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真柳誠「漢字文化圏の古医籍」『活』49巻1号11頁、2007年1月

漢字文化圏の古医籍
茨城大学教授  真柳 誠

 新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

 さて私は過去5年ほど東アジア各国の古医籍書誌を実地調査し、昨春からは日本学術振興会の科研費で4年間さらに継続することにした。それは次のような疑問ないし問題を解決するためである。

  日本では漢方の伝統を考えるとき、しばしば中国医学と比較する。同様の論は韓国にもあり、中国は主に日本と、時に韓国と比較する。が、はたして二国間の比較を当事者が客観的にできるのだろうか。単なる優劣論や自大主義に陥る可能性を否定できるだろうか。

 日本同様に漢字文化圏また箸文化圏である韓国・ベトナムも、中国の影響を受けつつ固有の伝統を築いてきた。モンゴルとチベットにも影響はある。すると各国の同時比較ならば自国主義が排され、相互の異同や特徴の解釈にも客観性が与えられるだろう。ただし風土・文化・社会が違えば体質・気質・疾病構造も異なり、各国の伝統医学・医療体系にもそれらが投影されている。そもそも各国内ですら多様性のある伝統の比較に、どんなモノサシを用いれば客観性が担保されるだろうか。私はこれまでの調査・研究から、伝統の遺産である古医籍こそ、最適のモノサシと思うようになった。

 すでに日本では現存する全古典籍のデータベースが完成し、日本人の厖大な医薬著述を指掌できる時代がきた。中国にも現存古医籍を概ね網羅したデータベースがある。台湾所在古医籍の調査もほぼ終了に近づいた。あと韓国・ベトナムにある古医籍の調査を完結させると、各国伝統医学の異同・特徴とその所以を客観的に検証する基礎ができあがる。まだ道のりは長いが、今年も調査を続けたい。