試してみたいホレ薬

 ホルモンは体内の標的器官に影響を与えるが、フェロモンは体外に放出されて同種動物の生理機能に影響する。昆虫の性フェロモンや警報フェロモンが有名で、哺乳類ではジャコウ鹿などのオスが性腺から分泌物を出し、その香りで遠くのメスを呼び寄せる。  

 この分泌物を麝香(ムスク)といい、何万倍にも希釈すると独特の甘い香気に変化し、配合した香水をつけた女性に男性は魅惑されるような気になるらしい。私ですらそんな気分になった一瞬があったような〜、なかったような〜。

 しかしジャコウ鹿のメスを呼び寄せるフェロモンで、種も性も違うヒトのオスが魅惑されるのはどうも合点がいかない。反対に女性を夢中にさせるフェロモン配合、などという怪しい薬の広告もたまに見かける。ヒトにそんなフェロモンあるのだろうか。

 でも異性さらに同性にも好かれたいのは、ヒト全般に共通する願望だろう。フェロモンも分からない時代からムスクは利用されてきたし、中国でもそうした願望をかなえるホレ薬的な処方が古くから開発されていた。

 平安の10世紀末に編纂された『医心方』全30巻には、今は失われた隋唐以前の書から愛情願望の各種処方が引用されている。その巻26の相愛方第5から、現在も試せそうなものを紹介してみよう。

 まずは片思いの人に。

『竜樹方』にいう。ひそかに片思いしている女性と相愛になりたい者は、その姓名を14枚書き、東向きに正座して最初に汲んだ井戸水で日の出と同時に飲み下す。必ず効験があるので、秘して人にもらしてはいけない。

『如意方』にいう相愛の術。自分の靴の裏の泥で3丸を作り、ひそかに相手のベッドの下に入れておくとよい。

『霊奇方』にいう。かまどの土をニカワ液に溶いて屋上に置き、5日後にそれを相手の服につけると相愛となる。

『枕中方』にいう。老子がいうには、女性に愛されたいなら、その人の髪20本を焼いた灰を酒で飲むめばうんと愛される、と。また結婚相手がみつからない男性は、オンドリの羽14本を焼いた灰を酒に入れて飲むと必ずみつかる。

『延齢経』にいう。未婚女性の髪14本を縄状に編んで所持しているのを見せると、相手は身もだえして自分を好きになる。またオンドリの左足の爪と未婚女性の爪を焼いた灰を相手の服につけてもいいし、自分の伸びた爪と髪を焼いた灰を相手の食事に混ぜると3月も会っていなかったほど愛される。

 夫婦円満になりたいご家庭には次の処方がある。
『如意方』にいう。鵲(カササギ)の巣がある屋根の下の土を焼いた屑を、二人で酒で飲むと夫婦相愛になる。また婦人の頭髪20本を焼いてベッドに置いても、たちまち夫婦相愛になる。

『霊奇方』にいう。黄色い土を酒で練り、ベッドルームのドアの下方に直径1寸の円に塗ると年老いても相愛のままとなる。

『枕中方』にいう。夫婦仲が悪いとき、かまどの前に頭髪を埋めると鳥のつがいのように相愛になる。また夫に愛されない妻は、ベッドの下のホコリを内緒で夫に食べさせると敬愛される。

 どうも愛情処方のキーワードは、場所がベッドやかまど、薬は土・髪・爪・オンドリ、数は14か20のようで、それらを焼いて酒や井戸水で飲んだり、服につけたりすると効くらしい。さらに人望がないとお悩みの諸兄姉むけ処方もある。
『霊奇方』にいう。尾つきの豚の皮を1寸3分角に切り、襟の中に入れておくと天下の人、誰からも愛される。

『枕中方』にいう。東に伸びた桃の枝で5月5日の日の出前に人形を作り、帯にはさんでおくと世の人は気品があるといい、自然に敬愛される。孔子がいうには、井戸水で造った酒を飲むと老いず、貴人から尊敬され、そのうえ兵も虎も狼も逃げてしまう、と。

 豚の皮や桃枝の人形は試す気になれないが、孔子様がおっしゃる井戸水で造った酒なら日本酒がそうで、私は鯨飲するとたしかに虎も狼も怖くなくなる。しかし、却って人望が失せてボケる一方なので、どうも孔子説には従いがたい。ついでに愛情がらみでは、なんと浮気まで治してしまう処方が開発されていた。
『如意方』にいう。浮気を止める方術。3歳の白いオンドリの両足の指を焼いた粉を女性に飲ませると、浮気はすぐ止む。また妻の浮気心は牡荊(ニンジンボク)の実を呑ませると自分一途になり、白馬の右足の下の土をひそかに妻のベッドの下につけておくと、寝言で浮気相手の姓名をいう。

『延齢経』にいう。女性の浮気を治し、相手を言わせる処方。ニカワと大黄の粉末を女性の服につけると、自分から話し出す。

 以上は時代が時代ゆえ、男性本位が多いのはいたしかたない。しかし異性の心を自分のものにしたい、しておきたいという願望は古今東西まったく変わらないことがよく分かる。
 
 にしても『如意方』といい、『霊奇方』『枕中方』『延齢経』といい、なんと欲望まる出しの直截な書名なのだろう。みな失われた書だが、『医心方』に引用文が残ったのは幸い。『医心方』を愛読した平安貴族もこれらホレ薬を試しただろうか。怪しげなフェロモン配合薬より、きっと心理効果が強かったに違いない。
(水戸の舞柳)

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