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真柳誠「アジア訪書所感」『活』46巻1号12頁、2004年1月 

アジア訪書所感
真柳 誠


 新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

 さて、中国の影響下に独自の発展を遂げた漢方医学史の研究に、他の中国周縁地域との比較を導入するなら、共通傾向や日本および各地域の特徴を客観化できるに違いない。そう考え、ここ数年は日本・中国・台湾・ベトナムや欧米の蔵書を調査し、昨年は韓国と内モンゴルの訪書も実施した。この結果、不可思議な事実に気づいた。

 日本は江戸時代の著述だけで傷寒・金匱について約600種、内経について約150種の研究書が現存する。ところが、これら医学古典をベトナム・モンゴル・朝鮮半島で研究した古医籍が、各地の蔵書中に一点もなかった。今後もし発見できても数点だろう。しかし医学古典を除くなら、各地域とも歴代中国の臨床医書を復刻し、自らの文化・風土に必要な部分を抜粋や発展させた固有医書を編纂している。儒書・仏典でも各地域に固有の研究書があった。

 なぜ中国の周縁では日本だけが医学古典も研究し、他の地域では医学古典だけを研究しなかったのだろうか。この疑問がわき出て以来、識者に会うたび尋ねてきたが、誰も首をひねるばかり。私も色々と思索したが、どうも決定打がみつからない。ただし日本だけは「島国」である。この厳然たる相違をキーワードにすると、日本の特異性を解明できるのではないかと最近考えている。