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真柳誠「漢方一話  処方名のいわれ128 桔梗湯」『漢方医学』29巻1号40頁、2005年1月

桔梗湯(キキョウトウ)

真柳  誠(茨城大学/北里研究所東洋医学総合研究所)


  本方は3世紀の仲景医書に由来する『傷寒論』(とその別伝本『金匱玉函経』)の少陰病篇、および『金匱要略』の肺痿肺癰{亥+欠}逆上気病篇が出典で、桔梗と甘草の二味からなる。これを桔梗湯と名付けたのは、桔梗を主薬とする湯剤だからに違いない。

 主治文は、『傷寒論』に「少陰病二三日、咽の痛むは甘草湯を与うべし。差(いえ)ざるは桔梗湯を与う」、『金匱要略』に「{亥+欠}して胸満し、…は肺癰たり。桔梗湯が之を主どる」「桔梗湯方、また血痺を治す」と記される。なお『傷寒論』での桔梗配剤方は通脈四逆湯の加減方と白散のみだが、『金匱要略』では侯氏黒散・薯蕷丸・外台桔梗白散・排膿散・排膿湯・竹葉湯・四時加減柴胡飲子・紫石寒食散と多い。

 ところでキキョウ科のキキョウは東アジア固有の1属1種で、英名をJapanese Bellflowerともいう。むろん和名のキキョウは漢名・桔梗の音読に由来する。桔梗は1世紀頃の『神農本草経』中品に載るのが伝世医書での初出だが、出土書では前2世紀を遡る馬王堆医書の『五十二病方』等に配剤方がある。また『荘子』『山海経』『戦国策』など紀元前に遡る古典にも記載があり、相当に古くから桔梗の名で呼ばれていた。

 この名の由来を清代の考証学者・王念孫(1744〜1832)はこういう。『説文解字』に「桔、直木也」、『爾雅』に「梗、直也」とある。すると桔梗の名は直という意味によるのだろうか、と。森立之(1807〜1885)は『本草経攷注』で当説に賛同し、さらに古くは梗の一字だったといい、根拠として3〜5世紀の『名医別録』に記される別名の梗草を挙げる。そして梗→結梗→桔梗のように変遷したのだろう、という。

 立之は桔梗の和名も考証する。平安時代898〜901年の『新撰字鏡』は万葉仮名で、岡止止岐(ヲカトトキ)・加良久波(カラクハ)・阿佐加保(アサカホ)などの和名を記す。918年頃の『本草和名』と984年の『医心方』には乎加止止岐(ヲカトトキ)・阿利乃比布岐(アリノヒフキ)が載り、いずれの和語にも語源が推定される。一方、976〜987年の『古今和歌六帖』には岐知加宇(キチカウ)、1128年頃の『散木奇歌集』には岐京(キキャウ)が記され、その頃から漢名の音読で呼ばれたらしい。まことに興味深い見解である。