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チーム猫屋敷:山行報告書(奥穂高岳)

<山行記録>

7月27日(金)晴れ

集合時刻午後8時の予定が、参加予定のメンバーの1人の仕事の遅れから名古屋出発時刻が大幅に遅れて午後11時になった。聡さんの高速運転で沢渡駐車場へ急行した。翌日の午前2時半に目的地の駐車場に到着した。車の横にテントを建て、すぐに就寝した。シュラフカバー1枚で充分に温かった。

7月28日(土)晴れ

天狗沢 ・ 天狗のコル避難小屋の廃墟

午前4時には自分はいつも通り目覚めたが、周囲が起きてきたのは午前6時半ごろ。前日購入したコンビニのお握りを食べつつ装備分けをして午前7時半にタクシーで上高地に向かった。出発時刻が予定より遅れているので、午後2時までに天狗のコルに到着できなければそこでビバークする覚悟を決めた。各自の水筒は満水にして岳沢ヒュッテを出発した。小生は水筒に3Lの水を確保した。天狗沢の登りは快適で、広大なお花畑にはミヤマキンポウゲ、ハクサンイチゲが咲く。「畳み岩」の逆層となっている岩壁がどんどん近くなって迫力が出てくる。

天狗のコル直下の雪渓はキックステップで登れた。天狗のコルは避難小屋の廃墟が残る不気味な場所であった。岳沢ヒュッテからここに至る途中でメンバーの1人が遅れ始めた。その場でパルスオキシメーターを使って測定した結果、SpO2=90%を示していた。この値では急性高山病症状ではなさそうだ。持久力不足=所謂「シャリバテ」であろうと考えた。何はともあれ限界時間以内で天狗のコルに到着できたので、暫し休憩して奥穂高岳への縦走に突入した。

ジャンダルム(gens d'armes,フランス語で憲兵)標高3,163 m

幸いにも天候に恵まれて岩は乾き、風もなくジャンダルム〜馬の背〜奥穂高岳山頂まで素晴らしい高度感を楽しむ縦走になった。体調不良で遅れていた仲間が空身でフラフラと、その後からリーダーが二つのザック重ねて背負って登ってきた。

奥穂高山荘が見えた。時間はすでに午後6時近くなっている。ジャンダルムから既に4時間近くも経過している計算になる。時間が経つのを忘れるほど緊張して歩いてきたのだろう。奥穂高岳の白出コルに到着したのは日没直前の午後6時半であった。遠くで雷音も聞こえ始め、テントを設営した直後に雨が降り出したのは幸運であった。岐阜大学医学部奥穂高診療所の挨拶をしたところ、滞在する医学部学生らが調理した美味しい手作りの餃子やフルーツチェのデザートの差し入れがあった。

午後9時の消灯後に診療所の建物で加藤義弘医師(岐阜大学小児科から現在は岐阜医療科学大学教授)と医学部学生の金田さん、高田さん、石川さん、山小屋の従業員らとの楽しい交流会を持った。

岐阜大学医学部奥穂高診療所にて(中央の青いシャツが加藤教授)
加藤先生は10年ほど前に名古屋市立大学医学部女子学生2名が奥穂高診療所で実習させていただいた時にご指導いただいた先生であることが分かった。お互いに毎年、梓川を隔て対峙する山岳診療所に登りながら、なかなかお会いできなかった。加藤先生にお会いして登山生理学に関する有意義な議論をすることができた。加藤先生の臨床調査結果でとして高山では収縮期血圧は通常変化しないが拡張期血圧が有意に上昇しているデータが出ているそうだ。メカニズムの詳細は不明であるが拡張期血圧の上昇は静脈還流が損なわれている可能性を示唆している興味深い結果だと思う。私も標高で血圧がどのように変動するか?に興味をもって自分自身を被検者として、測定した結果でも、標高によって拡張期はほとんど下界と変動がなかった。血圧は標高差よりも体位を変化の影響が非常に大きいことを実体験できた。体位による血圧制御系がうまく機能しないと起立生低血圧発作が起こる。因みに、下界でよく診る起立性低血圧は、一次的には重力によって血液が下肢に溜まってしまうことが原因で起きると言われている。静脈還流が損なわれ、その結果(スターリングの法則により)心拍出量が減少して動脈圧が低下する。例えば臥位から立位になると、胸郭から約700mlの血液が失われる結果、収縮期血圧は低下するが、拡張期血圧は上昇することになる。(http://ja.wikipedia.org/wiki/起立性低血圧)。

7月29日(日)晴れ

涸沢岳をピストン。北穂高岳までの縦走を中止してザイテングラードで涸沢に下山した。ザイテングラードの左右のガレ場ではカラガラと雷のような音を出して落石が飛んでいくのを目撃した。ザイテングラードは稜線の地形だから簡単には落石事故が発生する場所には見えない。しかし敢えてリーダーの聡さんは皆に「急峻なルートだ。絶対に落石を誘発させないように。」と注意を喚起した。その背景としてこの場所で昨年8月に起こった落石による死亡事故が念頭にあったように思う。現場にいた登山客の証言記録を読むと、自然発生的落石事故ではなく、一人の登山者が誘発した落石(直径50-60cm、推定150kg)が小学校2年生の背中を直撃した。落石に当たって孫が落ちるのを見た62歳の祖父は、とっさに両手を出してその孫を救おうとして一緒に転落して死亡したらしい。事故を目撃していた登山者がInternet上で事件の経緯を記載している。慎重でありながら、我々の下山速度は実に早かった。おそらく一般登山者の2倍ぐらいの早さで、次々に登山者を抜かして飛ぶように下山してしまった。

東大涸沢診療所

東大涸沢診療所に到着したのは午前9時頃だった。玄関横の岩の上で赤木大輔先生(心臓血管外科)が日向ぼっこをしつながらiPadを広げていた。学生代表の荒川晶君は天気がよいので岩壁にクライミングに出かけて留守のようであった。こちらの名前を告げると、学生が荷揚げしたというビールで歓迎してくれた。涸沢カールの大雪渓の絶景を眺めながら飲むビールは格別美味しかった。パノラマコースは一般道として閉鎖中である。赤木大輔先生に理由を聞くと、屏風岩のコル手前に残っている雪渓のトラバースで一般登山客の滑落事故が起こる可能性がある。しかし「皆さんだったら何も問題ないとおもいますよ。」という説明だった。ただチーム猫屋敷のメンバーは、ビールを飲んで完全にリラックスモードに入っていたので無理せずに涸沢-->本谷出合い-->横尾-->徳沢経由の一般的ルートで上高地へ下山した。

日大徳沢診療所

途中、日大徳沢診療所に立ち寄って麦茶を御馳走になった。徳沢から上高地へ至る登山道で足を引きずって痛々しい歩き方をしている女性に遭遇した。聡さんが「大丈夫ですか?」と声を掛けた。「登山靴が当たって足首が痛む」という返事だった。ゆっくり歩けば帰れるようだったので、とくに介助けせずにその場を過ぎることにした。翌7月30日(月)早朝の蝶ヶ岳ボランティア診療所からの症例報告の中にこの患者さんと思われる症例が含まれていた。固い登山靴によって、足首周囲の軟部組織が圧迫障害を受けて、歩くたびに疼痛があり、歩行障害を起こしたようである。類似する症例は私も経験している。クッションを入れて包帯で巻く処置をしても局所疼痛は消えない。もっとも簡単で確実な治療法は、足首が自由に動かせる運動靴に履き替えることだ。それだけで問題なく歩けるようになる。

(まとめ)

第一の目標:天狗のコルから奥穂高岳までの岩稜帯の縦走を達成した。
第二の目標:この山域にある山岳診療所を尋ねて意見交換を実現した。
反省:登りで疲労困憊してザックを担いで歩くことができなくなったメンバーが出た。そのメンバーは出発直前まで仕事が激務で充分な体調管理ができていない状況が背景にある。登りで調子が悪くザックを担いで歩くこともできないほど疲労困憊した状況を心配したけれども、標高2996mに位置する白出のコルで一夜明けて下山に時には完璧に元気を取り戻していることから、急性高山病は除外して診断してよいだろう。入山前の食生活や睡眠という基盤が登山時の持久力に大きな影響を与えることは実験的にも証明されている。ただし実際の登山者の状況を観察していると、その登山能力は精神的要因による影響を受けている印象を持った。

三浦 裕
愛知県山岳連盟所属 社会人山岳会 チーム猫屋敷
名古屋市立大学医学部分子医学研究所分子神経生物学(生体制御部門)准教授
名古屋市立大学蝶ヶ岳ボランティア診療班運営委員長


三浦裕エッセー目次
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(Last modification August 3, 2012)