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真柳誠「東アジア所在の医薬古典籍」、第4回海外所蔵日本資料データベース会議、
2003年12月14日、福岡・九州大学国際研究交流プラザ

東アジア所在の医薬古典籍
真柳 誠(茨城大学人文学部)


1 台湾地区

1-1 ウェブ公開医薬古典籍目録:1538点
○故宮博物院図書文献館:810点(うち日本旧蔵書:約400点)
○国家図書館(旧中央図書館で、民国時代の南京政府蒐集。戦後の一時期はアメリカ国会図書館に移管され、マイクロフィルム化もされている):648点
○中央研究院傅斯年図書館:64点(多くは、かつて(日本が?)四庫全書総目提要の増補を計画して設立したという「東方文化事業總委員会」の旧蔵書。善本もままある)
○台湾大学図書館:14点
○中央図書館台湾分館:2点(実際は数十点)。
*なおウェブ未公開だが、台湾文献史料館(台中)にも少数の日本古典籍がある。

1-2 故宮藏書医家類:第1―観海堂本、第2―四庫全書本、第3―その他(旧北平〔北京〕図書館本ほか)

1-3 観海堂本:観海堂は楊守敬の蔵書室号。彼は明治13-17年に来日、蒐集した古書籍3万余巻を携えて帰国した。1915年に守敬が没した後、観海堂蔵書は民国政府に買い上げられ、松坡図書館(のち北京図書館に移管)と集霊園に分蔵、さらに(集霊園本が?)北京の故宮博物院に収蔵された。故宮はのち上海・南京・重慶と国民党政府の移動に従い、1949年には台湾へ移転され、1968年より台北の故宮博物館に収蔵されている。
 第1―小島家本、第2―江戸医学館・多紀家本、第3―小島家関係者本(奈須家、森家、渋江家、伊沢家、山田家、小島弟子)、第4―その他

1-4 小島家本:第1―尚質手沢本、第2―尚眞手沢本、第3―尚絅手沢本
 小島尚質(1797-1847)は幕府医官。尚真(1829-57)も医官で尚質の長男。尚絅(1839-80)は尚質の二男で、兄・尚真の没後にその養子となって医官を継いだが、維新後に失職。守敬が来日した時は正に尚絅の没年で、妻は38歳。そうした事情が重なり、家蔵の全書籍が楊氏に渡り、1917年に森鴎外が『小嶋宝素』伝を著した時、もはや日本には小島家の家系資料しかなかった。

1-5 蔵書印から分かる書物の移動:多くは恐らく森立之の紹介
小島家→楊氏
奈須家・啓迪院→小島家→楊氏
小島尚質→村田章→小島家→杉垣{竹+移}→楊氏
啓迪院・養安院→杉垣{竹+移}→楊氏
養安院→久志本家→小島家→渋江家→森立之→楊氏
伊沢家→小島家・渋江家→森立之→楊氏
野間家→森立之→楊氏
森立之→楊氏
多紀家→楊氏
伊沢家・多紀家・小島家→山田家→楊氏
武田文庫→渋江抽齊→多紀家→寺田望南→楊氏

2 中国大陸

 江戸時代までに日本で伝承された古医籍は明治維新以降の伝統医学廃絶政策により価値を失い、多くは現在まで死蔵、また一部は国外に流出した。主な流出先は台湾を含む中国で、それが中国書ならば「還流」、非中国書ならば「伝入」と呼ぶ。還流した中国医書は日本刊写本で296タイトル、伝入の日本医書は日本刊写本で751タイトル。点数は、還流中国書の日本刊写本がタイトル数の4.5倍ほど、伝入日本書の日本刊写本がタイトル数の2.5倍ほどと思われる。これから単純に計算すると、総数は約3200点になる。なお以上の数字には、還流書や伝入書が多い台湾の蔵書を含まない。

 現在までに以下の各機関で所蔵医薬古典籍を調査し、日本文献が発見された。

2-1 中国中医研究院図書館(北京):医薬古典籍の蔵書数では中国最大。旧満洲医科大学中国医学研究室の蔵書が主。孤本・善本も多い。

2-2 国家(北京)図書館:古典籍の質では中国最良。医薬書では楊守敬旧蔵の旧松坡図書館本が多い。

2-3 北京大学図書館:日本旧蔵書には李盛鐸の旧蔵書が多い。李氏は駐日公使として明治31年に来日、書誌学者・島田翰の助力で多量の善本古籍を購入して帰国した。李氏の死後、敦煌文書も多い蔵書が一括して北京大学に購入された。善本数は国家図書館に次ぐ。

2-4 首都図書館(北京):日本の医薬古典籍が割合多いが、多くは来歴不詳の普通書で、善本・孤本はほとんどない。

2-5 中国科学院図書館(北京):日本関連の医薬古典籍がいささかあり、多くは来歴不詳の普通書だが、まま孤本もある。03年の夏段階で、地下駐車場の一角に旧満鉄(図書館?)の蔵書(すべて洋装本)が未整理のまま山積みされていた。

2-6 北京中医薬大学図書館:日本の医薬古典籍が少々あるが、多くは来歴不詳の普通書。

2-7 上海中医薬大学図書館:医薬古典籍の蔵書数は中医研究院図書館に次ぐ。日本文献もかなりあるが、多くの来歴は不詳で、善本・孤本はあまりない。

2-8 中華医学会上海分会図書館:95年の調査時には目録がなく、かなり混乱した書架に山積み状態だったが、日本旧蔵の善本古医籍や名家の旧蔵書が少なからず発見された。

2-9 上海市中医文献館:日本の医薬古典籍が少しある。

2-10 南京図書館:日本関連の古典籍は和刻漢籍も含め相当に多い。ただし善本の多くは60年代前後に北京図書館に移管されている。来歴の多くは不詳。

2-11 南京中医薬大学図書館:日本の医薬古典籍が少々あるが、多くは来歴不詳の普通書。

2-12 重慶市図書館:国民党政府と共に移動してきた官僚の遺留蔵書が主のため、中国古典籍の善本は多い。日本関連の古籍も少なくない。

2-13 中山大学図書館(広州):民国時代から続く機関で、日本関連文献も含めて所蔵古典籍は多い。しかし日本の医薬古典籍では普通書のみ。

2-14 中国医科大学図書館:当校の前身は満洲医科大学で、所蔵古典籍の全ては満大旧蔵書。目録はないが目算で約900タイトル、うち医薬書は約780タイトルあり、善本・孤本もままある。満大蔵書には以下の由来がある。1929年、満鉄副総裁だった松岡洋右が大連満鉄図書館に命じ、北京の書肆から3万冊の古書を購入。うち医書約6千冊を当時の南満医学堂に寄贈し、当校はのち→満州医科大学→国立瀋陽医学院→中国医科大学と改名し、現在に至る。その蔵書の大部分は革命後に前述の中医研究院に移管されたが、約900タイトルの書には遼寧中医学院に移管の後、また中国医科大学に戻るという複雑な経緯がある。

2-15 内蒙古図書館:古典籍は日本関連も含めて相当に多いが、善本・孤本はまれ。ただし医薬書の一部には、中国医科大学→遼寧中医学院→中国書店(北京の古書店)→内蒙古図書館という経緯があり、きわめて興味深い。
 

3 韓国

3-1 ソウル大学奎章閣:李朝宮廷蔵書で、日本統治後に京城大学に移管され、いまソウル大学の所管となっている。その由来上、日本関連古典籍は僅かしかない。

3-2 国家図書館:朝鮮版・中国版以外に、和刻版の古典籍も各種来歴で多数が収蔵されている。しかし日本関連医薬古典籍の善本・孤本は多くない。

3-3 韓独博物館:医薬古典籍の蔵書が主で、その数量は上掲2機関に次ぐ。また日本関連書は恐らく韓国で最多だが、善本・孤本は少ない。
 

付:欧米機関
 これまでの調査で、以下の各機関で日本関連の医薬古典籍を実見した。
大英図書館、ライデン大学図書館、国立ベルリン図書館、バチカン図書館、ローマ国立中央図書館、米国国会図書館、プリンストン大学ゲスト図書館