シンポジウム「東洋医学と中医学はどちらがいい名称か」

  ある春の夜、北京は地下鉄東直門駅ちかくのうす暗い餃子小屋のすみ。日中両国のうるさがた各一名が、共同で一仕事おえた気楽さもあって、ついに上のテーマで日ごろの蘊蓄とウップンをきたんなくイチャモンつけた酔談を始めた。あまりに白熱し、しかもハイレベルな議論だったので、ここにその一部始終を日本語になおして再録し、諸賢のご参考に供したい。
 
:ところでね、漢方医学と東洋医学はどうちがうわけ?。

:薬を使うのをふつう漢方といって、針灸を入れない場合が多いみたい。針灸を含めた全体で東洋医学っていうのかなー、西洋医学とは違う意味で。だから気持ちとしてはアラブやインドのも入れて、アジアや東洋の伝統医学というところさ。小姐、ビールもう2本。こんどは冷たいのね!
 
:夏でもないのに、なんで日本人は冷たいのにこだわるの?。  

:いいの!。ビールはけっきょく胃熱になるから冷たくて。  

:でも変じゃない?。アラブやインドのも含めて日本医学なんて。アジア医学とか東方医学なら分かるけど。
 
:??。だから東洋医学っていってるじゃない!。

:???。でも東洋って日本でしょう。むかし日本兵を東洋鬼って呼んでたの知らないの?。オリエントは東方だよ!。

:あー分かった。それで東洋医学が変だといってるんだ。

:そうさ。マルコポーロの本は『東方見聞録』だよ。  

:あのねー、こっちはオリエントを東洋と翻訳したの。そっち が東方と翻訳したのも勝手だけど。小姐、ビールまだー?。
 
:そうか東洋医学って、東方医学だったんだ。なーんだ。  

:なーんだじゃないの!。それなら前から文句いいたいことあ るんだ。
 
:どうぞ。でも、こうなるとビールは冷たいのだね。

:あのね、日本で東西結合なんてたまにいうけど、ここでは中西結合っていうじゃない。あれ変だよ。
 
:そうかー。「東西」って中国語で「物」のことだから物結合なんて変だから、あれ日本医学と西方医学の結合のことと思ってたけど、東洋と西洋のつもりで東西だったのかー。

:それはそーだけど。ん?。違うよ。変なのは東西結合じゃなくて、中西結合さ。だって西に対応する
のは東じゃない。それに漠然とした西に対するのが具体的な中国なんて、論理の矛盾だよ。
 
:そんなことないさ。小姐、その塩ゆでピーナツも一皿ね。そもそもね、大航海時代にヨーロッパ人がアジアの旧大陸用を東インド会社、新大陸用を西インド会社と呼んだのは方位的に当然なんだよ。北極と南極をのぞけば東西南北はある地点から判断するのだから。だから中国の医学と西方起源の医学との結合、というほうが方位的にはっきりしている。東西医学結合をそのまま英語に直訳したら、ふつうのアメリカ人は絶対に方位を正反対に誤解するね。
 
:まったく、よくいうよ。じゃー東西結合は変でもいいさ。だけど中西結合もどっこいおかしいよ。だいたい今の中国医学と現代医学の結合のつもりで中西結合というんだろう。100年以上も前の西方ヨーロッパ医学との結合じゃないだろう。時代と地域の概念が混乱してるのさ。だから中国伝統医学と現代医学の結合、と正確に いえばいい。

:あんたも、よくいうよ。小姐、ぬるくていいからビールあと2本ね。でもさー、それをどう呼ぶ?中現医学結合とでも略せというのかい?。
 
:もーだめ。それがいけない!。日本もだけど、やたらと略した業界用語を造りすぎる。そんなに略してばっかだから、お互い誤解するの!。後世の人間だって意味わかんなくなるよ。ところで、このぬるビールとゆでピーナツはいいね。これこそ中西結合だ。
 
:だけど漢方だって略してんじゃないの。日本の伝統医学とは知ってるけど、漢字そのままじゃ、てんで意味不明だよ。
 
:問題ないさ。どんな辞書にも載ってるから。いまも将来も誤解する人なんかいないよ。それにKampoとか書いて日本の伝統医学なんて、でっかい英語の辞書に載ってるらしいし。

:でも漢字で意味不明な漢方なんてやめて、日本伝統医学とか日医学とでも言い直せばいいだろう?
 
:だーめっ! 200年以上は使い続けてる言葉なんだから。英語ならTraditional Japanese Medicine (TJM)とでも訳すけどさ。中医学をTraditional Chinese Medicine(TCM) というようにね。えー っ!、お店もうかんばんなの? そーだ、思い出した。最後に一言 。中医学、あれ最悪。もー、イチャモンつけてやる。

:目が変だよ、目が。悪酔いしてるよ、絶対。もう帰ろー。

:なにをおっしゃる、お富さん〜っと。東洋医学が変とか、漢方が意味不明とか先にからんだのはどちらさんでしょうかね〜。
 
:んじゃー拝聴しましょう。このビール終わるまで。
 
:そっ、そ〜なのよ。中国の中って、中央とか中心のほかに上中下の中、つまり中くらいって意味あるじゃない。だから中国医学をさー、中医学とか中医なんて略すとマズイのよ〜。だいたい医者を腕前で上医・中医・下医に分けるのは中国にうんと古くからあるよねー。だから中医はたいしたことない医者なのよ。この諺うんとあるの忘れてたっていうの?。中医学って略したんでも、たかだか50年じゃない。そんなに略したけりゃ、いっそのこと中国やめて上国にしてさ、上医学とか上医にしたらどう。はい、はい、かんばんね 。もう帰りますから。おいくら?。
 
:まったく、よけいなお世話さ。世界の人口の何分の一というこの国の人間がこれで納得してんだから。日本が国名を東洋って改称し、東洋医学というんなら考えていいけどさ。でもまー、同じ漢字だからといって、それぞれ自国で通用している用語に他国人が口 をはさむことはできないわけだ。わかっよ。そうしよう。
 
:ウイ〜、そうだ。そうなのだ。謝々、小姐。再見〜!。

こうしてシンポジウムの第二幕も無事終わり、北京の夜はなごやかに更けていったのだった。
                        

(水戸の舞柳)

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