酒とバラと中国医学の日々−紀元後編

 

 「医食同源」という成句があるが、中国や江戸時代までの文献に見たことがない。『広辞苑』には91年の第4版から収載され、書名では72年出版の藤井建『医食同源 中国三千年の健康秘法』が最も早い。漢方MLでの清水央雄氏のご教示によれば、新宿クッキングアカデミー校長の新居裕久氏が同年9月のNHK『今日の料理』で、中国の「薬食同源」を紹介するのに、誤解を招かないよう薬を医に変えて造語したという。薬食同源のほうが中国の語法にかなうので、たぶんそうに違いない。

 ならば、ついでに造語したい。もとは「酒医薬同源」だったと。というのも古代中国の医療に酒は不可欠で、それは「醫」という文字の由来からしばしば語られる。すなわち紀元100年ころの中国最古の字書『説文解字』に載る「醫」の字形について、その上半分「医+殳」は病人のイーという苦痛の声、下半分の「酉」は治療に用いる酒を示し、この会意文字が醫と解釈されているからである。醫者は、医つまり匚(箱)に入った矢(外科器具)と、内科に酉(酒)を用いる。だから酒は医薬だった。
 
 さらに、この酒の古字「酉」を『説文解字』でみると「成熟した8月のキビで造る酎酒」、また「酎」は「発酵を3回重ねた醇酒」とある。1世紀ころの「酉」はキビを3回加えて発酵を重ね、アルコール度を上げた「酎」だったらしい。今の「焼酎」とは製法も異なれば芳醇さもおよそ違っていただろう。このほか、『説文解字』には醪や醴など医書でも馴染み深い文字がある。さすが「酒医薬同源」の国、古代でも多種の酒が医薬に利用されていたらしい。
 
 しかし、いくら古代だろうが、酒が医薬専用ですむはずはない。3世紀初の漢方古典『傷寒論』でも、「酒飲みの病に桂枝湯を与えてはならない。服用すると嘔吐する。桂枝湯は味が甘く、酒飲みは甘い味を喜ばないからだ」と注意するくらいである。大酒漢もおれば、悪い酒で一見、桂枝湯の適応らしい「脈浮・頭痛・悪風・発熱」を発症する者もいたのだろう。こうなると酒は薬などと言ってはおれない。まさに酒毒である。医者が悪酔・宿酔の原因や治療を考える必要に迫られるのは当然だった。

 そこで7世紀初の病因論書、『諸病源候論』を見てみよう。やはり「飲酒中毒候」「悪酒候」「飲酒後諸病候」などの項目が巻26に設けられている。たとえば悪酔いの原因と症状について、「飲酒過多では酒の毒熱が臓腑に及び、傷寒や温瘧の病に類似した症状を起こすが、それは各人の臓気の虚実に左右される」と、いたってまともな解説がある。そうしたとき桂枝湯を投与できないのなら、一体どうすべきか。もちろん色々と方策が練られたに違いない。

 平安の10世紀末に著された現存最古の日本医書、丹波康頼『医心方』の巻29を開くと、「酒客(酒飲み)病」として8項目・38処方、よほど効験のありそうな治療法が集められている。たとえば「飲酒で大酔するのを治す方法 第18」の項目では、7世紀の中国医書『千金方』から「酒を飲んだらすぐに吐き出すのがいい」なる文章を引く。なんとも頗る合理的ではある。必要に迫られてこの頁を開く大酔者の戒めに、あえて丹波康頼はこれを引用したのではと勘ぐりたい。

 酒に弱いとお悩みの諸兄姉には、「飲酒しても酔わない方法 第24」がある。ここでも『千金方』から、「酒で酔わない方法。柏と麻の種仁各2合を一服する。酒が3倍進む」と3倍も飲めてしまう処方。また「飲酒後の酒気を消す方法。カブの干した根14個を3回蒸し、そのすり潰した2銭を飲酒後に水で服用する」と、酒気帯び運転を助長しそうな処方まで引用されている。

 『医心方』のこれら項目は「断酒して飲めなくする方法 第25」で終わる。これを最後に置くあたり、飲酒の害を除くには禁酒よりないことを強調したのではなかろうか。ともあれ平安貴族社会でも、酒毒が相当に蔓延していただろうことは想像に難くない。そして世界中で、古くから愛飲家の悩みを解決する方法が講じられていたのである。しかし現在の日本では、せいぜい黄連解毒湯など数種の「医療用」漢方処方を転用する程度で、もはや酒毒・宿酔に卓効の処方が追求されることはないようだ。

 ところで15年も昔の話で恐縮だが、北京のある製薬会社が老中医家伝の秘方とやらを基に「酒仙楽」なるエキス顆粒剤を開発し、酒毒に特効ありと外人用ホテルのバーやレストランで売り出したことがあった。ほどなく「酒仙楽」が連日の宴会で茅台(マオタイ)酒の毒気に苦しむ在京外国人、とりわけ漢方の予備知識がある日本人駐在員の間で話題になったことは言うまでもない。
 
 そして数か月を過ぎたころ、外人に試験販売した評判に気を良くしてか、今度は一般向けの大層な広告が『北京晩報』という新聞に出されたのである。しかし、その翌日には早速「このような薬は社会主義から逸脱している」との抗議が殺到し、即座に外人向けまで販売中止になってしまった。
 
 ちなみに筆者も、「酒仙」たらんと朋友らと親試実験したことがある。だが説明書より処方は黄連解毒湯の加味と分かり、心理効果も失せてしまい、残念ながら「社会主義からの逸脱」は体験できなかった。むろん今の何でもありのご時世なら、たとえテレビで派手に宣伝しても話題にすらならないだろう。

 およそ酒毒を消し去る方法があるなら、それはまた酒精をもただの水に変えてしまうに相違ない。畢竟、「医療用」漢方処方を転用する程度の解毒で満足すべきなのだろう。頭痛に目覚めた親試実験の翌朝、ただれた胃底によどむ茅台酒の臭気に辟易しながら、そんなことを愚考していた。

(水戸の舞柳)

→戻る