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真柳誠「漢方一話  処方名のいわれ19−小半夏加茯苓湯」『漢方診療』13巻11号21頁、1994年11月

漢方一話  処方名のいわれ19 小半夏加茯苓湯

真柳  誠(北里研究所東洋医学総合研究所)


 小半夏加茯苓湯は方名のごとく小半夏湯に茯苓を加えた処方、つまり半夏・生薑・茯苓の3味からなり、張仲景が3世紀初に原書を著した『金匱要略』を出典とする。同書には原方の小半夏湯や同一薬味の生薑半夏湯、類似薬味の半夏乾薑散、また兄弟処方の大半夏湯なども載るが、同じ仲景の書に由来する『傷寒論』や『金匱玉函経』にそれら処方はない。

 さて大小のつく兄弟処方は多いが、一般に仲景処方では小のつく方がオリジナルという。つまり小半夏湯はもと半夏湯といい、兄弟方の大半夏湯ができて小半夏湯になったらしい。『金匱』痰飲病篇の条文で小半夏加茯苓湯を「半夏加茯苓湯」と記すのは、その痕跡である。のち唐代7世紀の『千金方』や8世紀の『外台秘要方』にも各種の半夏湯があり、多くは半夏・生薑を含むので、仲景の半夏湯に由来するのだろう。なお古くは『霊枢』邪客篇の半夏湯があるが、半夏とモチアワからなり、仲景の半夏湯とは一致しない。

 この半夏・生薑の小半夏湯は悪心を止めるので、小柴胡湯・大柴胡湯・柴胡桂枝湯・柴胡加竜骨牡蠣湯や温経湯に含まれている。類似薬味の半夏乾薑散は半夏瀉心湯・小青竜湯・黄連湯の構成要素である。一方、茯苓が加わった小半夏加茯苓湯は嘔吐・めまい・胃腸障害への効果が強まり、半夏厚朴湯・二陳湯・半夏白朮天麻湯・釣藤散・参蘇飲などに含まれている。

 ところで半夏とは奇妙な薬名である。出土した紀元前の『五十二病方』や『万物』という医薬書にも記載されるので、かなり古くからの名称らしい。『礼記』月令の「半夏  生え」には、「夏の半ばに生えるから」という注がある。じじつ中国で半夏の開花は5〜7月なので、のち「半夏生」は夏至から11日目の7月2日頃を指す表現となった。このあたりが半夏の名のいわれだろうか。