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真柳誠「漢方一話  処方名のいわれ27−麦門冬湯」『漢方診療』14巻2号41頁、1995年4月

漢方一話  処方名のいわれ27 麦門冬湯

真柳  誠(北里研究所東洋医学総合研究所)


 麦門冬湯は3世紀の張仲景が原本を著した『金匱要略』の肺痿肺廱咳嗽上気篇が出典で、麦門冬・人参・甘草・粳米・大棗・半夏の6味からなる。仲景の処方には主薬の名を転用したものが多く、当方も主薬の麦門冬から命名された処方といえるが、仲景方で麦門冬を方名に持つのは当方が唯一である。

 『金匱要略』は麦門冬湯を「大逆上気、咽喉不利」に、同じ仲景の『金匱玉函経』は「病後の労復発熱」に用いる。しかし『傷寒論』に当方はない。一方、麦門冬湯から大棗を去り、竹葉・石膏を加えたことになる竹葉石膏湯は、『傷寒論』『金匱玉函経』にあるが『金匱要略』にない。この竹葉石膏湯は白虎湯の変方とみることもできるが、方意からすれば麦門冬湯の類方と考えるべきだろう。

 なお麦門冬を含む仲景方は計5首あり、他に炙甘草湯が『傷寒論』『金匱玉函経』『金匱要略』に、温経湯と薯蕷丸が『金匱要略』に載る。以上の麦門冬湯・竹葉石膏湯・炙甘草湯・温経湯・薯蕷丸の構成をみると、麦門冬・人参・甘草の3味が共通する。これは麦門冬を含む仲景方の構成特徴と思われる。

 ところで麦門冬とは訳の分からない薬名である。仲景と同時代の『呉普本草』(208-239)は麦門冬の別名に「僕塁」を記し、前2世紀の墓から出土の『五十二病方』には僕塁を配した処方がある。したがって薬物としては早くから利用されたらしいが、麦門冬の名は現存する紀元前の文献に見えない。

 一方、天門冬を古くは満冬などといい、同音関係で門冬とも略書された。この門冬を前提に、根が麦類の小穂に似るので麦門冬の名称になった、と陶弘景(452-536)は解釈する。それが一般化したのは、麦門冬の名で初出する『神農本草経』の1〜2世紀あたりだろうか。麦門冬湯のいわれもなかなか難しい。