2−1.食道癌のGWAS

 食道癌は世界全体で癌による死亡原因の第6位をしめ、特に中国などアジア地域に頻度が高いのが特徴である。食道癌の発症に関わる遺伝因子を明らかにするために、食道癌患者188名と健常者934名について55万ヶ所のSNPを調べ、両群での頻度の違いを検討した。差が大きかった上位の12,000SNPについて、別のサンプルで再検討した結果(図4)、食道癌の発症と非常に強く関連する遺伝子領域が2ヶ所同定された14。今回発見したSNPはどちらもアルコールの分解に関わる酵素の遺伝子上に位置していた。アルコールはアルコール脱水素酵素によってアセトアルデヒドに分解され、さらにアセトアルデヒド脱水素酵素によって酢酸に分解されるが、SNPの違いによりこの両酵素のアミノ酸配列が変わり、酵素活性が大幅に変化することがわかった(図5)。

アセトアルデヒドは癌化を促進する作用に加え、頭痛や顔のほてり、脈拍の亢進など飲酒時の不快な症状の原因でもある。アセトアルデヒド脱水素酵素というのは実はお酒の強さを決めている因子でもあり、活性が強いGGタイプの人はアセトアルデヒドの分解が速いためお酒に強く、日本人では約半数がこのタイプに属する。日本人の約4割は活性が中間型のAGタイプでお酒を飲むと赤くなるが、最も活性が弱いAAタイプの人はそもそもお酒を全く飲めない。その為、中間型のAGタイプはアセトアルデヒドに晒されるリスクが高くなり、食道癌になりやすくなる。またアルコール脱水素酵素は、飲酒の嗜好性を決めている因子であり、この酵素活性が弱いGGタイプでは飲酒してからアセトアルデヒドが蓄積するまで時間がかかることにより、不快な症状を感じる前にお酒を飲みすぎる傾向がある。実際慢性アルコール中毒患者ではGGタイプが多いという報告がある。これらの結果を組み合わせると、もともとお酒が弱いタイプにも関わらずお酒を飲みすぎる傾向がある遺伝子型を持つ人では、発癌性のあるアセトアルデヒドにより多くさらされる結果、癌になりやすくなっていると考えられた。さらに、タバコの煙中にもアセトアルデヒドが含まれることから、2つのSNPに加え飲酒と喫煙の有無を含めた解析を行ったところ、危険因子を全く持たない人に比べ、全ての危険因子を持つ人では約190倍リスクが増すことがわかった(図6)。また両方のSNPがリスク型の人でも、タバコと過度な飲酒を控えることで、リスクを約28分の1に減らせることが示された。
次へ
研究内容 TOP