真柳誠「漢方一話 処方名のいわれ65−香蘇散」『漢方診療』17巻6号4頁1998年12月
生姜の入る香蘇散は『衛生宝鑑』(1281)にあるが、薬味や主治が相当に違う。一方、『世医得効方』(1337)の傷寒門に載る香蘇散は、原方の4味に蒼朮・葱白・生姜が加わっている。これあたりが、江戸前期の『衆方規矩』より4味の香蘇散に、葱白・生姜の加味を指示するルーツとなっているのだろう。さらに現在の生姜が加わった5味の香蘇散にいたったらしい。
さて本処方名のいわれであるが、もちろん構成薬味の香附子と紫蘇葉から香と蘇の各1字を採り、散剤なので香蘇散と名づけたに相違ない。
香附子は附子と関係ありそうな薬名だが、植物はカヤツリグサ科のハマスゲでまったく違う。3〜5世紀の『名医別録』から莎草の名で本草書に収載され、香附子の別名は『新修本草』(659)からみえる。細長い地下茎を横走させ、そこに薬用とする塊茎が連続して生じる。この塊茎の形が附子に似ており、精油が多くて香気があるので香附子と呼んだのだろう。
紫蘇葉も『名医別録』から蘇の名で本草書に収載された。ただし漢代の『爾雅』が、「蘇は桂荏(香りのいいエゴマ)」と説明するので、植物自体は早くから知られていただろう。 500年ころの『本草集注』は、「葉の裏が紫色で香気の強いのを良品」といい、これを紫蘇と呼ぶのは唐代の『孟リ食経』や『千金翼方』からみえる。
こうしてみると、香蘇散の方名にもなかなかの歴史といわれがあった。さすがに中国である。