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『漢方の臨床』40巻10号1338-40頁、1993年、10月

目で見る漢方史料館(66)

華岡青洲の手術図と脱臼整復図     解説 真柳 誠


 華岡青洲(一七六〇〜一八三五)については贅言を述べるまでもないが、通仙散による世界初の経口全身麻酔で乳癌摘出手術に成功したのは、文化元年(一八〇四)十月十三日のこと。今から約一九〇年前だった。以後、没するまでの約三〇年間、紀州那賀平山の青洲のもとには全国から多数の患者、そして門人が集まっている。

 乳癌だけでも一五三例、その他の領域でも数々の手術を行っていた。門人の本間棗軒は文政十年(一八二七)、長崎に約二ヵ月滞在してシーボルトに師事したが、その手術は青洲にとうてい及ばないという手紙を記したほどである。青洲は麻酔手術の前に半夏瀉心湯、術後の覚腥促進に三黄瀉心湯などを用いたという。このような漢方の併用もシーボルトのなしえぬことで、いかにも古方を吉益南涯に学んだ青洲らしい。

 青洲自身は著述をなさなかったが、治験は門人により数多く記録されていた。その様子を如実に伝える文献に、彩色絵図に簡潔な説明をつけた一連の写本がある。華岡・華岡氏・華岡家や塾名の春林軒、青洲・青洲先生・青洲華岡先生などを書名に冠した、奇患や整骨や繃帯の図・図録・図説・図譜・図巻・図識などと名づけられる書である。

 図1は『春林軒奇患図』(北里大学白金図書館蔵)上冊にある珍しい青洲の手術図。「先生、刀を下し粉瘤膜塊を取る」とあり、不精ひげに今も伝わる愛用の眼鏡をかけ、患者に膝枕をさせて粉瘤(アテローム)を真剣なまなざしで切除している。本書上下冊には他に百例をこす諸疾患の彩色図説があり、画者はいずれも同一。その名は伝わらないが、相当に絵心のある人だろう。

 図1と同じ絵の図2が『外科手術図巻』(順天堂大学図書館蔵)にあり、他図もおよそ一致する。こちらは枕があり、患者名も湯浅伊兵衛と明記する。また不精ひげもないが、絵画としては図1に雅風を感じないでもない。

 図3は昨年が没後四〇〇年のフランス人外科医、アンブロアズ・パレが行った肩関節脱臼の整復法で、一八四〇年刊のマルゲーヌ版『パレ全集』第二巻の図。これはギリシャ・ローマ時代から伝承された方法という。

 図4はそれを発展させた方法。『春林軒治術図識(仮名)』(北里大学白金図書館蔵)に車転術の第三法として載り、「図のごとく患者の膝をくくり、腋下へ棒を入れ、人に荷わせ、その手を下ぐる」と説明する。

 本書の前半には諸関節脱臼の整復法が計一五図説、後半には繃帯の方法が計一一図説ある。画者は図1と同じで、全人物は唐人風に描かれる。同系の整骨図説では日本人にする写本もあるが、本書はヨーロッパ起源の絵図を当時の中国趣味(シノワズリ)で改めた点が面白い。

(北里東医研・医史学研究部・医博)