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真柳誠「珠玉の名言あふれる書 漢方医・寺師睦宗氏の学と術」『薬事日報』9939号6頁、2004年7月9日

珠玉の名言あふれる書 漢方医・寺師睦宗氏の学と術

書評:寺師睦宗著『漢方への情熱─これひとすじ四十五年』


 漢方界で寺師睦宗氏の名と業績を知らぬ人はなかろう。もしいたら、その人は初心者かモグリに違いない。斯界でなくとも、氏は不妊症の救世主として名高いのだから。

 そうした輝かしい業績の一方、氏は漢方古典籍や臨床の研究書ほか幾多の著述を江湖に問い、慶大医学部客員教授としても尽力されてきた。そして今年は氏が故大塚敬節先生に師事してから45年目。本書副題に「これひとすじ四十五年」とあるゆえんである。

 本書を一言で評するなら、漢方にかけた45年の情熱と学と術の精華を、含蓄ある名言と共に披瀝した書といえよう。全体は1章「恩師語録」、2章「名相と名医」、3章「すばらしい先哲医家」、4章「現代物理学的自然観と漢方」、5章「忘れえぬ症例」、6章「さまざまな不妊症」から構成される。1・4・6章には関連の対談録も付され、奥行きと広がりを与えている。

 第1章の恩師「大塚敬節先生臨床語録」は本書全体を象徴しよう。ここには師事した5年間の厖大な薫陶ノートより珠玉の名言が抄録され、末尾には恩師のうた「術ありて後に学あり、術なくて咲きたる学の花のはかなさ」がある。拝察するに、氏が術と学の深化に邁進してきた情熱のルーツに相違ない。古今東西の名著を博覧・吟味し、自家薬籠中とした格言は各章でも光彩を放つ。「機を知るそれ神か」「活機治略」「英雄人を欺く」「論説をやめて病者を師とたのみ、夜も日に継いで工夫鍛錬」などなど。氏自身の名言も多い。「目的は不妊、目標は体のひずみ」「西洋医学は科学で割り切れるが、術の漢方は割り切れない」などなど。巻末の懇切な各種索引により、繰り返して調べることもできる。

 本書には昭和・平成の国手、寺師氏の情熱と学と術の来しかたが活き活きと記され、漢方の奥義が随所に披露される。しかも歯切れよい文章は読者を拒まない。斯界のみならず、広く読者に教訓と示唆を与える書である。

 192頁、2004年7月、薬事日報社刊、税込み定価1890円

茨城大学教授  真柳 誠