連載小説:暗黒饂飩

第一話:淘汰(98/2/7)

 Sの死を知ったのはまったくの偶然からであった。Sの下宿に電話した時出てきたのは彼の母親だった。部屋を引き払いに来ていたところらしい。来週Sの葬儀だという。息子の死を告げる母親の心中を推して私は瞬時言葉が詰まった。意外に落ちついた声で彼女は葬儀に出てくれないかといった。ええ、勿論とだけ答え電話を切った。あれがSとの最後になってしまったなと昔を思い出す。私は初めて泣いた。 


 翌日Sの下宿を訪ねた。そこにいたのはSの妹であった。見るのは初めてだったがすぐ分かった。存在は聞いていたし何よりSのがSによく似ている。見知らぬ人間の来訪に少し驚きを顔に浮かばせたがすぐ笑顔になった。Sのような人見知りの気はないようである。

 兄のお知り合いですかというのでそうだ、荷物を取りに来たと答えると、どんなものでしょうかと問われ返答に詰まる。以前Sに、見せたい、渡したいものがある、暇があったら取りに来いといわれそのままになっていたことを思い出してやってきたのだが、Sのいない今他人には胡散臭い話にきこえるやもしれぬ。しかし話さねばどうにもならぬので事情を述べ、そのモノを見つけるために家捜しをしたい旨を申し出た。意外にも彼女はあっさりと部屋の捜索を許可した。

 部屋には荷物家具の類は2~3あるのみ。ああ、もう片づけてしまったんですねとあきらめたところ、いいや、私が来た時からもうこうでした、まるで自分が死ぬことを知ってたみたいです、彼女はそう言って顔を伏せる。私は見ないふりで屋探しを始めた。

「…ないみたいです。」
「どんなものかはきいてないんでしょ。」
「はい、でもわざわざ取りに来いというくらいの物だからそれなりの物でしょう、ただの湯飲みだの鉛筆だのではないと思います。」
「兄とは中学の頃からお知り合いだったんでしょう。あなたは忘れてしまってるけど、兄があなたから何か借りた物があってそれを返そう思ったんじゃないんですか。」
「そうかも…。」
「失礼しまーす、書留でーす。」
Sからであった。 

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