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真柳誠「漢方一話 処方名のいわれ112 苓姜朮甘湯」『漢方医学』27巻1号33頁、2003年2月

苓姜朮甘湯(リョウキョウジュツカントウ)

真柳  誠(茨城大学/北里研究所東洋医学総合研究所)





  苓薑(姜)朮甘湯は3世紀の仲景医書に由来する『金匱要略』が出典。その元・トウ珍版には甘草乾姜茯苓白朮湯方と記され、この4味から構成される。つまり本処方名は構成薬名を並列したにすぎない。本方の主治文にこうある。

 腎着(着は著の略字)の病、其の人の身体重く、腰中の冷えは水中に坐すが如く、形は水状の如く、反って渇せざるに小便自から利し、飲食の故の如きは病、下焦に属す。身を労せば汗出で、衣(別伝本は「表」の文字)裏の冷湿すること久久として之を得、腰以下冷え痛み、腹の重きこと五千銭を帯びるが如し。甘姜苓朮湯が之を主る。

 このように各薬名の一字を並べた甘姜苓朮湯の略称がすでに原文にある。これを苓薑朮甘湯と呼び換えるのは、一味が違う苓桂朮甘湯の順によるらしく、日本の吉益東洞から始まったという。

 ここで「姜」と「薑」の関係を問題にしたい。実は中国大陸の中医師の大多数も簡体字と繁体字、つまり略字と正字の違いと誤認している。しかし姜は羊飼い民族を表すため、「羊+女」の会意で太古に出来た字。古くから人の姓に使われるが、もとよりショウガの意味はなく、薑の略字でもない。ショウガを表すのは薑のみだが、ともに「キョウ」音につき、画数の少ない姜が薑に宛字され、当誤用が中国さらに周辺国で広まったのである。「生姜は野菜のショウガ、生薑は生薬のショウキョウ」なるトンデモ説も聞いたことがあるが、ショウガもショウキョウの発音が訛って出来た言葉にすぎない。

 かつて現存する宋版・元版の医書で、丸と圓、一と乙、薑と姜などの使用状況を調べたことがある。すると13世紀の南宋版から姜字がチラホラ出てくるが、この宛字を多用するのは元版以降だった。上記の条文を引用した『金匱要略』は元版のため、現存最善本ではあるが姜の字だけで記されている。

 しかし明・趙開美の『宋板傷寒論』が薑だけのように、本来は生薑・乾薑と記すのが正しい。以前の『日本薬局方』はそうだったが、近年の改訂版で生姜・乾姜に改悪してしまった。薑が常用漢字にないためか、中国大陸の誤用を誤信したためか知らないが、何とも悲しい。