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朱建平口演、真柳誠通訳・翻訳・文責「最近二十年の中国における医学文化史研究の概要」
『日本医史学雑誌』53巻2号333-334頁、2007年6月20日

最近二十年の中国における医学文化史研究の概要(日本医史学会2007年1月例会での口演抄録)

朱 建平(中国中医科学院中国医史文献研究所)


  医学文化史研究とは医学と文化の相互関係史の研究をいう。のち文化に哲学・宗教・社会・科学技術・政治など医学外の諸因素を広く包括させ、「外史研究」と も称するようになった。これに対して医学自身の内部発展史の研究を「内史研究」という。中国では国外史学の影響により、一九八〇年代から医学文化史の研究 が重視され始めた。それは発表された論文、専門書の出版、学術会議の開催、科研費等の研究助成テーマ、大学院生の育成、および台湾の関連研究などから分か る。

一 発表論文
  『中華医史雑誌』には一九八七〜一九九六年に関連の論文一〇篇が掲載され、宋政府と医薬、社会と疫病、儒学と医学の関係などが論じられている。一九九七〜 二〇〇六年の一〇年間では関連論文が五〇篇に増加、一九九七年と二〇〇五年には張慰豊・朱建平が論評「医学文化史研究の進展」「中国医学史研究新視野の開 拓」を発表し、医学文化史・医学史外史研究の進展を提唱した。その他の論文では宋の明理学、『管子』と中医、仏教・道教と方剤、第二次大戦がアメリカ医学 教育に及ぼした影響などを論じている。

  『自然科学史研究』誌には哲学・数学と経絡学説、アメリカ人宣教師と中国看護学などの論文。『中国科技史雑誌』には『喫茶養生記』について、『科学対社会的影響』誌には科学が中医に及ぼした影響の論文などが掲載されている。

 『医学与哲学』に掲載の関連論文は三〇篇あり、程朱理学と節欲、哲学と『内経』、宗教と医療、社会と骨科などを論じる。『南京中医薬大学学報』には哲 学・宗教・社会および文化と医学に関係する論文二二篇が載り、内容は『周易』、道教、晋唐社会政治と医学発展など。『医古文知識』には関連論文四〇篇が載 り、老子哲学思想、儒道仏と中医学、清代経学と中医学術などを論述している。

  この二十年に発表された当分野の論文は一六〇篇あまりあって、医学史と哲学(三〇%)・宗教(二九%)・文化(二八%)・社会(一〇%)・科学技術(三%)などの関連を議論していた。

二 専門書の出版
  関連の専門書でも往々にして哲学・宗教・科学技術・社会の諸方面に論及している。たとえば『中国古代文化与医学』『中国伝統文化与医学』『中国医学文化 史』『中医与伝統文化』などの書である。一方、哲学・宗教・社会と医学を議論する書、たとえば『易学与中医』『論医中儒道仏』『清代江南的瘟疫与社会』 『薬林外史』なども出版された。

三 学術会議
  関連の学術会議があいついで開催されている。たとえば「医薬と文化シンポジウム」が一九九三・一九九六・一九九九・二〇〇一・二〇〇一年に開催され、その 論文集も出版された。二〇〇三年には北京大学で第一回「中国医学社会史学術シンポジウム」が開催された。二〇〇六年三月からは「双中北(中国を冠する機関 二つと北京を冠する機関二つの意味)医史講座」が中国中医科学院中国医史文献研究所などの共催で毎月一回開催され、これには外史シリーズもある。二〇〇六 年には天津の南開大学で国際シンポジウム「社会文化視野下の中国疾病医療史」が開催された。

四 研究助成テーマ
  国家哲学社会科学基金・中国科学院・中国中医研究院では関連の研究テーマを助成してきた。たとえば「中医薬学中の儒道仏思想研究」「中国近代疾病の社会史研究」「中医方剤学と古代哲学・科学技術・社会文化における諸因子相関性の研究」などがある。

五 大学院生の育成
  中国中医研究院・黒龍江中医薬大学などでは、修士・博士課程院生の研究テーマとして「儒学・仏教の中医に対する影響」「哲学・道家と中医薬学の関係」など指導している。

六 台湾の関連研究
  台湾の一部史学者は中央研究院の歴史語言研究所を一大学術センターとして医療社会史の研究を展開し、かなり大きな成果をあげている。同研究所では一九九二 年に「疾病・医療と文化」研究グループが結成され、一九九七年に生命医療史研究室が設立されている。また同所では一九九八年に「中国十九世紀医学シンポジ ウム」、一九九九年に「養生・医療と宗教シンポジウム」「建康と美の歴史シンポジウム」、二〇〇三年に「巫者の形象シンポジウム」「占卜と医療シンポジウ ム」、二〇〇四年に「宗教と医学シンポジウム」を開催した。一方、『新史学』誌を一九九〇年に創刊、以来三〇篇の医学史論文を掲載し、多くは外史の研究で ある。うち一九九九年第四号は「身体の歴史」特集号だった。

  以上を要するに、中国における最近二〇年の医学文化史(外史)研究は、ますます重視されてきたといえる。ただし研究が個人主体で分散しており、組織・計画・研究レベルの深度が足りないなどの問題もあり、これらは今後さらに強化されねばならない。
(真柳誠翻訳)