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真柳誠「漢方一話  処方名のいわれ11−柴胡加竜骨牡蠣湯」『漢方診療』13巻7号28頁、1994年7月


漢方一話  処方名のいわれ11 柴胡加竜骨牡蠣湯

真柳  誠(北里研究所東洋医学総合研究所)


 柴胡加竜骨牡蠣湯は3世紀の張仲景が原本を著した『傷寒論』と、その別伝本『金匱玉函経』が出典の処方で、柴胡・黄{艸+今}・人参・半夏・生薑・大棗・竜骨・牡蠣・鉛丹・桂枝・茯苓・大黄の12味から構成される。この12味からすると、本処方名を柴胡湯に竜骨・牡蠣を加えた意味、と解釈するのは不自然ではなかろうか。そもそも柴胡湯とはいかなる処方だろうか。

 『傷寒論』には本処方条の末尾に、「もと柴胡湯という。いま竜骨等を加える」とある。『金匱玉函経』でも末尾に、「もとの方は柴胡湯に竜骨・牡蠣・黄丹・桂・茯苓・大黄をいれる」という。黄丹は鉛丹、桂は桂枝の別名である。すると『傷寒論』で「竜骨等」というのは、「竜骨・牡蠣・黄丹・桂・茯苓・大黄」の略に相違ない。また両書がいう「柴胡湯」とは、柴胡・黄{艸+今}・人参・半夏・生薑・大棗からなる処方、と推測できる。これは小柴胡湯から甘草を除いた処方なので、古くにはあった処方なのかも知れない。

  以上からすると柴胡加竜骨牡蠣湯の方名は、柴胡加竜骨牡蠣鉛丹桂枝茯苓大黄湯の略、と考えていいだろう。略したのは、あまりに方名が長いからである。加えた6味を竜骨・牡蠣で代表させたのは、この2味をペアで含む処方が多いことからも理解できよう。張仲景の処方では、桂枝加竜骨牡蠣湯、桂枝甘草竜骨牡蠣湯、桂枝去芍薬加蜀漆牡蠣竜骨救逆湯などがその例である。

  ところで現在は一般的に原典の12味ではなく、鉛丹・大黄を除いた10味を柴胡加竜骨牡蠣湯として用いることが多い。鉛丹は鉱物薬のPb3O4で普通は外用薬とし、内服では毒性が出ることもあるので除く。大黄を除くのは、便秘がなくても本方の適応する証が多いからである。もちろん便秘があれば、大黄を含む11味で応用するのはいうまでもない。