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真柳誠「薬品としての自然資源」『茨城大学ニュースレター 大きな百合の木の下で』6号6頁、2003年7月

薬品としての自然資源
 

人文学部 人文学科    教授 真柳 誠

 自然資源に由来する薬品=生薬は、漢方薬などで今も広く利用されている。それらに「草根木皮」や「薬石効なく」の表現がしばしば用いられるように、草木などの植物以外に鉱物や動物に由来する生薬もある。ただし「薬」という文字が「艸(草)と楽」で構成されているように、古くから主には植物だった。

 その文字記録は各古代文明に始まる。中国では二千数百年前の出土文献から生薬名の記載が見え、現在までに五千種を超す自然資源を生薬として開発してきた。一方、犬や猫は先のとがったイネ科植物の葉を食べ、毛玉などを嘔吐する。野生チンパンジーでは寄生虫症のとき、駆虫作用のある苦い植物を摂取する自己治療行動が解明された。すると人類も有史以前から食用可能な物を探す過程で生薬を認知し、使用していたのは間違いない。

 ところで、ネギ・ショウガ・ワサビなどを「薬味」と呼ぶごとく、ほとんどの香辛料は生薬でもある。また「良薬、口に苦し」というように、苦い生薬は多い。幼児はカロリーに直結する甘みを好むが、大人になると香りや辛みの強い食品も食べられるようになる。さらに普通の食品にはない苦みを、茶・コーヒーなどでとるようになる。こうした香辛料や苦みへの嗜好は、薬の味を求める人類に備わった自己治療本能に根ざすものといえよう。

 ちなみに現在の日本は生薬の90%以上を輸入に依存し、多くは中国産の野生品で、乱獲による自然破壊と砂漠化まで起きている。そして自然はすべて有限なことにやっと気づき始めた。天然資源を持続可能な形で利用することが、いま人類に切実に求められている。