本方には同名異方や類似方があるが、日本でふつう用いられる升麻葛根湯は、升麻・葛根・芍薬・甘草・生姜の5味からなる。もちろん升麻・葛根の2味を主薬とし、湯剤なのでこの処方名が与えられたに相違ない。
当5味の升麻葛根湯は1587年成立の『万病回春』巻2の傷寒門が出典で、次のように記されている。
升麻葛根湯 傷寒の頭痛、流行疫病の強い悪寒・発熱、全身疼痛、発熱・悪寒や鼻乾して熟睡できないのを治す。兼ねて季節はずれの暑さ寒さで疫病がはやり、服を脱ぐほど体が突然熱くなるのを治す。また瘡疹が出るか出ないかの時期に服用するとよい。升麻2銭、葛根3銭、白芍薬2銭、甘草2銭。以上を細切して1剤とし、生姜3片を加えて水で煎じて服用する。同名方では1107〜10年の第1版『和剤局方』巻2の傷寒門に載る升麻葛根湯があるが、生姜を加える指示はない。ただし主治条文が近似しているので、『万病回春』は『和剤局方』の処方を下敷きにした可能性が高い。この生姜がない4味で、類似した主治文の処方では、1093年序の『小児斑疹備急方論』に載る升麻散、1108年成立の『傷寒活人書』に載る升麻湯等を小山氏が報告(『エキス漢方方剤学』)している。また1749年成立の『医宗金鑑』には、薬味も主治もまったく違う同名異方の升麻葛根湯がある。
ところで本方主薬の升麻は、何故そう名付けられたのだろう。現在まで中国で出土した紀元前後の文献に升麻の薬名は見当たらないが、本草では漢代1世紀頃の『神農本草経』から収載される。この基原植物のひとつCimicifuga foetida L.の地上部、とりわけ葉形は麻と一見似るので、「麻」の字があるのは理解できる。
問題は「升」の字がなぜ付くかで、16世紀の『本草綱目』は気を上昇させる升性によるというが、それは金元以降の薬理説。漢代の名称解釈に安易に利用できない。しかし升麻を主薬とし、排膿や発疹させて皮膚病を治す処方は、漢代『金匱要略』の升麻鼈甲湯を始め多々ある。この排膿や発疹促進を「升」と表現し、升麻と呼ばれた可能性は想定していいだろう。