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真柳誠「漢方一話  処方名のいわれ85−清肺湯」『漢方医学』24巻4号175頁2000年7月

清肺湯(セイハイトウ)

真柳 誠(茨城大学/北里研究所東洋医学総合研究所)

 本方は慢性に経過した呼吸器系疾患で、粘稠な喀痰を伴う咳嗽などに用いられる。その病因を肺に停留した火熱と考えたので、肺熱を清ます湯剤の意味で清肺湯と名付けられたのに相違ない。本方以外にも何々清肺湯・清肺丸・清肺飲・清肺飲子など、同様のニュアンスで命名された処方は数多い。さらに五行説で肺は金に属すので、清金丹・清金丸・清金散・清金何々湯という処方まであり、各々に出典の異なる同名異方があったりする。

 そうした処方を調査したところ、南宋1241-52年の増補で『和剤局方』巻4に加えられた人参清肺湯が早く、これ以前に「清肺」がつく処方はどうも見当たらなかった。一方、清肺湯にも同名異方が少なからずあり、そのうち南宋1174年の陳言『三因方』巻13喘脈証治にある5味の清肺湯が比較的早いと思われる。

 ただし今の日本で常用される清肺湯は16味からなる別処方で、一般に明1587年の『万病回春』が出典とされる。ところが本書巻2咳嗽門に載る清肺湯は13味で、今の処方より生薑・大棗・竹茹の3味が少ない。だが宋代12世紀頃からの通例で、薬味を列記した後に「生薑・大棗を加えて煎じる」とあり、実際は15味で今の処方より竹茹1味が少ないことになる。さらに方後の加減をみると、痰や咳の症状が強い場合には本方に竹瀝を加える指示が多く記されている。

 竹瀝は生のハチク(漢名を淡竹)の稈(いわゆる茎)を火であぶり、切断面からにじみ出た汁を集めたもの。竹茹もハチクの稈が薬材で、その外皮を削り去り、内側の白色部分を細長い糸状に削ったもの。マダケやモウソウチクから同様に製した竹瀝・竹茹もある。いずれにせよ液体の竹瀝は入手も保存も難しいため、代わりに竹茹が清肺湯に加味されたのだろう。

 なお小山誠次氏は竹茹を加味する最初の例を『漢方一貫堂医学』(1964)に見いだし、16味の清肺湯は『万病回春』と一貫堂方が出典と記す(『エキス漢方方剤学』)。わずか1味の問題とはいえ筆者も同感で、今後は出典を「一貫堂方」とするのが正確なように思う。