≪本号の表紙絵≫ 『医学入門』の各国版 →関連論文
真柳 誠
ベトナム阮朝版 日本寛永版 韓国朝鮮版
中国万暦版
左図の明・李梴『〔編註〕医学入門』首1巻・内集1~3巻・外集4~7巻(1575序刊)は,基礎から臨床各科まで網羅した医学全書.キーワードを主に歌賦で大書し,以下に大量の説明を小字で記す独特の形式で記述され,明代に5回刊行された.日本では江戸初期の古活字版など17世紀だけで8版を重ね,相当に流行した.これには曲直瀬正純の門下,古林見宜の推奨もあったらしい.1709年に岡本一抱『医学入門諺解』まで刊行されたほどで,当書には見宜堂5代の古林正禎が序を寄せている.韓国では17世紀以降で6版を数え,許浚は『東医宝鑑』(1613初版)に2700回以上も引用するので,影響の大きさが分かる.『東医宝鑑』の記述形式や内景篇・外景篇などの編纂形式も『医学入門』の発展形といえ,純祖31年(1831)には医家試験のテキストに指定された.ベトナムでも阮朝19世紀の2版が現存する.黎有卓『医宗心領』(1770~80成)ほかの書に多数引用されるなどの諸状況から推すと,黎朝の17世紀以降にもベトナム版があった可能性を考えていい.
表紙絵の左側はベトナム阮朝の嗣徳12年(1859)ハノイ成文堂刊本で,ベトナム国家図書館所蔵.中央は矢数圭堂氏所蔵の寛永19年(1642)村上平楽寺刊本で,行数・字詰め等の書式は上掲の明1575年序刊本(国家図書館〔台北〕蔵本)と一致し,ベトナム版もほぼ一致する.右側は1820年の朝鮮内医院刊本で国家図書館〔台北〕所蔵.このように明代16世紀の本書が漢字文化圏の日韓越で17~19世紀にかけて復刻され,相当の影響を与えていたことは実に興味深い共通現象と言わねばならない.