矢数 道明(*1) 真柳 誠(*2) 室賀 昭三(*2)
小曽戸 洋(*2) 丁 宗鉄(*1) 大塚 恭男(*1)
Domei YAKAZU(*1) Shozo
MUROGA(*1) Makoto MAYANAGI(*2)
Hiroshi KOSOTO(*2) Jong-Chol
CYONG(*1) Yasuo OTSUKA(*1)
(*1)医、(*2)薬・針.(*1)(*2)北里研究所附属東洋医学総合研究所、東京
(*1)M.D.、(*2)Pharmacist/Acupuncturist、
(*1)(*2)Oriental Medicine Research Centre of the Kitasato Institute,
Tokyo
Summary The general
survey for the curricula of traditional medicine(TM)in medical,dental
and pharmaceutical courses(Universities and Colleges)has been carried
out in Japan.
In this survey,TM in medical specialist
education has come to focus on the following items;
1)A status of the introduction
of TM in the curricula of medical,dental and pharmaceutical courses respectively
2)A comparison of the above status
between public and private courses
3)Contents of the curricula of
traditional medicine
4)An analysis of educational system
and contents in the medical specialist education It was shown that TM education
has been introduced 26%of the universities and the rate of introduction
was higher in private universities than that of public.
Other statistical results of the
survey are presented in this report.
要旨 筆者らは日本の医科・歯科・薬科大学(学部)における、伝統医学教育に関する調査を実施した。本報では当調査結果の内、以下の項目に関し高等専門教育における伝統医学の現況統計を報告した。
1)医科・歯科・薬科別のカリキュラムにおける伝統医学の導入状況
2)国公立校と私立校間の導入状況の比較
3)各校の伝統医学教育カリキュラムの内容
4)高等医薬教育における伝統医学教育システムの内容と分析
この結果、伝統医学に関する教育が全体では4校に1校の割合で導入されていること。私立校の導入率が国公立校より高いことなどが明らかにされた
緒言
わが国の伝統医学−漢方医学は、明治政府による廃絶策とその後の空白期を乗り越えて現在の隆盛に至っている。しかし、針灸師・あんまマッサージ指圧師・柔道整復師の養成を目的とする教育を除き、伝統医学を医大・歯大・薬大における高等教育の正式カリキュラムに導入する指示は現在に至るもなされていない。かつ各大学で自主的に行われている漢方や針灸に関する教育は、全容を正確に把捉しうる統計資料がこれまで欠けていた(1)。
筆者らは1986年10月、伝統医学教育に関するアンケート調査を全国の医科大・医学部、歯科大・歯学部、薬科大・薬学部の学長・学部長各位宛に行い(表1)、その結果信頼に足る有意義なデータを得ることができた。本アンケートは教育年とカリキュラム編成の相違を考慮し、医・歯大向け(表2)と、一部内容を異にする薬大向け(表3)の2種を作成し配布した。いずれも共通した内容の4設問よりなり、各々に対し予め設定した回答の該当項にマルあるいは必要事項を記入する形式を採った。
第1番目の設問はカリキュラムに組み込まれた東洋医学(漢方および針灸)あるいは東洋医薬学(生薬学を除く)に関連する教育の有無についてあり、教育実施校にはその内容が記され学生に配布している「講義概要」等の資料を送付いただいた。また非実施校には以下第2〜4項の設問にお答えいただいた。そこで本報では第1の設問より得られた数字と資料、およびアンケートの返答とは別個に筆者らが知りえた資料を加え、実施校の教育現況と傾向の分析を報告する。第2〜4の設問による統計資料とその分析は次報にて行う。
アンケート結果
本アンケートは北里研究所附属東洋医学総合研究所内・WHO伝統医学研究協力センター長矢数道明の名義により、1986年10月7日付で発送し、翌年1月14日に受理の最終返答をもって集計した。
本アンケートに対し、医科大・医学部は発送全80校(2)中63校より返答をいただき、79%(以下の%は全て少数点以下を四捨五入した)の返答率。歯科大・歯学部は発送全29校(3)中27校より返答をいただき、93%の返答率。薬科大・薬学部は発送全45中39校より返答をいただき、87%の返答率。医・歯・薬の全体平均では84%の返答率であった。また以上の返答校は第1の設問に対し全て設定回答のいずれかを選択しているので、上述の返答率は第1設問の有効回答率でもある。
この数字は最少の医科大・医学部でも79%と相当に高い。したがって本アンケートで得られた以下の統計は、ほぼ全体の状況を反映したものとみなしてよいと思われる。
さてアンケート第1設問より、医科大・歯科大における東洋医学(含針灸)、また薬科大における東洋医薬学(除生薬学)に関する教育の実施率が知られる。すなわち当設問に対し、設定回答(a)の「行われている」に返答した校数は以下のようであった。またその%のグラフを図1に示す。
医大:5校、8%(5/63)
歯大:7校、26%(7/27)
薬大:22校、56%(22/39)
全体:34校、26%(34/129)
この数字から明らかなように、医科大・医学部における東洋医学関連の教育実施率はもっとも低く、まだ1割に達していない。しかし全体では4校に1校の割合で、東洋医学・薬学に関する教育が何らかの形ですでに実施されていることが当アンケートで明らかとなった。とりわけ薬科大・薬学部は22校、56%と、返答の半数を越える大学が東洋医薬学の教育を実施中であり、もっとも当教育に積極的である傾向が読み取れる。
実施各校の東洋医学・薬学教育カリキュラム現況
先に述べたごとく、東洋医学・薬学に関する教育を実施中の計34校については、カリキュラムの具体的内容が記された公表可能な資料を送付いただいた。また一部アンケート用紙上の記入のみで資料を送付いただけなかった校には、不明点についてのみ電話にて公表可能なカリキュラム内容を担当の部・係の方よりご教示いただいた。したがって各校によりカリキュラム内容の具体的情報量に幾分の差はあるが、それらの必要最少事項を以下に列記する。なお各々の資料名等は紙幅の都合上割愛する。
(1)医科大学および医学部
札幌医科大学:「総合講義(必須)」中で半日、基礎理論と臨床(含針灸)を教育。
富山医科薬科大学医学部:講義は「薬用生物学(2単位)」「麻酔学(講義と実習の一部で針灸について)」「和漢薬論(30時間)」「英剤処方学(一部)」。実習は「和漢診療部(6日)」「薬剤部(1日)」を教育。また大学院医学研究科(博士課程)の生化学専攻・化学物質作用部門中で「和漢・薬剤学特論」「和漢薬の作用機構」を講義。
山梨医科大学:「麻酔学」中で講義3.5時間、実習10時間を教育。主に針灸。
三重大学医学部:医学専門課程第2学年の「薬理実習ゼミ」中で、“漢方薬”として週1回・1ヵ月間の教育。
滋賀医科大学:「麻酔学」中で5年生に2時間、“東洋医学概論”を講義。
ちなみに、本第1設問の設定回答(b)「行われていない」を選択した校でも、付記として昭和大学医学部は「薬理学」中で毎年1回(約1時間半“東洋医学の梗概”として)の講義。和歌山県立医科大学は1986年度の“Joint
Lecture”中で1回、“和漢薬を考える”を実施したとの返事をいただいている。また末返答校中では、矢数が東京医科大学で「薬理学」の一環として“東洋医学の梗概”を1954年より現在まで34年間に亘り、年1回数時間の講義を継続している。これら3校は統計上、前述の数字に含めていないが、もし加えるならば実施校は64校中の8校、13%となる。それゆえ、このようにアンケートに現れていない実施校が他にもあるであろうことは十分に予測され(4)、医科大・医学部における実際の東洋医学関連教育の実施率は10数%に達しているとみてよいと思われる。
(2)歯科大学および歯学部
日本大学松戸歯学部:「麻酔学」中で1ヵ月、「歯学史」中で3分の1ヵ月の教育。
東京医科歯科大学歯学部:「歯科麻酔学」中で“東洋医学療法”として、針灸および漢方湯液について教育。
日本歯科大学:「歯科麻酔学」中で5年生に対し3〜4時間、“針治療と針麻酔”を教育。
東京歯科大学:「歯科麻酔学」中で1時間、“東洋医学的療法”として概論・ハリ・その他を教育。
日本歯科大学新潟歯学部:「歯科麻酔学」中で“針麻酔”として講義。
大阪大学歯学部:「歯学麻酔学」中で教育。
福岡歯科大学:「歯科麻酔学」の一部として教育されている。
ちなみに当第1設問の設定回答(b)「行われていない」を選択した校でも、付記として昭和大学歯学部は「口腔生理学」、「歯科麻酔学」中で年1〜2回(2〜4時間)の講義。岩手医科大学歯学部は「麻酔学」の一部で針麻酔の講義。朝日大学歯学部は一部教科中で、広島大学歯学部は基礎医学系科目中で教育が行われているとのご返事をいただいた。また鶴見大学歯学部は「行われていない」の項を選択しアンケート用紙上にも付記はないが、同校の教育担当者によれば「歯科医学史(必須)」中で2年生に一回100分、2〜3回の東洋医学とその歴史の講義。および「歯科麻酔学」の一環として針灸と漢方湯液治療の講義、さらに同大附属病院では針灸・湯液の講義が毎月2回行われているとのことである。以上の5校は統計上、上述の数字に含めていないが、もし加えるならば実施校は21校中の12校、44%となる。
したがって本アンケートに現れていない実施校が他にもあるであろうことはある程度予測され、実際の歯科大・歯学部における東洋医学関連教育の実施率は40%を上回る(5)とみてよいと思われる。
(3)薬科大学および薬学部
東日本学園大学薬学部:非常勤講師により「漢方薬学概論(1単位)」を教育。
東北薬科大学:「和漢薬概論(1単位)」を週1回、半年間の教育。
東邦大学薬学部:4年生の選択科目として「漢方(1単位)」を15時間の教育。
日本大学理工学部薬学科:3年次前期の選択科目「特別講義U(2単位)」として、『全漢方製剤の実践的使用法』(漢方医学社)をテキストに、週1回、15週の教育。
昭和大学薬学部:4年次後期の選択科目として「和漢生薬学(1単位)」を教育。
東京薬科大学:専門課程の選択科目として「東洋医学概論」(含針灸)を半年問、14回の講義。
富山医科薬科大学薬学部:1年前期の選択科目で「薬用生物学(1単位)」、4年前期の選択科目で「和漢薬論(2単位)」と「薬剤部実習(1単位)」中の漢方調剤。また大学院博士課程前期の選択科目で「医療薬学X、和漢薬方剤論(1単位)」を教育。
北陸大学薬学部:選択科目として3年前期には『漢方医学十講』(創元社)等をテキストに漢方湯液の「東洋医学」。3年後期には本草学の「東洋医学」。4年前期には針灸・経絡学を主とする「東洋医学」の計3科目を教育。また大学院共学研究部では「和漢方剤論」を講義。
静岡薬科大学:「中薬学(2単位)」を『漢薬の臨床応用』(医歯薬出版)をテキストに教育。
岐阜薬科大学:4年生に選択科目「漢方学(1単位)」の教育。
名城大学薬学部:応用分野医療薬学系科目として、4年前期に選択科目「漢方概論(1単位)」を教育。
京都薬料大学:4年生に選択科目「漢方医学概説(1単位)」を週1回・半年間の教育。
近畿大学薬学部:「漢方薬学」を『漢方医薬学』(広川書店)をテキストに教育。
武庫川女子大学薬学部:4年後期に選択科目「漢方概論(1単位)」を教育。
神戸女子薬科大学:4年後期に「漢方概論」を教育。
神戸学院大学薬学部:4年後期の「特別講義T」中で、“東洋医学(0.5単位)”を教育。
福山大学薬学部:4年前期に選択科目「東洋医学・和漢薬概論(1単位)」を、『東洋医学概説』(創元社)をテキストに教育。
広島大学医学部総合薬学科:3年後期に専門教育科目中の選択必須科目「東洋医学・薬学概論(1.5単位)」を、週2回、半年間の教育。
九州大学薬学部:4年生の一般教育科目「薬学概論(2単位)」中で、“東洋医学−成立とその現況”の講義。
福岡大学薬学部:4年後期の選択科目「臨床薬理学」中で“臨床漢方薬”の講義。
熊本大学薬学部:4年生の選択科目として、「漢方概論(1単位)」を15時間の教育。
北里大学薬学部:1年生の必修専門科目「薬学史(1単位)」中で、“中国の薬史”“日本の薬史”などを5時間の講義。また大学院薬学研究科修士課程の1年前期に、「臨床薬学特論」中の“病院薬局学実習”の一環として3日間、筆者らの研究所薬局にて漢方調剤実習が教育されている。
ちなみに、未返答のため前述の統計数字中に計上してはいないが、東京理科大学薬学部は4年・後期の必修選択「特別実習−卒業研究(4単位)」の一つに、”漢方薬物学・漢方治療学”のゼミがある。また当第1設問の設定回答(b)「行われていない」を選択した校でも、付記として北海道大学薬学部、第一薬科大学からは「生薬学の中で一部行われている」とのご返事をいただいている。生薬学の内容上、同様の例はおそらく相当数に上るものと思われる。
東洋医学・薬学教育実施校およびカリキュラム現況の分析
上掲の実施34校(学部)における教育現況は多様であるが、総合的にはいくつかの傾向をみることができる。そこで、それらの傾向を医科大・医学部、歯科大・歯学部、薬科大・薬学部ごとに、教育実施中の課程・内容・時間(単位)・使用テキスト・当該校の国公私立の別、などの面から分析を加えてみた。
(1)医科大学および医学部
教育実施校は5校、8%、未返答校などを含めても8校、13%と少なく、その中に明瞭な全体的傾向を見出すことは難しい。しかし萌芽的傾向としてあえて捜し出すならば、各校で実施中の教育は以下の3タイプに大別することが可能であろう。
@東洋医学に関する独立科目(講座)での教育
本タイプは唯一、国立校の富山医科薬科大学にみられる。すなわち、基礎教育科目の一つである「薬用生物学」、臨床医学系関連科目の一つである「和漢薬論」、大学院生化学系・化学物質作用部門科目中の「和漢・薬剤学特論」「和漢薬の作用機構」などである。
「薬用生物学」は『原色和漢薬園鑑』(保育社)をテキストに、いわゆる生薬学に近い漢方薬学の内容。「和漢薬論」は『東洋医学概説』(創元社)と『漢方概論』(同前)をテキストに、東洋医学的治療の基礎と臨床が講義されている。さらに和漢診療部と薬剤部での実習も行われているので、当学部では東洋医学・薬学の基礎および臨床の双方に関する独立した講義と実習の教育体制が採られていることになる。
当大学は和漢薬研究所と和漢診療部を擁し、しかも設立(1975年)が比較的新しいこともあり、教育担当人材と教育時間の確保の両面において他大学より恵まれた条件にある。つまり東洋医学の独立した科目(講座)での教育には、当然ながらその背景として教育担当者と時間の確保が必須であることが理解されよう。
A現代医学科目の一環としての教育
今回の調査でみるかぎり、「麻酔学」の一環で教育する校(富山医科薬科大学医学部、山梨医科大学、滋賀医科大学)、「薬理学」の一環で教育する校(三重大学医学部、昭和大学医学部、東京医科大学)の2グループがある。前者は主に針灸と針麻酔・針鎮痛、後者は主に漢方薬による治療と薬理に関連する内容となっている。また1校(富山医科薬種大学医学部)のみであるが、「薬剤処方学」の一部で教育する例もある。
本タイプの教育時間は当然ながら@に比べて少なく、いずれも10数時間から数時間の範囲内にある。またそれゆえ専門の単独テキストは使用されておらず、多くは教科テキストの一部に記載、ないしはプリント類が使用されている。
B特別講義の一環としての教育
札幌医科大学の「総合講義」や和歌山県立医科大学の“Joint Lecture”の一部として行われるタイプの教育である。前者は必須科目であるが半日、後者は1986年度に1回実施されたのみとのことで、教育時間はいずれも@Aタイプより少ないがAの最少校(昭和大学医学部、東京医科大学)と同程度となっている。
以上、医科大学・医学部における東洋医学関連教育の実施現況を、仮に@ABのタイプに分析してみた。@タイプは教育時間が多く、もっとも理想的な形式ではあるが、これを行うに足る教育担当者の存在と教育時間の確保が必須条件といえよう。その点ABタイプは負担が@タイプほどではなく、今後しばらくは「麻酔学」「薬理学」「特別講義」などの一環としての教育実施校の増加が予想可能である。
ちなみに当アンケート返答医科大・医学部計63校中、国公立は43校、私立は20校であった。またアンケートに東洋医学教育を実施中との返答5校はいずれも国公立である。すると東洋医学教育実施率は国公立が5/43=12%、私立が0/20=0%となり、国公立校は私立校より実施に積極的な傾向がみられる。さらにその他の3校を加えても、国公立は6/43=14%、私立は2/12=10%となり、やはり国公立校の実施率は私立校より幾分高い(6)(図2)。本実施率の相違は実施校数が全体でまだ5校あるいは8校と少なく、それ自身に大きな意義は認め難いが、あるいは今後の傾向を示唆している可能怯も考えられる。
(2)歯科大学および歯学部
東洋医学に関する教育を実施中の前述7校では、均しく「歯科麻酔学」の一環として主に針麻酔・針灸治療の講義や実習が行われている。また非実施と回答された校も含めると、他に「歯学史」の一環(日本大学松戸歯学部、鶴見大学歯学部)や「口腔生理学」の一環(昭和大学歯学部)で教育されている例もある。
これらはいずれも前述の医科大・医学部におけるAタイプの教育に相当するが、歯科大・歯学部での教育がこのタイプのみであることは際立った特徴・傾向である。それゆえ教育時間数はさほど多くなく、全て1〜4時間(回)の範囲内にある。また本調査でみるかぎり、専門の単独テキストが使用されている例はなく、多くは教科テキストの一部に記載、ないしはプリント類が併用されている。
各校の教育内容は純粋に針鎮痛・針麻酔の適応症、手技、使用穴位のみを記載するもの(日本大学松戸歯学部の『臨床必携』)から、東洋医学的概念や診断法・経絡経穴の性格等まで相当詳細に言及するもの(日本歯科大学の『歯科臨床麻酔学』)までさまざまである。この他、口腔領域のペインクリニックで応用される漢方処方も紹介するもの(東京医科歯科大学歯学部)などもある。
ちなみに、当アンケートに返答の歯科大・歯学部27校中、国公立は11校、私立は16校であった。またその内で東洋医学教育を実施中との返答7校は、国公立が2校、私立が5校であった。すると東洋医学教育の実施率は国公立が2/11=18%、私立校が5/16=31%となり、私立校の実施率は国公立校より明らかに高い。さらに当アンケート統計には含まれない実施5校を加えると、国公立校は3/11=27%、私立校は9/16=56%となり(7)、私立校の実施率が高い傾向は一層明瞭となる(図3)。この実施率の相違には多くの要因が介在しているであろうが、私立校では担当教員の選任やカリキュラム編成が国公立校よりも比較的自由であることがある程度関連しているものと考えられる。
以上の諸点より、歯科大・歯学部における東洋医学の教育は「歯科麻酔学」など既存教科の一環として、針麻酔や針灸治療を主とする教育が、今後とも他校での導入の中心となるであろうと予測されうる。
(3)薬科大学および薬学部
薬科大および薬学部には、東洋医学・薬学にある程度関連する生薬学(必修)や薬用植物学・植物化学(選択)などの教科が従来より設置されている。したがって今回のアンケートはこれらを初めより除外して行ったが、なおかつ既存教科とは別に独立した東洋医薬学の科目が実施22校中の18校(校名省略)に開設されている現況が明らかとなった。先に述べたこの独立科目での教育(@タイプ)は、医科大・医学部で1校、歯科大・歯学部では皆無であることを考えると、当現況は薬科大・薬学部における東洋医学教育の顕著な傾向と思われる。無論、生薬学等を前述のAタイプの教育範疇に含めるならば、薬科大・薬学部での東洋医学関連教育は従来より100%の実施率となるので、それがさらに発展した@タイプの教育が返答39校の半数近い18校に設置されていることは、ある意味で当然の趨勢といえよう。
さてこれら独立して設置された教科の内容は、主に臨床薬学の立場から和漢薬および処方についての教育を行う校が大部分である。しかし一歩進んで、経絡理論・針灸についても言及するもの(東京薬科大学)、さらに細分して漢方治療学・本草学・針灸経絡学の3教科を設置するもの(北陸大学薬学部)などの例もみられる。また大学院課程中にも独立教科を設置する例は、富山医科薬科大学薬学部および北陸大学薬学部の2校がある。
以上18校の大学課程に設置の教科は全て選択科目であり、1例(富山医科薬科大学薬学部の「薬用生物学」)を除き、いずれも3〜4年次に教育が行われている。また教育時間は全て半年間・週1〜2回・14〜15時間(回)で、単位数は各校の教科とも1〜2単位の範囲内にある。
テキストは東洋医薬学についての教科担当者の刊行著書(日大理工学部薬学科、近畿大学薬学部)や、他の刊行専門書(静岡薬科大学、北陸大学薬学部、福山大学薬学部)などの例もあるが、その他はプリント等が多く利用されている。
以上の独立科目による教育以外、生薬学等を除く従前教科の一環(Aタイプ)で教育する例(富山医科薬科大学薬学部、北里大学薬学部および同大大学院)。特別講義等の一環(Bタイプ)として教育する例(神戸学院大学薬学部、九州大学薬学部、福岡大学薬学部)などもある。しかしいずれにしても、薬科大・薬学部全般の東洋医薬学教育の傾向に占める割合は、医科大・歯科大のそれほど高くはない。
ちなみに当アンケートに返答の薬科大・薬学部39校中、国公立は16校、私立は23校であった。またそのうち、東洋医薬学の教育を実施中との返答22校は、国公立が6校、私立が16校である。すると東洋医薬学教育の実施率は、国公立校が6/16=38%、私立校が16/23=70%となり、私立校の実施率は国公立校より明らかに高い。さらに未返答の実施1校を加えても、当傾向に大差はない(図4)。このように私立校の実施率が国公立校の2倍弱にも上る傾向は、歯科大・歯学部の傾向と同一であり、その要因もほぼ同様であろうと考えられる。
以上の諸点より、薬科大学・薬学部における東洋医薬学の教育は臨床薬学教育の一環として、独立した専門教科によるものが主体であること。さらに進んで細分化や教育内容の拡大、大学院課程での教育、また既設教科・特別講義の一環としての教育なども一部みられ、多様な形態の教育が行われている。そして今後しばらくの間はこの全体的傾向が続き、教育導入校もより増加していく可能性が高いと考えられる。
総括
今回のアンケート調査により、全国の大学における東洋医学・薬学教育の実施率は医科大・医学部で8%、歯科大・歯学部で26%、薬科大・薬学部で56%に達していることが知られた。そしてこれら実施校を国公立と私立に分けてみると(図5)、医科大・医学部は現状でみるかぎり国公立校の実施率が高く、歯科大・歯学部および薬科大・薬学部はいずれも私立校の実施率は国公立校の約2倍弱と高い。この傾向は全体の平均でも同様である。
医・歯・薬科大の教育実施全34校、およびアンケート統計に含まれない実施校9校のカリキュラム検討からは、現状の教育形態は@独立教科による教育、A既設教科中での教育、B特別講義等の一部での教育の3タイプに分かれていることが知られた。この3タイプおよび大学院での教育を合わせ、実施校数を医・歯・薬科大別に集計すると図6のようになる。すなわち医科大・医学部は各タイプの教育校がみられるが、主体はAタイプで「麻酔学」「薬理学」中での教育。歯科大・歯学部はAタイプのみで主に「歯科麻酔学」中での教育。薬科大・薬学部も各タイプの教育校があるが、主体は@タイプの独立専門教科による教育である。そしてこれら医科・歯科・薬科大ごとに実施中の教育形式・内容が互いに相違している現況は、今後のわが国の大学教育における伝統医学の導入と展望に少なからぬ示唆を与えていると考えられる。なおこの点については、次報にて詳説することとする。
本報の一部は、WHO西太平洋地域事務局主催“Regional Workshop on Training in Traditional Medicine”(1986.11.26)にて矢数道明が、また第22回日本医学会総会・東洋医学サテライトシンポジウム(1987.4.2)にて室賀昭三が口頭発表した。
謝辞:ご多忙にもかかわらず、当アンケート調査にご協力いただいた各大学の学長・学部長各位に、心から感謝申し上げる。
注
(1)文部省高等教育局医学教育課の資料(昭和59年度)には特色ある授業科目の開設状況を示す統計があるが、医科大・医学部および歯科大・歯学部で東洋医学を授業する国公私立別校数と全体に占める開設率を挙げるのみで、各校の具体的教科内容は不詳であった(資料は@「医学教育の改善に関する調査研究協力者会議、中間まとめ」昭和61年7月21日付、およびA「歯学教育の改善に関する調査研究協力者会議、中間まとめ」昭和61年8月14日付による)。
(2)本アンケートの性格上、明治鍼灸大学と大阪鍼灸短期大学の2校は対象に含まれていない。
(3)日本大学歯学部と日本大学松戸歯学部、また日本歯科大学と日本歯科大学新潟歯学部の4校は、各々を別校として扱った。
(4)上掲注(1)の資料@によれば、全79校中12校、15%の実施率となっている。
(5)上掲注(1)の資料Aによれば、全29校中12校、41%の実施率となっている。
(6)上掲注(1)の資料@によれば、国公立校は20%、私立校は7%の実施率となる。
(7)上掲注(1)の資料Aによれば、国公立校は50%、私立校は35%の実施率となる。