葛根湯(カッコントウ)
真柳 誠(北里研究所東洋医学総合研究所)
葛根湯といえばカゼ薬、カゼといえばまず葛根湯。これほどよく効き、また落語のネタになるほど広く用いられている処方も少ない。出典は中国後漢時代の末期、3世紀初めに張仲景が著したとされる『傷寒論』なので、かれこれ1800年近い歴史があることになる。
『傷寒論』では太陽病という急性熱性疾息の初期治療の処方として載るので、カゼ以外にも使用範囲は広い。同じく張仲景の雑病治療書『金匱要略』では、剛痙という破傷風様の強直性痙攣に応用されている。
仲景はこれらの書を著すとき、以前から伝わっていた処方の多くに、その主薬名で新たに命名した。このようないいつたえが敦煌出土医書にみえる。じっさい仲景の両書には主薬で命名された処方が多く、葛根湯もその例である。桂枝・芍薬・甘草・大棗・生薑の5味で桂枝湯。これに葛根が加わった6味は桂枝加葛根湯。さらに麻黄も加わって7味となると、もはや桂枝加葛根麻黄湯とはいわない。新たに葛根湯の名が与えられる。それほど桂枝湯とは一変し、葛根が主薬の座を桂枝から奪ってしまっている、というべきだろう。
この主薬による命名は仲景に限らず、その後も広く行われたらしい。5世紀後半の『小品方』には12味の葛根湯、7世紀前半の『崔氏方』には葱白・豆{豆+支}・葛根からなる3味の葛根湯、7世紀中頃の『千金方』には13味の葛根湯もあるから紛らわしい。しかし単に葛根湯といえば、ふつうは張仲景の葛根湯を指す。
ところで『傷寒論』の葛根湯条文には、「項背こわばること几几」の表現がある。几は机の古い漢字で、肩がカチカチに凝った様子を四角い机にたとえたのが「几几」だという。これを治すのが葛の根の葛根で、成分薬理の解明も進んでいる。肩こりにも効くはずである。
葛の地上部はつる性で、からみついて伸びる。それで同じつる性の藤と重ね、わずらわしいもつれを葛藤という。葛根湯が葛藤にも効けば、話はもっと面白かった。