の異なる方向へ細胞分化誘導する機能が明らかになった。

この数年間の世界各地の施設の大規模ゲノムSNP解析結果としてATBF1(ZFHX3)は川崎病、心房細動、動脈硬化、虚血性心疾患とリンクした因子であることが分かった。川崎病は小児期の炎症性疾患としてATBF1(ZFHX3)がPIAS3と相互作用してStat3シグナルを抑制する(Biochem Biophys Res Commun 314 97-103, 2004)メカニズムで理解できる。しかし心房細動、動脈硬化、虚血性心疾患とATBF1(ZFHX3)の遺伝的背景がどのように関るのかは不明である。この問題を解明することにより、従来は生活習慣病としてのみ認識されていた循環系疾患に対して、遺伝的リスクを評価した新しい予防法が生まれる可能性がある。

神経細胞も筋肉細胞も興奮する特性がある。この2種類の細胞は大量のエネルギーをミトコンドリアで作り出す、極めて酸素需要量が大きい細胞である。酸素は赤血球のヘモグロビンによって運搬される。出血はこの酸素供給が停止する最大の危機である。危機を乗り越えるために出血局所では直ちに血小板が凝集して一次血栓を形成される。血栓形成で個体の失血死は回避できるが、局所の組織細胞は急激な低酸素、低栄養に陥る。この危機情報を伝達するために血小板が破壊されると血小板由来増殖因子(PDGF)が遊離して周囲の組織細胞に情報を伝達する。

私たちは2010年にATBF1(ZFHX3)の標的遺伝子としてPDGFRB(血小板由来増殖因子B型受容体)に着目した(Dis. Model. Mech. 3: 752-762, 2010)。PDGFRBを介する細胞内シグナルはATM→LKB1→AMPK→TSC2を経てmTORの活性を低下させてオートファジーを誘導する新しいシグナル伝達系のメカニズムを発見した。

オートファジーは障害を受けた細胞内小器官を分解する系として重要である。細胞内小器官の一つである障害を受けたミトコンドリアを分解処理するためにもオートファジーが使われる。障害を受けたままミトコンドリアを放置すると、チトクロームcが遊離してアポトーシスシグナルが活性化して細胞死が起こる。神経細胞も筋肉細胞も再生メカニズムを持たないために、アポトーシスの選択は直ちに組織機能障害に繋がる。生存して健全に機能し続けるためには細胞内小器官の品質管理を厳重に行う必要がある。ATBF1(ZFHX3)の機能は、遺伝子発現レベルでミトコンドリアの品質管理シグナル伝達系を支えていると考えられ、その機能障害が心房細動、動脈硬化、虚血性心疾患などの慢性疾患を引き起こしているメカニズムが現時点では想定できる。

新しいシグナル伝達系を構成するATM: Ataxia-Telangiectasia、LKB1: Peutz-Jeghers Syndrome、 TSC2: Tuberous sclerosis因子群は、すべて遺伝性の腫瘍増殖性疾患の原因として知られている因子であった。ATBF1(ZFHX3)はこれらのシグナル因子の最上流にあるために、その異常は腫瘍発生に繋がる。実際にATBF1(ZFHX3)の異常が胃癌、肝臓癌、前立腺癌、乳癌で証明されてきた経緯と整合性がある。2009年以来ゲノムの大規模解析で心房細動、動脈硬化、虚血性心疾患にATBF1(ZFHX3)がリンクする理由を分子メカニズムで理解するベき段階である。この問題を解決することは健康な生活を維持するために非常に重要である。

References