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ひたちなか市教育委員会主催、平成12年度ひたちなか市民大学D「自然環境と人体をサイエンスする」
講義資料、2000年6月10日13:30-15:30、於ひたちなか市ワークプラザ勝田

くすりの歴史をひもとく−薬草からバイアグラまで−

2000年6月10日  真柳 誠


1 和語(日本語)の「くすり」と漢語(中国語)の「薬」

 和語は音に意味があるのみで、古くは固有の文字がない。漢語も根本的には音に意味があり、漢字はその意味と字形に相関性がある。くすり・薬とも語源には草の意味がある。

○くすり:くさいり(草煎り)→くしり→くすりの転(大槻『大言海』)。くし(奇し)、くすのき(薬の木)も同系のことば。

○薬:音はgliok→yiak(日本に伝来の音)→iau→yao(現代の北方音。同音・同アクセントでは要、腰)の転。艸+音符としての楽(ヤク→ラク)の会意兼形声文字で、古音に小さくつぶすの意味があり、草の粉末のこと。轢(レキ、車でひきつぶす)、鑠(シャク、金属を摩滅させる)も同系のことば(藤堂『漢和大字典』)。
 

2 くすりの発見と使用

 人類以前からなので、人類も有史以前からの発見と使用は間違いない。

○ 犬猫の行動や京大霊長類研究所の研究。

○ 有史以前は食用可能な物を探す過程で効果を発見。苦味への本能と薬の味。

○ 有史以降は全世界の古代文明に薬物の記録があり、ラテン語でMateria Medica、漢語で本草と呼ばれる分野で薬用知識が集積された。当分野はもともと薬物学だが、のち物産学・博物学から動物学・植物学・鉱物学にも分化。
 

3 くすりの使用目的

 本質は人間の生命維持本能を満たすためで、薬物と食物は同根異枝(薬食同源→医食同源)。ただし薬物を代表する味は年長以降好きになる苦味で、食物では乳児から好む甘味。中国古代医師の筆頭は食医。
伝統医学の薬物は治療と養生の双方を目的とし、現代医学の薬物も接近しつつある。

○ 第一段階:苦痛の除去→病気治療薬。スパイスは薬と食の双方。

○ 第二段階:病後や疲労・衰弱からの回復→滋養強壮薬・食。

○ 第三段階:体調の維持→保健薬・食。現代はバイアグラも。

○ 第四段階:生命の維持→不老長生薬。近世以降に衰退するが、本能は求めている。
 

4 本草学の歴史

 中国では1世紀頃の365種を収めた『神農本草経』が内容の現存する最古の書で、半数弱は食物。のち16世紀の『本草綱目』で約1800種に集大成され、現中国では5000品種以上に増加。日本は奈良時代から律令制で受容を開始した。江戸期には殖産興業のため本草が研究され、品種同定の歴史とヨーロッパ本草の影響で中国より先に博物学への分化も始まった。
 

5 中国文化圏の伝統的薬物観

○  薬と毒を同一視したのは世界共通。

○ 四気・五味・毒性が基本要素で、毒性と有用程度から薬物を上中下に分類し、副作用発現を回避。

○ 薬は病(邪気)と人体(正気)の双方に作用するので、治療のみならず養生・不老も対象。

○ 有益作用の強化と有害作用の除去のため、本草学と並行して処方学も発達。古代や中世の処方が現代まで使用され続けた経験の蓄積から適応病態・体質が判断され、副作用の回避も可能。