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真柳誠「ハノイ現存古医籍の特徴」、第103回日本医史学会総会、新潟・日本歯科大学新潟歯学部、
2002年9月28・29日、『日本医史学雑誌』48巻3号382-383頁、2002、9)

参照漢喃研究院(Han Nom Insutitute)の訪書

ハノイ現存古医籍の特徴

真柳 誠


 昨年九月に十日ほど、ベトナム・ハノイ市にて古医籍調査の機会を得た。訪書したのはベトナム社会人文科学国家センターに属する漢喃研究院である。ここで調査したのは『ベトナム漢喃遺産』CATALOGUE DES LIVRES HANNOMという蔵書目録が東洋文庫にあり、予備調査が可能だったせいもある。ちなみに喃とは日本の国字同様にベトナムで作成された漢字式の文字で、当院は漢字と喃字で著された古典籍等を所蔵し研究している。

 所蔵の漢喃文献は約五千点、また漢喃碑文の拓本が五万点近くある。文献はフランスの援助で一九九三年に前記目録を出版。その修復とマイクロフィルム化は日本政府の援助で現在ほぼ完成しつつある。さらにベトナム政府の資金で、CD-ROM化を計画中という。

 当院のNguyen Ngoc Nhuan阮玉潤副院長によると、古典籍は他にハノイの歴史院図書館・総合大学図書館・文学院図書館・国家図書館(古く重要な古典籍中心)、またホーチミン市にもある国家留貯局(十九世紀の文物中心)等にある。各々目録はあるはずだが、目録を交換することはないという。それで当院に他機関の蔵書目録はなかった。蔵書中の最古版は一五一七年刊『国朝形律』で、いただいたコピーを見ると、字体は明の成化以後・嘉靖初期に似ていた。Huang Van Lau黄文楼教授の話では他に社会科学通訊院に数万タイトルの中国・日本古典籍があり、中には中国佚書もあるという。ただし目録は未完成で、ベトナム人にもまだ非公開とのことだった。

 阮副院長によると、ベトナム古典籍の版木は梓、紙は楮紙で各種あり、その粘剤には梧桐樹ないし桐油樹を使うとのこと。補修担当者によると、表紙は楮紙を三枚貼り合わせ、{木+忌}樹の果汁と明礬で黒茶色に染めた板紙を袋綴じにし、多くは四つ目針眼装だった。筆者は当院と街の骨董店で計百点ほどの古典籍を見たが、高温多湿にもかかわらず虫損はまずない。それらの原装には皆この板紙が使用されていたので、強い防虫作用があるらしい。

  当院蔵書の大多数は九三年以前に簡略な補修がなされており、多くはフランス統治時代の方法で表紙に漆を塗る。装訂は線装部を包むベトナム独特の包背装で、骨董店で購入した『医学入門』の一八五九年ハノイ版は原装だが、やはり同様の包背装だった。料紙は刊本も写本も楮紙で、中国の竹紙のような種類はないという。ベトナム楮紙は中国楮紙同様に繊維が短く、柔らかい。色は日本楮紙にやや近いが、赤みがかったクリーム色で、中国や朝鮮の楮紙ほど白くはない。

 所蔵の漢喃古医籍は計二八六タイトルあり、同一タイトルで複数の書を登録する場合が多い。うち刊本は一七点で、他は全て写本だった。蔵書の分野は、多い順に医方等・本草・痘疹・診断・婦人・小児・針灸・臓腑・眼科・傷寒・外科・温疫・獣医などで、おおむね日本や中国と同傾向といえる。しかし内経・金匱など、いわゆる中国医学古典およびそれらの研究書に該当するものはなかった。診断書では『太素脈訣』など中国脈訣書の影響が強く、痘疹書では『堅信洋痘説』が注目された。一方、書名に国語・国音・南薬・南名・南邦などのある書が相当に多く、医学のベトナム化を窺わせた。

 当院では閲覧時間等の制限が大きく、計五一タイトルの医薬古典籍を調査するに止まった。本管見範囲では一五世紀に成立した漢籍が最も古く、各書の筆写年・刊行年はおよそ一九・二〇世紀に限られていた。大多数はベトナム固有書で、漢籍からの抜粋からなる実用書が多く、写本・刊本ともに漢文書と漢字・喃字まじり書がほぼ同数だった。漢籍では明・清の書が多く、その底本はおおむね清版だった。またいずれも漢文書で、日本の国訳○○に相当するような全文を漢字・喃字まじりに改めた書は見当たらなかった。
(茨城大学人文学部/北里研究所東医研)